第61話 氷獄覚醒
「ああ、十分だ。俺はお前と戦わないといけないって事が、改めてはっきりしたからな」
俺は再び武器を手に取ったマルコシアスを前に、
「うん。借りも返さないといけないし、色々と聞いちゃったからね」
並び立ったルインさんの青龍偃月刀に金色の魔力が宿った。俺達の問答の間に冷静さを取り戻したのか、さっきまでの激情に駆られていた様子から一転、いつもの鋭く力強い雰囲気に戻っている。
「まあ、この情報は誰かが持ち返らなければだもの……今、倒れるわけにはいかないわね」
俺達の背後では、弓に矢を
各々に思惑はあれど、目的は同じ。強大な敵を前にしても臆する事はない。
正義の味方になんてなるつもりはない。英雄じゃなくても構わない。そういうのは、本物の勇者や“剣聖”にでも任せておけばいい。
「最期の語らいは済んだか?」
「
尊大に笑うマルコシアスにそれぞれの刃を向け、俺達は最後の戦いに臨む。
「ふっ……良い面構えだッ!!」
戦斧が振り下ろされ、奴の進行方向にある物体全てが破片と代わる。
「相変わらずの破壊力だが……それはさっきも見た――ッ!」
“真・黒天新月斬”――発生の早い加速斬撃で、戦斧を振り抜いた直後のマルコシアスを強襲する。
「“
ルインさんも僅かな時間差をつけて、
「そこで固まっていなさい!!」
マルコシアスは俺達を迎撃する為に戦斧を振り上げようとするが、水流の三連射がそれを阻止するべく、奴の右腕目掛けて飛来する。
時間差強襲と正確無比な射撃による連携。それ自体に大きな変化はないが、俺達の集中力は最高潮、魔力も全開とあって、動きのキレはさっきまでの比じゃない。
「剣も鋭さを増しているッ!!」
だが、俺達の剣戟は受け止められ、アリシアの矢も闇色の魔力をぶつけられて相殺されてしまう。しかし、もう臆さない。
「ようやく、腹が決まったからなッ!!」
実際の所、さっきまではルインさんの因縁の相手であり、とてつもない強さを見せるマルコシアスに気圧されていた。でも、今は覚悟が違う。
「これ以上、悲劇を繰り返させない!」
「小娘ッ! 貴様も見違えたものだ! この我と斬り結べる程に力をつけるとはな! だが――ッ!!」
「――ッ!」
一度弾かれると、再び斬撃魔法を起動。ルインさんと共に奴に斬りかかるが――。
「ぬうっ!!」
「ぐ――ぁっ!?!?」
奴の全身から放たれた魔力に煽られた所に、戦斧の振り下ろしで迎撃される。斬撃自体は回避出来たが、足元の地面が分解と言っていいレベルで崩壊し、その勢いによって俺達の身体も吹き飛ばされた。
「くそっ! これでも押し返されるのか……!」
地を転がった俺は、起き上がりながら眼前の脅威を見据える。さっきまでの俺たちの攻撃は、例え狂化したボスモンスターが相手だったとしても必殺になりえるレベルのものだ。それをこれだけ連発しても刃が届かないのは、もう異常を通り越したナニカだろう。
諦める気は毛頭ないが、こんな勢いで魔法を連発していれば俺たちの限界はそう遠くない。
(奴の迎撃を潜り抜け、防御を突破するだけの超火力を
消耗して力尽きる前に限界を超えた攻撃を叩き込む。それ以外に勝ち目がない以上、この状況に対して焦燥に駆られている俺だったが――。
「悲しみの連鎖を断ち切る! 貴方だけは――ここでッ!!」
ここで高密度の魔力を纏ったルインさんが一気に突出した。地を駆ける彼女の全身から
「疾風迅雷ッ!!」
「死力の一撃か……我を愉しませてみせろッ!!」
雷光が研ぎ澄まされると同時に、闇色の魔力が膨れ上がる。
「“
ルインさんが放つのは閃光の九連斬撃――。
「さあ、足搔け!! 人間ッ!!」
マルコシアスは手にした戦斧で迎撃する。
「はあああああぁぁっ――ッ!!!!!!」
「でええぇぇっ!!!!!!」
一閃、二閃、三閃――。
空間が歪むかと錯覚させられそうな連撃と重撃が凄まじい勢いで交錯する。
それは刹那の攻防――。
「――これでッ!!」
ルインさんの八閃目がマルコシアスの防御を抜き、左の肩から肉を抉り取った。飛び散る鮮血を受け、尊大だった奴の表情から初めて余裕が消える。
「超えるか――我が魔力を!!」
「貫く――ッ!!」
だが、ルインさんは止まらない。地面を踏み割る勢いで肉薄。間髪入れずに偃月刀の切っ先を奴の心臓へ刺し向け、一気に突き出した。
魔力が弾け、爆轟の華が咲く。
「何が……起きている」
身体ごと吹き飛ばされかける程の凄まじい爆轟に襲われた俺は、炸裂した魔力の影響で視界が塞がる中、状況を把握するべく目を凝らして眼前を見るが――。
「が……っ!?」
二人が斬り結んでいた場所から、ルインさんが吹き飛んで来る。
「な――ッ!? ルインさん!?」
「ぅ……ぁっ!」
俺の目の前を通り過ぎた華奢な身体は勢い良く地面に叩き付けられ、何度がバウンドした後に沈黙した。その傍らには、投げ出された偃月刀が転がっている。身体が動いているから息はあるみたいだが、早急に治療が必要な状態だろう。
「――我に一撃浴びせるだけに飽き足らず、自らの刺突で我が一撃をここまで相殺するとは大した小娘だ。常人であれば、
「――ッ!?」
だが、動揺する俺達を嘲笑う様にマルコシアスが
「――まさか、今代の人間如きに剣を執らされるとはな……」
奴は健在。携えられているのは、戦斧ではなく身の丈を超えんばかりの大剣。
「あの剣を呼び出して斬り払ったって事か……。さっき以上の威圧感だな」
そのマルコシアスの大剣は、狂化したモンスターが霞んで見える程の禍々しい重圧を放っている。ルインさんの方へ向かう余裕すらない状況に歯噛みせざるを得ないが――。
「“アクエリアヴァニッシュ”――ッ!!」
そんな時、俺の背後から激流の矢が飛来した。
「その勢いや良し……」
「ぐっ!?」
だが、大剣を消して戦斧に持ち替えたマルコシアスによって打ち消されてしまう。
「今ので、全部出し尽くしたのだけど……ね」
アリシアが呼吸を乱しながら膝を付く。
さっきの一撃が残存魔力を全て込めたものだったようで、もう立ち上がる事も出来ないようだ。
「十二分に愉しませて貰った。では、これで終幕だ――」
マルコシアスの戦斧に闇色の波動が宿る。
それは、“闇”の魔法。破壊の力。
(くそ――っ! これで
三人がかりでも退けられた上に、二人が戦闘不能。打つ手無し。文字通りの詰みだ。
だが――。
「まだだ……!」
「ほう……まだ剣を執るのか?」
自分の誓いと、ルインさんと共に在るという事。それは空っぽの俺に残されたモノ。
「まだ俺は……何も成していない! 生きる意味を見出せていない! ここで倒れるわけには、いかない!!」
俺はまだ、何も果たせていない。きっとまだ、死を許されていない。
「最期の輝きといったところか……。いいだろう! 精々、足搔いて我を愉しませろ!」
マルコシアスの戦斧に宿った波動が存在感を増す。口角を吊り上げた奴が、その膨大な魔力を俺にぶつけようとしているのは想像に難くない。
この場を切り抜ける方法は一つ。
「お前を討って前に進む! 誰も追いつけない速度で……誰にも否定させないくらい先へ――ッ!!!!」
限界を超えた超火力での一点突破のみ。
しかし、“黒天氷刻斬”が防がれた時点で、今の俺には奴に通用する
なら、どうするか――。
(昔、母さんに見せて貰ったアレを……
他の所から持ってくるしかないという事だ。
「黙示録より来たれ……氷獄絶刃――ッ!!」
氷の属性変換と共に、ありったけの魔力を一気に開放する。
ルインさん達を犠牲にするわけにはいかない。
もう倒れるべきだ、立ち止まれと騒ぎ立てる脳や体からの危険信号を捻じ伏せる為に
獅子の様に――。
狼の様に――。
「ふふっ……ふははははは――ッ!!!! 血が昂る……いいぞ、小僧!!」
声高らかに
その余波で大地は凍り、地表から
だが、それでいい。こんな量の魔力なんて制御できないし、するつもりもない。
今放とうとしているのは、グラディウス家に伝わる最終奥義。
母さんが使った最強の魔法。御しきれるなんて最初から思っていない。
無茶を承知で全身から魔力を引きずり出し、氷の
「――ッ!!」
そして、俺自身を覆う氷の殻を破り、漆黒で刀身を巨大化した
「“アブソリュートアポカリプス”――ッ!!!!」
氷の結晶は、蒼い魔力を発しながら鋭利な刀身と化し、螺旋の様に纏わり付く漆黒の魔力と共に飛翔する。
「ディスペアーインフェルノ――ッッ!!!!!!」
マルコシアスもまた、豪快に戦斧を振り下ろして闇色の極大斬撃を撃ち飛ばす。
「うおおおおぉぉぉ――ッッ!!!!!!」
「でえええぇぇぇぇい――ッッッ!!!!!!」
全開で放たれた俺達の魔法が激突し、閃光に包まれる世界から音が消え去った。
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