第58話 魔界ノ死徒

 オルトロスとの戦いを終え、今の拠点の街――ポラリスに戻ってきた俺たち――。


「これは……!?」

「酷い――!」


 だが、俺たちを迎えた北の中都市からは半日ほど前には盛んだった人の営みが喪われ、その姿を無残にも変容させていた。


「完全に破壊し尽くされている。それに、この戦闘痕……襲ってきたのはモンスターか……!」


 むせる様な死臭。倒壊した家屋。半ばで折れている大木。それらに残されているのは、剣や槍ではなく牙や爪で付けられたようなあとや、魔力で力任せに引き裂かれたような破壊の傷跡。


「この様子じゃ、生存者は……!」


 凄惨な姿を覗かせる街を歩いて行けば、今日依頼を受けるのに利用した冒険者ギルドの変わり果てた姿。

 主戦場となったであろうギルドの損壊具合は、他の施設の比じゃない。そして、壊れたのは建物だけじゃなかった。


「全滅……ね」


 アリシアが吐き捨てる。


 折れた剣。砕けた鎧。四肢が千切れ飛び、顔の判別もままならない肉塊の山。それはかつてヒトであったもの。

 しかも、数十人なんていう規模じゃない。


 応戦したのか逃げ惑ったのかは定かじゃないが、このむくろの様子を見る限り、多分後者なんだろう。


「民間人までお構いなしか……! とんだ虐殺だ」


 そして、倒壊したギルド付近に転がる亡骸なきがらは、冒険者の物だけじゃない。女、子供、老人――戦力が揃っているギルドに一時避難したであろう市民までもが、物言わぬ死体と成り果てていた。

 それに対して、モンスターの死骸は皆無。これを見れば、この場所で何があったのかは、大体想像がつく。


「モンスターを狩って生活している人間が、今度は狩られる番になったという事か。笑えない冗談だな」


 この場で行われたのは、斬っても死なないモンスターたちによる蹂躙劇。人間からすれば覚めて欲しい悪夢であり、襲撃者からすれば得物をほふる狩りに等しいものだったんだろう。


「こんな……またッ!!」


 そんな光景を前にして、ルインさんの表情が悲痛に染まる。憤りをこらえるように歯を食いしばり、固く握られた拳を震わせているルインさんの脳裏に惨劇の記憶が過っているであろう事はかたくない。


「何にせよ……戦いが終わってる以上、もう後の祭りだな」


 だが、俺達に出来る事はない。後はアリシアからギルド本部へ連絡、彼らをとむらって貰う他ないだろう。尤も、遺体の損壊が酷すぎて、個々に墓を建ててやれそうにもないが。


「ほう……まだ生き残りがいようとは……」

「――ッ!?」


 そんな時、地の底から這い出たような低い声が響いて来た。それと同時に、積み上がっていたギルドの残骸が破片と化す。

 ある意味、冒険者にとって家の様な存在でもあるギルドが蹂躙されている上に、中で息絶えた人間の体も弾け飛んでいるが、俺達はその事に驚くことすら出来なかった。


「魔界四天将マルコシアス――ッ!?」


 ルインさんの驚愕の叫びと、眼前から襲い来る凄まじいプレッシャーに全て塗り潰されてしまったからだ。


「下等な人間風情が、我を知っているというのか? 訪れた街と人民は、例外なく焼いてきたつもりなのだがな」

「貴方は――ッ!」


 真紅の瞳に激情の炎を宿したルインさんは、見慣れた青龍偃月刀を手に激昂する。


「む……湾曲した刃を持つ長槍。そこの娘……どこかで見た顔だな」

「貴方の手によって私の街は、リュシオルは――ッ!」

「どこの街かは知らんが、まさか生き残りがいようとは……」


 だが、烈火のごとく怒り狂うルインさんとは対照的に、眼前の魔族――魔界四天将マルコシアスは澄まし顔で肩をすくめている。


「コイツが元凶か……!」


 マルコシアスの容姿を一言で表すのなら、威厳に溢れている筋骨隆々な男という所だろう。

 グルガを一回り以上大きくしたような人間離れした肉体と浅黒い肌、左の肩から袈裟けさに奔っている斬撃痕は特徴的だが、姿形そのものは他のモンスターの様な特異形状はしていない。


「ここは、退がるべきだわ……!」

「ああ、撤退出来るんだとすればな」


 俺とアリシアも互いに武器を呼び出し、険しい顔で周囲を見回す。


「問題は、大人しく返してはくれなさそうって所か……。ご丁寧に狂化状態の団体さんが、俺達をお迎えみたいだからな……。」


 俺達の敵はマルコシアスだけじゃない。敵の戦力は、狂化モンスターが三十体以上。その編成はオーガやマンティコア、オルトロスといった見覚えのある連中から、俺達が行った事の無い地方に分布しているであろうモンスターたちまで、万遍まんべんなく揃っている。


「アーク、貴方ならこの状況をどう切り抜ける?」

「向こうの頭を潰すか、俺達の最高火力を結集して包囲網をぶち破って離脱。どっちかしかないだろ?」


 状況は最悪。絶体絶命。

 マルコシアスの強さがどれ程のモノかは知らないが、今分かっている事は包囲された状態を切り抜けるには決死の覚悟が必要って事だけだ。


「まあ、それしかないわね。全く、貴方達と居ると退屈しないわ」

「あんまり、褒めるなよ」


 俺とアリシアは、精一杯の強がりで冗談を言い合いながら眼前の襲撃者達を見据える。


「私は貴方達と違って静かな方が好きなのよ」

「それなら、この状況をどうにかしないとな……!」


 ルインさんを護る。果たせていない誓いがある。

 俺は死なない。誰も死なせない。


 斬り抜けられるかどうかじゃない――やるだけだ。


「中々、良いをしている」

「――ッ!?」


 いよいよ開戦――という時、マルコシアスは背後のモンスターたちを手で制した。何事かと視線を向ける俺達だったが――。


「気に入った。この今代の魔王・・である我が直接相手をしてやろうッ!!」


 モンスターを制したマルコシアスは、離れていても尚、身体が圧し潰されるかと錯覚してしまう程の重厚なプレッシャーを放ちながら自らの足で俺達の下に向かって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る