第57話 剣戟乱舞

 新たな同行者を加えた俺達は、一悶着あったギルド付近で数日活動した後にローラシア王国の北側へ旅立った。


 魔族や狂化現象について情報を集めるのと個々の戦闘能力、連携の強化を並行しながら北上していた為か三週間も経過してしまったが、どちらの面においても得られたものは大きかったといえるだろう。

 現にそんな情報収集の中、僻地へきちのダンジョンで冒険者が連続失踪しているという噂を聞いた俺達は、次なるダンジョンへ向かう事となった。


 Aランクダンジョン――“双頭ノ獣眠リシ牢獄”


「狂化した! アーク君、退がるよ! アリシアは援護して!」


 このダンジョンのボスモンスター――サベージオルトロスが狂化した事で、俺達は陣形を変化させる。


「人使いの荒いお姉様だこと――“スクリームアロー”――ッ!!」


 狂化前のオルトロスに攻撃を加えた直後で、接近状態にあった俺が体勢を立て直すために背後に跳ぶと、図ったようなタイミングで水流の矢が奴に向けて飛来する。


「■■――■■■■――!!!!」

「この距離からの散弾では、牽制が関の山ね……!」


 先程、“真・黒天新月斬”で斬り裂いた傷口も塞がり、凄まじい速度で肉体を再生させるオルトロスに対し、矢を弾かれたアリシアが毒づく。


「Aランク上位ボスモンスターの狂化状態――。この禍々しさ、今までとは桁違いだな……!」


 俺達の前に立ち塞がる双頭の大狼から放たれる威圧感。これまでのモンスターの比じゃない。何より、オルトロスの回りでうごめいている紫の魔力が、その異質さを際立たせていた。


「連携して大きいのを叩き込む! その為の隙を作るよ!」

「■■、■■■――!!!!」


 オルトロスの咆哮がダンジョンに響き渡る。だが、ルインさんの指示はしっかりと受け取った。


「少し付き合ってもらう! 鬼さん此方こちらってな!」


 俺はオルトロスの注意を引くように、奴の目の前を横切って左側へと駆ける。


「Aランクの狂化モンスター相手に、それだけ大見得を切れるんなら安心だね!」


 そして、ルインさんはクスっと笑いながら右側に駆けて行く。


「首は二つでも足は四本しかないからね! 左右からの同時攻撃なら――!」

「こっちは挟撃を繰り出せるが、向こうからは対処のしようがない!」


 狙いは左右からの挟撃。単純明快な挟み撃ちだ。


「■■――!!」

「逃がすかッ!」


 俺達が分かれたことを受け、オルトロスは逃れるように背後に跳躍した。だが、俺達も更に加速して追いすがる。


「■■、■■■■――!?!?」


 そんな時、飛来した魔力の矢が着地したオルトロスの左足に突き刺さり、奴の動きが大きく鈍る。


「“デルタアロー”――。威力の高い直射系なら効くでしょう?」


 左足を射抜いた射手は、矢を番えて更に二連射。


「■、■■――!?」


 アリシアの矢は、右足と胸部に炸裂した。狂化状態の相手には傷にもならない程度のダメージでしかないが、意図しない方向からの攻撃に奴の身体は一瞬硬直する。


「アーク君ッ!」


 だが、一瞬あれば十分。俺達は刃に魔力を灯し、一気に炸裂させる。


「“青龍零落斬”――!」

「“真・黒天新月斬”――ッ!!」


 金色の剛裂斬撃と漆黒の加速斬撃を奴の横腹に叩き込んだ。


「■■――■■■、■■――!?!?」


 巨大な二重裂傷から鮮血が飛び散り、大きな口から絶叫が響き渡る。だが、奴は狂化状態――普通なら死ぬような重症でも殺しきれない。濁ったような鮮血を撒き散らしながら体を捩り、左右の頭からそれぞれ俺達に向けて大きな牙を覗かせるが――。


「“アクエリアヴァニッシュ”――ッ!!」


 絶妙なタイミングで飛来した水流を纏った大きな矢が左の顔に突き刺さり、オルトロスは踏鞴たたらを踏んだ。

 連続魔法攻撃で切り拓かれた大きな隙――。


「“青龍雷轟斬せいりゅうらいごうざん”――ッ!!」

「“黒天氷刻斬こくてんひょうこくぎり”――ッ!!!!」


 俺達は再び魔法を起動して雷光を轟かせる剛裂な刀戟と、この三週間で習得した氷の魔力を纏った漆黒の斬撃を同時に叩き込む。


「■■――■■■、■■■■――!?!?」


 急所に向けて、同時に放たれた二重の属性斬撃魔法。俺達の斬撃をその身に浴びたオルトロスは断末魔の叫びを上げながら崩れ落ち、満身創痍の状態で再生する事もなく沈黙した。


「また……コイツか……」


 そして、倒れ込んだオルトロスの傷口から、あの禍々しい結晶のような物体が覗いている。これが重要な要因ファクターである事は明白。回収を試みるが――。


「――ッ!?」


 再び灰となって消し飛んでしまう。


「あの結晶はなんなんだ……?」

「分からない。でも、きっと……」

「あれが原因……ですか?」


 俺が思考にふけっていると、いつの間にか二人が近くにやって来ていた。同じように怪訝そうな表情を浮かべて考え込む二人は、スプラッタな周りの光景から浮きまくっており、色んな意味で凄いギャップだな。


「――これ以上、ここで考えててもしょうがない。今日は宿に戻ろう。全く収穫がなかったわけじゃないしね」

「そう……ですね。冒険者失踪の秘密も分かったわけですし……」


 いち早く思考を切り替えたルインさんは、暗い雰囲気を断ち切るように明るい声を上げた。だが、その表情は強敵との戦いを制したにしては、あまり嬉しそうなものじゃない。まあ、俺達も大差ないんだろうけどな。


「ボスと遭遇するまでに出会った狂化モンスターは十体。その内、二体が私達と遭遇した時点で既に狂化状態だったわね。しかも、ダンジョンの各所には真新しい戦闘痕と大量の血痕――」

「何も考えずに突入してこうなったのか、ミイラ取りがミイラになったのかは分からないが、冒険者が狂化モンスターの手にかかったのは間違いないだろうな」

「狂化のブーストと再生能力を込みにすれば、Aランク最上位かそれ以上の難易度。普通のAランク冒険者じゃ厳しかったんだろうね。でも、この狂化モンスターの多さは、明らかに異質……」


 分かった事も分からないことも多い。結局、俺達はダンジョンの外に出るまで延々と思考にふけってしまっていた。


「――ともかく、二人ともお疲れ様。漸くパーティーらしくなって来たし、私達の連携は狂化オルトロス相手にも通用した。そういう意味では、自信を持っていいんじゃないかな?」

「まあ、今回はそういう事にしておくのが精神衛生上良さそうね」

(こういう時だけ・・は、息ピッタリなんだよな……)


 そうこうしていると、女性陣はケロッと立ち直る。全く、たくましさに脱帽だ。


「まあ、アレ相手に殆ど無傷だったのは誇っていいかもしれませんね。全く無駄足じゃなかったのは事実ですし」


 俺自身の属性魔法は、とりあえず実戦投入可能なレベルまでは練度を高めた。それに今まで前衛二人だった所に後衛が入ったことで戦略に大きな幅も出来たし、戦闘を重ねる内に俺達の息も合って来た。その結果が、実質扱いとはいえ高難易度ダンジョンの踏破となれば、現状の成果の指標としては十分だ。


 こうして俺達は、宿への帰路に就いた。戻った先で何が起こっているのかも知らずに――。

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