第56話 新たな同行者
暗い夜が明け、清々しい朝日が宿を照らす。
「――おはようございます」
「うん、おはよ」
俺は宿屋の正面玄関でルインさんと顔を合わせ、朝の挨拶を交わした。だが、どこか気分が落ち着かない。
(しかし、昨日の今日で顔を合わせるのはちょっと照れ臭いな。よく考えれば、割ととんでもない事をした気もするし……)
昨日の夜――俺とルインさんは、互いの想いをぶつけ合った。別に今まで仲が悪かったってわけじゃないけど、こうやって腹を据えて話すのは初めての事だった。
それは多分、良くも悪くも互いに相手に気を使い合っていたからだ。俺からすれば、絶望から拾い上げてくれた人。ルインさんも、俺と行動する事に過去の呪縛からの葛藤があった。
近い距離を歩きながらも触れ合って来なかった俺達の間は、薄い氷の膜で遮られていたんだろう。
「ん、どうしたの? 私の顔、どっか変かな?」
「いえ、
でも、漸く心の壁とも言うべき氷の膜を打ち破ることが出来た。意図したものではなかったが互いの身の上事情を知り、本当の意味でパーティーになれた。
そもそも、共通の目的がないのにパーティーを組んでた今までの方がおかしかったのかもしれないけどな。
「ならいいけど……。じゃあ、行こっか! モンスターの動きがおかしいダンジョンがあるらしいし、戦いながら属性魔法も練習しちゃおう!」
「ええ、了解です」
何はともあれ、ルインさんにいつも通りの笑顔が戻ってきたんだから良しとしよう。向こうも頬が軽く赤らんでる辺り、気恥ずかしいのもお互い様みたいだし痛み分けだな。
そして、少しばかり距離が近づいた俺達が宿から出た直後――。
「おはよう。アーク・グラディウス」
支柱に寄り掛かるようにして立っていた見覚えのある少女が、鈴の音のような声を響かせながら声をかけて来た。
「貴女は……!?」
「……アリシア・ニルヴァーナ」
突然の遭遇を受けて俺達は思わず身構えてしまう。
「何の用だ? それに他の連中はどうしたんだ?」
しかも、やかましい連中が不在とあって、一人で接触して来たアリシアの意図が分からないんだから当然だろう。
「貴方達を待っていたの。昨日言ったでしょう? また明日って――」
「あ、ああ……。そんな事を言ってたような気も……」
確かに昨日の別れ際にそんなような事を言われたが、夜の出来事が衝撃的過ぎて、すっかり頭から吹っ飛んでしまっていた。
「ふぅん……」
そんな事を考えていると、隣から刺すような視線が降り注いで来る。いつもなら首を傾げる所だが、流石の俺でも今回は視線の意味を理解出来てしまった。
(まあ、コイツと話す機会があったとすれば、ルインさんの部屋に行く前かやり取りを終えた後だ。曲がりなりにも女性の部屋に行ってあれだけのやり取りを繰り広げた前後に、他の女と約束してたなんて聞けば、あまり気分が良いもんじゃないんだろう)
問題はそんな約束をした覚えがないってとこだが、この状況じゃ弁解した方が状況が悪化するだろうと、半年間の経験が俺の中で警報を鳴らしている。それに、無実の罪でルインさんに白い目を向けられるのは勘弁願いたいしな。
「それで、結局何の用なんだ? いつまで経っても、あのやかましい連中も来ないし……」
「ああ、彼らなら、今頃部屋で泣き崩れてるんじゃないかしら? だって私、あのパーティーを辞めたもの」
「はい……!?」
「言葉の通りよ。私はあのパーティーを辞めて、貴方たちと組むことに決めたの」
「待て……待て待て……。情報量が多すぎて整理しきれない」
そんなこんなで事情を問いただしたわけだが、返ってきた答えは予想の斜め上。俺もルインさんも、思わず目を丸くしてしまう。
「まず、どうしてあの連中から離れることにしたんだ?」
「成人の議は、誰もが受けなければならない。余程の例外を除いてね。しかも、そのパーティーは、近郊ギルドの同期と組まざるを得ない。私があの連中と居たのは、自分の意志ではなかった。だから、成人の議を終えて半年……更にランク剥奪という、この節目に独立することにしたの」
アリシアの言い分は、冒険者として至極当然のものだ。別に成人の議を共に受けた同い年と生涯パーティーを組まないといけないっていう縛りもないし、解散独立なんてよくある話だ。
だが――。
「なるほど……。まあ、そこまでは理解した。それで、どうして俺たちと組む……なんて話になるんだ?」
その後に関しては、流石に看過するわけにはいかない。
「……強いて言うのなら、貴方たちと居る方が面白そうだからかしら。それに、多分目的は同じだと思うから……」
「目的……だと?」
「ええ、昨日ダンジョンで遭遇した特異なモンスターを追っているのでしょう? 私も同じだもの」
「――ッ!?」
そして、アリシアの回答は、驚きの供給過多だった。
「私、これでも冒険者ギルド総本部・サブマスターの娘なの。だから、モンスターの狂化現象とそれを裏で操る者がいることは知っているわ。そして、私は父の命を受けて、それを追っている」
狂化モンスターとそれを操る者――それは、まだ一般では認知度の低い情報のはずだ。つまり、彼女が言っていることの信憑性は高い。冒険者ギルド――それも総本部の上から二番目の地位を持つ人間の血縁者というのも、まんざら嘘じゃないんだろう。
「父はそれらの対策を念頭に置いて動いているけど、ギルドも一枚岩じゃない。穏健派と呼ばれる大多数は、一般市民が特異なモンスターからの襲撃を受けたという事例がいくつか存在するにも拘らず、何の対策もしようとしないの。
「――自分たちが直接被害を被ったわけじゃないから、適当に後処理だけして終わりって事か……!」
ギルドの現状を聞いて、俺は憤りを抑えることが出来ないでいた。
例え対策をしていたとしても、全ての悲劇を防ぐ事なんて出来なかっただろう。それでも、事態を認知して動かせる人員があるのなら、救えたものが少なからずあったはずだ。
そんな緊急事態が保身と怠慢で適当に処理されているともなれば、こんなに腹立たしいことはない。ルインさんの過去を訊いた直後なんだから余計にだ。
「だからこそ、私や他の人が動いてる。でも、今回のランク再査定を始めとする制度の施行や、主要都市の防衛体制の強化にかかりきりで人手が足りないというのが正直な所ね。情報収集に動けるのは、ほんの一部だけ。おかげで、あんな連中とパーティーを組むことになっちゃったくらいだもの」
皮肉気に肩を竦めるアリシアだが、その声はどこか固い。
「それで、どうして私たちと一緒に……なんていうことになるのかな?」
「元は、あの連中を鍛えつつ、狂化モンスターたちの情報を集めようと思っていたわけだけれど……彼らは、アレで頭打ちみたいだから……。一応、半年は一緒にいたわけだし、義理は果たしたでしょう? それに貴方たちと出会ってしまったから……かしらね」
「仮に私たちと組んだとして、貴方はそれで何をするつもりなの? まさかと思うけど、貴方たちの派閥に入って、手足になって動けとでもいうつもり?」
それはルインさんも同様だった。こう言ってはアレだが、二回しか会った事のない人間の話を全て
「いえ、私が貴方たちに過干渉するつもりは毛頭ないわ。お互いに利用し合いましょうと言っているの」
「利用……だと?」
「ええ、現状我々の目的は合致している。貴方たちは私よりも情報を持っていそうだし、狂化状態のモンスター相手に戦い慣れていて実力的にも申し分ない。逆に、私はギルドの
俺たちの脳裏を過るのは、先日ギルドで起きた揉め事。多勢に無勢な上に、冒険者ギルドという公的機関が敵となった所為で解決に苦労したのは確かだ。それに、アリシアの思惑は把握出来たし、提示されたメリットは足並みを揃えるには十分な条件だろう。
「貴方と組むメリットは、把握出来ました。でも、私達が戦う相手は、昨日のエスキスリザードを遥かに上回る相手です。本人を目の前に言いたくはないけど、BランクやCランク程度に苦戦するようなら足並みを揃えるのは厳しいと思う」
それでも、互いに魅力的な条件を提示されているにも拘らず、ルインさんは怪訝そうな表情を浮かべていた。その理由は、アリシア自身の力量に端を発するもの。
有り体に言えば、彼女の実力が昨日の陽気な連中よりもマシな程度なら、足手纏いでしかないという事だ。
「ああ、それなら大丈夫です」
だが、俺達のそんな疑念は一瞬で払拭される事となる。
「――ッ!?」
「“水”の属性魔法……」
それが示すのは、アリシアの魔法技術がBないしAランク相当であるという事。“弓師”なのは知っていたが、流石にこれには驚きを隠しきれない。
「貴方達ほど頭のおかしい強さはしていないけれど、足手纏いにはならないと思うわ」
しかし、そんな俺たちの驚きを他所に、当のアリシアは銀色の髪を揺らしながら気品溢れる笑みを浮かべていた。
「交渉成立で……よろしいですか?」
諸々の事情を顧みた結果、魔族と狂化モンスターの足取りを追う為に再スタートした俺達の旅に新たな同行者が加わる事となった。
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