第54話 復讐のアリア
「魔族って……そんなの
「うん。私もそう思ってた。でも、彼らは確かに私の前に現れたんだ」
何千年も昔――神話の時代。
俺達が住まう大陸の中心――帝都アヴァルディアは長年、魔王とその配下である魔族たちと激しい戦争を繰り広げていたとされている。
だが、戦況は帝都側の圧倒的不利。
滅亡目前だと思われたその時――聖剣に見初められた勇者が現れ、魔王とその配下たちを
その英雄譚は、この国に住まう誰もが知っている神話であるが、所詮は物語――言い伝え程度の認識でしかなかったはずだ。
「モンスターと会話し、指示を出して手足の様に操っていた。しかも、狂化状態で手が付けられないはずのモンスターたちにね。そして、彼らの使う魔法は言い伝えにある通りの“闇属性”――私たち人間が使えない第七の属性だった」
「モンスターに指示を出す……闇の属性魔法……」
平時なら質の悪い冗談としか思えないが、ルインさんの様子を見る限り疑う余地はない。何より、俺自身も異常とも思える状態の狂化モンスターを目の当たりにしている以上、信じざるを得ない。
「そんな彼らは、一斉にリュシオルに押し寄せてきた」
「――っ!」
素体となった種族によって強さが違うとはいえ、狂化状態のモンスターは驚異の一言だ。
そんな狂化状態のモンスターが大群で押し寄せてくるだけではなく、上位存在によって統率されているのだとすれば――額面通りの力を持つSランク級の冒険者が複数で立ち向かって、ようやく対抗出来るとかそういうレベルなんだろう。
「奴らはどうして!? 目的は何だったんですか?」
「詳しいことは分からない。でも、魔王軍再臨の
「魔王軍の復活だなんて、
ルインさんの語る内容は、正直嘘であってほしいと思えるようなものばかりだ。訊いたら後戻り出来ないってのは、こういう事だったのか。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……って言ってたから、聖剣の勇者から受けた傷が種族全体で見ても大きかったんじゃないのかな?」
「そして、数千年の時をかけて再繁栄し、漸く地盤が固まって来たから復讐が始まった。全く笑えない話ですね。でも、どうして奴らはその後も攻め続けて来なかったのか……それだけの戦力があれば、国の一つも落とせたかもしれないのに。それに、ギルドからの注意喚起も聞いたことがない……」
強大な外部勢力による大攻勢がいずれ来るかと思うと、楽しく冒険者稼業だなんて言ってる場合じゃない。それにダンジョンにも狂化モンスターが出現している以上、俺たち冒険者にも何かしらの連絡があって然るべきだ。
実際、今日も分布がおかしいモンスターと戦う羽目になったわけだし、それで死にかけた連中もいるわけだしな。
「良い方に捉えれば、ギルドも色々と手は打っているけど、打開策が確立されてないから市民を不安にさせないように情報を遮断してるんだと思う。でも……冒険者が力を合わせれば、なんとかなるんじゃないかって楽観して、何も策を打ってないのかもしれない。正直、ギルド本部や国の上層部がどこまで把握してるのかっていうのは、私にも分からない」
リュシオルの一件を上役がどこまで重く捉えているのか、どうして魔族たちは街を焼き討ちにして以降、まだ攻め上がってこないのか……謎は深まるばかりだった。
「そして、私たちの街は、魔王軍復活を謳う彼らによって蹂躙された。奇麗な街並みは破壊され、家族も、友達も、パーティーの仲間も……皆、惨劇の中へ消えていった。弄ばれるかのように
過去の惨劇がフラッシュバックしたんだろう。膝を抱えたルインさんは、血を吐くような叫びを上げる。
「目覚めた先に広がっていたのは、こびり付いた鮮血と親しい人だったモノ。壊れ果てて無残に転がる武器たち――営みが破壊され尽くした地獄だった」
親しい人たちが
「そこから先は、あんまり覚えてないんだ。気づいた時には、偶々お店を空けて遠出してたみたいで無事だったセルケさんに保護されてた。でも、店主だった旦那さんは……」
俺の脳裏に、姉御肌の女性が浮かべた快活そうな笑みが過る。あの笑顔の裏側に、そんな過去があったなんて――。
「暫くは塞ぎ込んでたけど、セルケさんに良くしてもらったりしながら立ち直って、ダンジョンドロップしたって言う今の偃月刀を譲り受けたんだ。アーク君と同じで出世払いだって言ってね。それで私は、もう一度旅に出ることにした。新たな誓いを胸に――」
そして、それはルインさんに対しても同様だった。
「この手でマルコシアスを討つ。それが……それだけが、私の存在理由。全部失くした私に残った、たった一つの
顔を上げたルインさんは、瞳を揺らしながら儚げに笑った。復讐の誓いを言の葉に乗せて――。
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