第53話 忌むべき記憶

 俺は意を決して一室の扉を叩く。


「どうぞ」

「失礼します」


 そして、中から聞こえた了承の声に導かれる様に、その扉を開いた。


「アーク君、どうしたの?」


 そこに居たのは、部屋着に着替えたルインさんの姿。


「この時間に、女性の部屋に尋ねるのもどうかと思ったんですけど、どうしても聞きたいことがあったので……」

「うん。別にいいけど……」


 そんな彼女は、突然現れた俺に対して怪訝そうな表情を浮かべていた。その顔にはどこか陰りが見え、明らかにいつものルインさんじゃないというのが伝わって来る。


「その、あまり口が上手い方ではないので単刀直入に聞きます。今日のダンジョンでエスキスリザードマンと戦った時の事なんですけど、いつもと随分様子が違ったなって……。それに今も……」

「そっか、アーク君から見ても分かっちゃうんだ……。ポーカーフェイスには結構自信があったんだけどな」


 その陰りを表すかのように、いつも凛々しいルインさんはどこかしおらしくもある。


「言いたくないんだったら別にいいんです。興味本位で訊いていい話じゃないのなら、今すぐ出て行きます」


 ルインさんとパーティーを組めるって事は、ギルドの連中があれだけの暴動を起こす程の価値がある。これから少しでも長く彼女と共に居ようとするのなら、黙って顔色をうかがうのが最善だろう。実際、無理にルインさんの境域に踏み込んでしまって、関係を断ち切られる事だってあるかもしれない。


「でも、どうしても気になったので……」


 それでも俺は、目の前でルインさんが悲しそうな顔をしている事が許せなかった。


「アーク君には、最短距離で目指す先があるんでしょう? 訊いたら後戻りは出来なくなるし、きっと私を嫌いになる。だから――」

「嫌いになんてなりません」

「え――?」

「俺はまだルインさんに何も返せていない。ルインさんから離れていくことはあっても、俺が貴女から離れる事はありませんよ。それに恩人を傷つけてまで前に進んだりしたら、氷漬けにされてお説教間違いなしですしね」


 何故かは分からない。ただ、何の得にもならないのに俺を救って、導いてくれた彼女の悲しそうな顔を見ていたくなかったんだ。


「……そっか。じゃあ、訊いてもらっていいかな? あんまり人に話すような内容じゃないから、上手く伝えられるか分からないけど……」

「大丈夫ですよ。小さい頃から、メンタルだけは鍛えられてますからね。ちょっとやそっとじゃ動じません」

「ありがと……」


 そして、俺の言葉を受けたルインさんは重たい口を開いた。


「まず軽く私の生い立ちからなんだけど……出身は、前にアーク君と行った事のあるシルヴァ王国のそこそこ大きな街。七歳の頃に受けた天啓の儀で無職ノージョブ――使える武器がないっていう風に言われたんだ。この辺りは、アーク君も察してたかもしれないけど……」

「ええ、同じ特異職業ユニークジョブですし、一時的にでもそういう時期があるんじゃないかとは……」


 今でこそ一騎当千のルインさんだが、嘗ては無職ノージョブだったんだろうなってのは出会った当初からそれとなく察していたから、それほど驚きはない。


「まあ、うちもそこそこの名家だったんだけど、アーク君の家みたいに格式高いってわけじゃなかったから、他のみんなと同じように過ごしてたんだ。勿論、愉しい事なんて殆どなかったけどね」

「家で飼われるのか、外で晒されるのかって事ですもんね」


 でも、俺とルインさんは別の道を辿った無職ノージョブなんだろう。


「俺はガルフの友達以外の外部の人間と深く接する事がなかったので、そういう意味では楽だったのかもしれません」

「でも、私はダンジョンに置き去りにされたり、存在を否定されたりなんて事はされてない。きっとアーク君の方が辛かったと思うよ。それに、自分が無職ノージョブじゃないってわかったのは、アーク君よりもずっと早かったし……」


 共通しているのは、周囲の全てから白い目を向けられたという事だけだ。


無職ノージョブっていう事にコンプレックスを抱えながら過ごしていた十三歳の夏――家の近所に新装開店した“ダイダロスの武器屋”で、偶然手に取った“青龍偃月刀”が私に反応したんだ」

「その武器屋って、セルケさんの……」

「うん。アーク君が自分の武器に出会ったのと同じ店だよ。今の場所に移転する前の……だけどね」


 そして、もう一つ思わぬ共通点があったようだった。


「それで色々あって職業ジョブを得たわけだけど、偃月刀の使い方を知ってる人なんて誰もいないから、成人の儀までは誰にも話さずに独学で特訓してた。おかげで、その頃にはそれなりに戦えるようになってたから、自分で言うのもアレだけど地元の仲間と組んだパーティーでも主力って言えるくらいにはなってたと思う」


 まあ、そっから先は俺とは雲泥の差だったわけだが――。特に努力と才能で回りを見返したってのは、こじれにこじれた俺とは真逆。見事な成り上がりエピソードだろう。


「私もこれで本当の冒険者なれるんだって思ってた。みんなで同じ目標を追いかけて、力を合わせてダンジョンを攻略して――駆け出しで貧乏だったけど、本当に楽しかった。でも、成人の儀の達成報告をしに戻った日、全てが終わってしまった」

「一体、何が……?」


 ルインさんの表情に陰りが増す。俺は見た事の無い彼女の表情を前に、ただならぬものを感じて思わず息を呑んだ。


「私の街――リュシオルが、焼き討ちにあったんだ。狂化モンスターの大群と、それを操る存在・・によって」

「――ッ!? 狂化したモンスターを操るって……この間のマンティコアみたいなボスモンスターが?」

「ううん。モンスターを操ってるのは、同じモンスターじゃない」


 俺は硬い声でルインさんに問う。だが、目の前のルインさんは首を横に振った。


「彼らは、こう名乗ったんだ。自分達は、魔族・・であると……」


 そして、ルインさんが口にした事は、俺の想像を遥かに超えるものだった。

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