第52話 自由ノ代償
ダンジョン攻略を終え、俺達は宿屋への帰路に就いている。
「それにしても、どうしてまたランク以上のダンジョンに挑んだんだ? まあ、大体想像はつくけど……」
「そ、それは、Bランクで玉砕したから難易度を下げれば何とかなるかなと……」
「イレギュラー込みとはいえ、それであの状況なら世話ないな」
「うぐっ!?」
曲がりなりにもコイツら助けたのは俺達だし、蛮行の理由を聞く権利はあるだろう。まあ、事の次第は案の定というか、安直というか――。
「でも、Dランクはもう飽きちゃったしぃー!」
阿呆その三である女が喚き散らす。
「ピクニックにでも来たつもりか、お前らは……。まあ、ランク云々は、俺も大概だけどな」
一つランクが上がるだけでも難易度が段違いだってのは、この連中も分かっているはずだろう。だが、連中はCランクの最低基準を突破してない状態で意気揚々とダンジョンに繰り出して来た。流石に擁護する所が見つからない。
「前にあれだけ言ったのに……」
「学習能力がないのか?」
白い目を向ける俺達に対し、アリシアは我関せずで他の三人は項垂れる。まあ、さっきから黙りこくっていたルインさんの気が少しでも紛れたんなら、連中のノリに感謝かもな。
「でもよぉ……冒険者ランク剥奪なんて言われちまったんだぜ。今のうちに思い出を作っとかねぇとさ」
「ああ、やりきれねぇよ」
そんな時、軽薄そのものだと思っていた連中から重たい声が漏れる。
「でも、苦労してAランクになったりしたんならともかく、デビューしたてのDランクが剥奪されたってすぐに取り戻せるだろ?」
昨日の一件をもう知っていることに驚きながらも、俺は素直に疑問を口にした。既に高ランクになっているのならともかく、陽気だけが取り柄のこの連中にとって、ランク剥奪の影響はそれほど大きくないはずだからだ。
「そんな事ねぇんだよ。俺らの地元のギルドがなんかやらかしちまったみたいで、今回の一件のテストケースになっちまって……」
「そうよ、そうよ! 試験要綱を見たけど、あんなの無理! アタシなんてFランクで精一杯かもしんないのよォ!」
だが、そんな予想に反して連中からは、とにかく重苦しい言葉しか出てこない。
「今まで一人頭で最低二十五点取ってれば、百点満点で試験合格だったのによぉ……。これからは一人で全部やらないといけないんだぜ。今だって生活が厳しいのに……」
「個の力を優先するって言ってたのは、そういう事ね……」
リーダー格の男の言葉で全てに合点がいった。
(
冒険者とは、フリーの個人事業者。収入源は、倒したモンスターやダンジョンでドロップしたアイテムの換金、依頼の報酬が主だ。そして、ランクが上がって行けばそれらの単価が跳ね上がる。更に、それらのやり取りを仲介、仕事を
つまり冒険者は、至極単純な仕組みで生計を立てている。
「あーし、実家なんて継ぎたくないよぉ……!」
「俺だって、今がフィーバータイムなんだぜ! もう少し、自由に外の世界でテンションぶち上げていてぇよ!」
だが、それはハイリスクハイリターンと言わざるを得ない。誰でもなれて、ランクさえ上がれば地位も名誉も手に入れられる反面、ダンジョン探索には常に死の危険が付き纏う。それに病気・怪我なんかをすれば、収入は即座にゼロ。仲違いでパーティーを解散なんていうハプニングもある。
その辺りが、自由の代償って事なんだろう。
「でも生計を立てるのに不安定な職業なのは事実だ。AランクやSランクだっていうんなら、
実際問題、生涯冒険者で過ごせる人間なんて極一部しかない。冒険者志望の大半は、若いうちに自由気ままな生活を味わっておいて、大成しないようなら何かしらの商売を始めるなり、実家に戻るってのが一般的だ。
うちの両親の様に家督を継ぐために引退する例もあるがな。
「楽しさ以前に、色々と問題がある制度だったわけだしな。どうしても嫌なら、死ぬ気で頑張るしかないさ」
少々気になる事はあるが、この連中はいずれ冒険者界を去る側の人間だろう。冒険者として死ぬ覚悟があるようにも見えないし、ジェノさんが言っていた事を思えば、コイツらにとっても家業を継ぐ方がいいはずだ。
「強え上に、美人の彼女持ちはいう事が違うよなぁ!」
「おい……」
アリシア以外の三人は、半ばヤケクソ気味に肩を落とした。少なくとも
まあ、コイツらにとっては、本当に若いうちのお遊び感覚って所なんだろう。冒険者稼業は、お友達ごっこじゃない――とはよく言ったものだ。
「じゃあ、俺達はこっちだから」
「おう……前回と今回と、ホント助かったぜ。ありがとな」
「礼はいい。踏破できる算段がないんなら、もう危険なダンジョンには行くなよ」
「タハハ、流石に懲りたっつーの」
そして、俺達は今日泊まる宿に辿り着いた。アリシアたちも偶然同じ宿であったようで、共にエントランスに入った後に別れを告げる。
「アーク・グラディウス。また明日、会いましょう」
「は……? 明日って……おい!?」
「では、ごきげんよう」
自室に向けて去っていく三人を見ていた俺だったが、突如として妖しく微笑むアリシアの顔で視界が埋め尽くされた。彼女が口にした意味深な発言に驚きを隠しきれないが、当の本人は足取り軽やかに去って行ってしまう。
「何だったんだ。一体……」
俺は、そんなどうにも掴み切れないアリシアの人柄に首を傾げるしかなかった。
「それに――」
アリシアとのやり取りや、阿呆その一の発言に対し、いつもなら何かしらの言葉をかけて来るであろうルインさんは、神妙な顔つきをしたまま自室に引っ込んでしまった。
狂化モンスターと対峙してから、明らかにルインさんの様子がおかしい。前からその節はあったが、今回は特に動揺しているように思える。
「俺、は……」
俺のすべき事――。いや、俺がしたい事――。
俺は自分の胸の内から湧き上がる衝動に突き動かされるままに、ルインさんの部屋へと足を向けた。
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