第49話 神聖ナル氷獄

 騒動に巻き込まれた翌日――。


 俺とルインさんは、ローラシア王国ギルド近郊のCランクダンジョンに繰り出していた。


「“サンダースラッシュ”――ッ!!」


 金色の光を纏った偃月刀が振るわれ、けたたましい音を立てながらスパークする刃がモンスター五体を豪快に吹き飛ばした。

 凄まじい威力だが、これは俺でも知っているような初級属性魔法。マンティコアに繰り出した雷光の斬撃の足元にも及ばない。要は、ただのデモンストレーションなんだろう。


「まあ、これが実践なんだけど……属性魔法の習得については、まだ方法が確立されてないんだ。だから、自分で感覚を掴んでもらうしかない。一度慣れれば後はどうにでもって感じなんだけど、それまでが大変だね」

「なるほど、それが原因で上のランクに行ける冒険者が少ないって事ですか」


 俺たちが今更Cランクに来た理由は、昨日の一件に端を発するもの。属性魔法を習得する為だ。因みにローラシア王国に滞在する宿代は昨日のお詫びとのことで、暫く竜の牙ドラゴ・ファング持ちなのは、ここだけの話。


「うん。冒険者としての基礎能力の壁がBランク。魔法的な能力の壁がAランクって言われてるからね。冒険者歴何十年のベテランでも、Cランクから上がれないなんて事も往々にしてあるんだよ。しかも、ただ覚えるだけじゃダメだしね」

「例の昇級試験を突破できる位まで練度を上げないと……ってことですか」


 だが、ルインさんの話を聞いた感じ、習得までの道のりはかなり険しそうだ。つまり昨日のグルガは顔に似合わず、冒険者の中でも稀有なエリートだったって事か。


「そういう事。でも、竜の牙ドラゴ・ファングの人たちも言ってたけど、もうアーク君の戦闘能力は一定の水準に達してると私も思ってる。だから、しばらくは属性魔法の方に集中してもいいと思うし、他の人よりも条件は整ってるんじゃないのかな?」


 真剣ながらも、ぽわぽわと微笑むルインさん。昨日の出来事が濃すぎたせいか、彼女と穏やかに話すのは随分と久しぶりに感じるな。なんというか、最近は妙にとげがあったというか、殺気立っていたというか――。


「そう、ですかね。まあ、再昇級試験が始まったら慌ただしくなるでしょうし、新しい事は集中して取り組めるうちにやっておいた方が良さそうですね。我流でよかった今までと違って、ちょっと時間もかかりそうですし……」


 不躾ぶしつけな事だから敢えて口には出さないが、ルインさんや竜の牙ドラゴ・ファングの二人みたいな指南役が居てくれるうちに新しい技術を身に着けておきたいというのが正直なところだった。


「ふふっ……落ち着いて一歩ずつ進んで行けばいいよ。じゃあ、まず属性魔法についてだけど、アーク君はどのくらいの事を知ってるのかな?」


 そんな想いを他所に、ルインさんは顎に手を当てて可愛らしく小首を傾げる。


「大きく分けると“炎・水・風・氷・雷・土”の六種類があって、無属性魔法よりも習得難易度が高い事くらいですね。グラディウスの屋敷にあった古い教材の知識しかないのでアレですが……」

「うん。属性魔法の大枠は、その認識で大丈夫だよ。でも、自分で使うのなら、もう少しプロセスを理解しておかないとね」


 何とも抽象的で情けないが、今の俺に分かるのはこの程度。要は、習得が難しい魔法であるという事しか知らないわけだ。


「大前提として頭に入れておいて欲しいのは、“属性魔法”と“通常魔法”の違いだね。といっても、大きな違いは一個だけ。これが難しいんだけど……」

「その違いってのは、何なんですか?」


 率直な俺の疑問に対し、ルインさんの表情が曇る。


「まず今までの通常魔法はアーク君も知っての通り、自分の魔力をそのまま外に出して色んな風に使うわけなんだけど――属性魔法は、魔力を“炎”や“雷”といった別のエネルギーに変換・付与してから放出しないといけない。それと、さっきの六属性の中で適性がある魔法しか使えない。これが大きな違いだよ」

「魔力を別エネルギーに変換……それだけ聞いてもピンとこないですね」


 実物を見た事があるとはいえ、自分の魔力を炎や雷に変えて戦うだなんてイマイチ現実味が湧いてこないってのが正直なところだった。


「あはは……やっぱりそうだよね。実際、色んな冒険者がこの過程でつまづいてて、いつまで経ってもCランクで止まってる人も沢山いるわけだし……でも、属性魔法が使えないとBランクより上には行けないから、頑張らなきゃだよ!」

「ええ、やらなきゃどうしようもないですし、体得出来れば大きな力になるわけですしね。それで、具体的にどんな訓練をすればいいんですか?」


 取り敢えず分かったのは、属性魔法の体得は完全に技術と才能頼りだという事だ。実際、万年Cランク冒険者が多く居るってことは、努力でどうにかなる範疇はんちゅうではないんだろう。


 これで、“適正属性無し”なんて言われた日には、完全に詰みだ。過去のトラウマに後押しされ、思わず声が強張ってしまう。


「うーん。“属性魔法”って仰々ぎょうぎょうしく区切られてるけど“魔力変換”が難しいってだけで、それ以外は今までと大きく変わらないんだよね。だからそこを重点的に鍛えなきゃなんだけど……具体的な攻略法みたいなのは確立されてないんだ」

「先は長そうですね……」

「とにかく! まずは教本を参考に、私のやり方も交えてやってみよう!」


 体得は予想以上に大変そうだが、これが乗り切れなきゃ誓いを果たせない。出来るかどうかじゃない。やるしかないって事だ。


「じゃあ、とりあえず武器を出して身体を巡る魔力の流れを感じてみて。外に放出しちゃダメだよ。魔法を発動させる寸前で止めるイメージでね」

「了解」


 俺は刃を起こした状態の“処刑鎌デスサイズ”を手に、魔法を発動させるかさせないかの曖昧な状態で留める。


「アーク君、普通の魔力が漏れてるよ。もっと抑えて」

「はい……!」


 いや、留めているつもりでいたが、刀身に漆黒の魔力が纏わり付こうとしてしまう。


(ちっ!? この状態、中々キツイ。例えるなら、潜水中に水面ギリギリまで上がった状態で、顔を出すなって言われ続けてるようなもんだな……!)

「うん。良くなった。じゃあ、その曖昧な境界線を維持したまま、魔力を別のものに変質させるようにイメージする。頭を空にして、自分の奥にある力を引き出すようなイメージでね」


 とりあえずの妥協点かどうかは分からないが、魔力が具現化するかしないかの境界線の上にどうにか立つことが出来た。その影響か、俺の身体と“処刑鎌デスサイズ”が薄く発光する。


「魔力を変質させる……。俺の胸の内にある最強のイメージ……」


 心を空に――。

 無我の奥にあるモノを呼び覚ます――。


「そう、それでいい。心にあるイメージを具現化させるように、自分の魔力を一気に解き放って!!」

「――ッ!!」


 そして、俺は寸での所で留め続けていた全ての魔力を開放する。


「ぐ――ッ!?」

「これは……!?」


 一気に放出された魔力の余波で、俺は後ろに吹き飛んだ。困惑するルインさんの声を耳にしながら柄を地面に突き立てて起き上がると、視線の先に広がっているのは、宛ら銀世界。


 周囲は凍結し、地面から氷柱つららが生えている。そして、空中には鋭角に刺々しい巨大な氷の結晶が浮かんでいた。


「氷の……」


 つまり俺の属性は“氷”――。


 母さんと同じ属性。

 グラディウスに伝わる氷属性をそのまま継承していたという事。


 どこか神聖にすら思える氷の空間を前にすると、感慨深い想いが胸に込み上げて来る。


「アーク君、凄いよ!」

「ぐ……ぶっ!?」


 そんな風に感傷に浸っていた俺だったが、勢いよく飛びついてきたルインさんによって拘束されてしまった。


「今回はCランクまで上げて、後は依頼をこなしながらゆっくり属性魔法を身につければいいって思ってたんだけど……まさか、一発で成功しちゃうなんて!!」


 ルインさんは盛大に褒めてくれているが、生憎と今はそれどころじゃない。現在進行形で俺の顔が、張りがあって巨大な二つの塊に押し付けられているからだ。

 だが抗議しようにも両手で頭を抱え込まれるような体勢の為、脱出は不可能。暴力的なまでに柔らかい感触と共に凄まじい勢いで呼吸を奪われてしまう。


 結果、そもそも此処がダンジョンであるだとか、魔力変換があれで正しいのかとか、Aランクに挑戦できる可能性が出て来ただとかっていう、色んな感情は完全に吹き飛んでしまっていた。


(狂化マンティコアの拳撃よりも、ルインさんの胸の方が攻撃力が高いという事か……。もう白旗も振れない……な……)


 俺の意識が少しずつ遠のいていく。天国に逝くのか、地獄に逝くのか分からないような状況だったが――。


「――ッ!?」


 突然、俺の眼前の光景が元に戻る。惜しかったような、助かったような……複雑な心境ではあったが、残念ながら状況は俺の安寧を許してはくれない。


「きゃああぁぁ――ッッ!?!?」


 解放された要因。それは突如響き渡ってきた甲高い悲鳴によるものだったからだ。なんというか、この展開……妙にデジャヴな気が――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る