第48話 激突!?戦帝VS舞姫

「えっと、いきなりどういうことですか?」

「そのままの意味だよ。無関係の君を巻き込んでしまったわけだからね」


 突然の謝罪。それもSランクパーティーのリーダーからのものに、俺は驚きを隠しきれない。まあ、さっきのも悪気があっての事じゃなさそうだし、今更恨んだりする気はないが、この人に対して思うところがあるのは事実。


「申し訳ないってことは、その気になれば止められたってことですよね」


 目の前の伊達男に、白い目を向けながら言い放つ。悪いのは勝手に盛り上がった周りの連中だとはいえ、引き金を引いたのはこの人の言葉なんだから、それくらいは許されるだろう。


「最初は割り込もうかと思っていたのだが、アストリアス嬢が本気で止めに入らなかったから僕たちも動かなかったのさ。君の実力のほどを、この目で見たかったというのもあるがね。結果は上々、あの孤高の冒険者から余程信頼されているようだ」

「そりゃどうも」

「そんなに不貞腐れないでくれ。勿論、取り返しがつかなくなるような状況になる前には止めるつもりだったさ、でも、僕たちの手など必要なかった。この辺りの主力冒険者相手に、たった半年の経験であれだけの大立ち回りを演じることが出来たというのは、十二分に評価に値することだ」


 対するジェノは、涼しい顔を浮かべている。


「まあ、流石に彼女が傍に置いているだけあって、中々非凡なものを感じさせる戦いだった。無論、まだまだ粗削りだが。でも、特異職業ユニークジョブの希少性と相まって、磨けば光る原石であることは間違いない。パーティーの最大人数が五人でなければ、君も欲しい人材ではあるのだがね」

「俺は正真正銘のGランクですよ?」

「さっきも言っただろう? 制度自体が変わるとね。君も、君に相応しいクラスを与えられることになる。アストリアス嬢が言った通り、少なくともそれはGランクではないさ」


 気を許すつもりはないが、大陸でも指折りの実力者にこうまで褒めちぎられるんだから、正直悪い気はしない。今までが今までだったから俺自身も褒められ慣れてないし、こっちからの皮肉も一掃されると些か気恥ずかしい気分にならなくもない。


(もし、無職ノージョブじゃなかった世界があって、あのまま学園に通っていたとして、保護者面談とかで教師に褒められたらこんな感じの気分なのかも……ッ!?)


 そんなことを考えていると、凄まじい威圧感が背後から襲って来る。後ろに立っているルインさんは、俺の様子を察してなのか“私はお母さんじゃないよ”――とでも言いたいのだろう。その威圧感の意図は、目を見ずとも理解出来てしまう。


「そうねぇ……このボク、結構カッコよかったものねぇ」

「――ッ!?!?」


 だが、背後に気を取られた一瞬の間に、俺の視界が知らない女性の顔で埋め尽くされる。


「なぁ――ッ!? な、なななな――ッ!?!?」


 後ろからルインさんの悲鳴が聞こえたが、今はそれどころじゃない。


「あらあら、近くで見ると可愛い顔してるわねぇ。さっきまでのキリっとした感じもよかったけれど……」


 ルインさんとはまた種類の違う良い香りに鼻先をくすぐられており、更に至近距離まで詰め寄られている所為で、俺の胸元では押し付けられた大きな二つのお餅が潰れている。


「あの……えっと?」

「私は、キュレネ・カスタリア。一応、Sランク冒険者なんて言われてるわ。ボウヤ、名前は何ていうのかしら?」

「あ、アーク・グラディウスです」

「ふぅん、じゃあアーク君ね」


 凛々しいツリ目のルインさんとは対照的な目尻が下がった温和そうな瞳と、左の泣きぼくろが特徴的な女性――キュレネ・カスタリア。ジェノが率いる竜の牙ドラゴ・ファング所属だという彼女は、ミディアムロングの水色の髪を揺らしながら、これでもかと距離を詰めて来る。


「何か御用でしょうか?」

「別にー。強いて言うんなら、将来有望な可愛い子の人間観察かしらねぇ?」


 そう言ったキュレネさんは、目を細めながら愉し気な顔を浮かべている。


「は、はぁ……」


 自分で言うのもアレだが、俺は女性との対人経験に乏しい。実際、家族とリリアを除けば、ちゃんと関わったのはルインさんくらいのものだ。そんな中で、超絶美人のルインさんにいきなり対応できたのは、少ない経験の中で接した母さんも死ぬほど美人だったからなんだろう。


 それに年齢の割にあまりにも大人びているルインさんだが、やはり俺とは一歳差だけあって、なんだかんだ言っても同年代。価値観も近いし、リリアと過ごした経験もあって、それなりに仲良くやれていると思う。


「ねぇ、ジェノ? この子もお持ち帰りしましょうよ」

「キュレネ……それは君の悪い癖だ。彼と一緒に居るのなら、誰かがパーティーから外れる事になるんだぞ」


 だが、このキュレネさんは、大人びた少女ではなく大人の女性。しかも、母さんと過ごしたのだってもう十年近く前。しかも、その頃接していた学園の教師や近所のおばさんとは格の違う美人だ。普通に会話するんならともかく、こうも詰め寄られてしまうと俺には対処のしようがない。結果、完全にテンパっていた。


「あら、じゃあ、年少組のどっちかかしらね?」

「ちょっ!? 姐さん! そりゃないっすよ!!」

「……っ!」


 だが、そんな俺にはお構いなし。


 今も騒ぐ男性と、半ば俺に抱き着いてきている体勢のキュレネさんを見ながら、恥ずかしそうに顔を赤くしている女性。

 ここまでアクションを起こしてこなかった竜の牙ドラゴ・ファングの最後の二人を交えて、周囲には楽し気な声が響く。


(あの女の人、濃ゆいメンバーの中で苦労してそうだな……うちは二人パーティーでよかったのかも……)


 因みにあわあわしている後者とは、何となく波長が合う気がしないでもないと直感的に感じていると――。


「いい加減にして下さい! いつまでくっついてるんですか!?」


 後ろからグイっと引っ張られる感覚と共にキュレネさんの姿が遠のいていく。

 対応に困っている俺を見かねてか、居た堪れなくなったからか、ルインさんが引き剥がしてくれたようだ。だが、助かったと思った反面、これはこれで次なる問題が発生してしまう。


「る、ルインさん!?」


 引き剥がしてくれたルインさんが、俺の肩に手を置いて背中にぴったりとくっついてきているからだ。


「さっきから自分勝手なことばかり言って、勧誘はお断りしたはずですが!?」


 少し視線を横に向ければ超至近距離にルインさんの顔が広がっており、背中にはこれ見よがしと言わんばかりに暴力的な感触が伝わっている。


「あら、別にパーティーに入れなくたって、一緒に行動すれば彼にもメリットがあるでしょう? 貴女含めたSランク私たちから色々と学べるわけだし、私が直接教えてあげてもいいわけだしぃ。手取り、足取りねぇ」

「必要ありません! 私が教えますから!」

「色々とご褒美だってあげられるしぃ……」

「要りません! 私があげますからッ!!」


 だが当の本人は俺の動揺になど気づいている様子はない。露出度の高い衣装から深い谷間を覗かせて、ねっとりと色気たっぷりの言い回しをするキュレネさんに対抗するかのように目尻を釣り上げて睨み返している。


 それは宛ら、毛を逆立てて威嚇する猫の様――と言えたら良かったものの、本人はともかく背後から噴出しているドス黒いオーラが、見事に可愛らしさを相殺してしまっていた。


「ボウヤが特異職業ユニークジョブなら先生役は多い方がいいだろうし、属性魔法の練度向上も同じよねぇ? 必修項目の属性魔法が使えなきゃ、どんなに強くたってBランク止まりなわけだしね。属性魔法の発現は感覚頼りだから、結構な冒険者がつまづくポイントよ。そこって」

「そんなことは分かってます!」


 キュレネさんが挑発するよう言い放ったかと思えば、その周囲を虚空に出現した水球がフヨフヨと浮遊し、それに応えるようにルインさんの背後でも金色の雷光が火花を立てている。妙な威圧感に挟まれ、属性魔法についての意外な事実を知らされた事に驚く暇もない。


「キュレネ、はしゃぎすぎだぞ。アストリアス嬢たちもうちの者が申し訳ない」

「むぅ……」


 どうしたものかと思っていると、向こうのリーダーが止めに入ってくれた。でも、そんな事よりも、さっきの原因となったジェノさんが一周回って救世主に見える。一方的に制されてむくれているキュレネさんには申し訳ないが……。


「だが、キュレネの言う事にも一理ある。僕たちはしばらくここに滞在しているから、属性魔法の習得に限らず、力になれそうなことがあれば出来る限り手を貸そう。巻き込んでしまったお詫びにね」


 更にジェノさんはそう言ってくれた。もし俺たちがしばらくここに残るのだとすれば、指南役が増えて大変頼もしい限りだな。


(マンティコア戦で思いついた魔力放出の制御もだけど、当面は属性魔法の習得が目標ってとこか……)


 目まぐるしい一日だったが、次に目指すものがより明確になったという収穫もあった。Sランクを目指すなら――というか、その前のAランクに進むために属性魔法を習得しなければならないという事がはっきりしたんだからな。


 こうして、ローラシア王国での凄まじく濃い一日は、終わりを告げた。

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