第47話 冒険者ランク総剥奪

「まあ、僕が伝えたいことは、大体アストリアス嬢が言ってくれたわけだが、それを差し引いても君達の横暴は目に余る。冒険者稼業は、お友達ごっこではない!」

「じ、ジェノ……様?」


 ある意味、この一件の発生要因となったジェノだったが、周囲の連中に味方する事はなかった。


「大規模に運営しているギルドと聞いて楽しみに来てみれば、この腐敗しきった有様――全く情けない。事の詳細は僕達からギルド本部に報告させてもらうから、そのつもりでいてくれ」

「ま、待ってください!! これは手違いでして……」

「さっきそこの少年も言っていただろう? 勘違いで済む領分を脱しているとな」


 ジェノは俺を一瞥すると、ギルド長と思われる大柄の男性を叱りつける。


「百歩譲ったとして、事情を訊く為に彼らだけを引き離して警務隊を呼ぶというのならまだ分かる。きっかけになってしまったのは僕だし、あの少年とアストリアス嬢の組み合わせがイレギュラーなのも考慮に入れたとしよう。だが、それでも君たちのやったことは重大な越権えっけん行為だ。許されていいものじゃない!」

「そ、それは……!」


 言葉尻でコテンパンに殴られたギルド長は、ぐうの音も出ないのか完全に無抵抗。いくらSランクが相手とはいえ、一冒険者相手に随分と低姿勢だな。


「他人顔をしている他のスタッフや冒険者諸君も同様だぞ! 君達にも然るべき対応がなされるだろう。特に冒険者の諸君には、関係のある事だ」

「お、俺達も……?」


 そんな中、ジェノの矛先は、臭い物にふたをするような状態だった周囲全体に向き、近くに居たグルガが茫然と呟く。


「総本山であるギルド本部では、かねてより冒険者ランクの認定をパーティー単位で行うという方法を大きな問題と捉えていたんだ。その理由は、この少年が身を持って証明してくれた!」

「……俺が? 今の話の感じだと、俺は関係ないと思うんですけど」

「ふむ……そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」


 暫く出番はないだろうと思っていた俺だったが、話題の中心人物に指差されたせいで思わず体を強張らせる。


「何故、問題提起されていたか……。その理由は、パーティー単位でランク取得するが為に、冒険者自身の実力と持っている階級に大きなギャップがあるというものだ。現に戦闘能力だけを見れば、この少年はGランクはおろかAランクでも通用するだろう。逆も、また然りだ」

(同じランクでも強さが全然違う……ルインさんもそう言っていたな)


 冒険者ランクはパーティー単位で昇級していくものだ。

 極端な話、Sランク級の実力者一人にGランク程度が四人のパーティーでも、その一人が活躍すればランク自体は上がっていく。周りの連中が、“寄生”だと因縁を付けてきた理由もそこにあるんだろう。


「実際にパーティーが解散した時などの理由で、散り散りになった冒険者たちが適正ランクに挑んだものの、そのまま戻ってこないといった事例が多発している」

(強さが違うどころか、取得したランクに実力が満たない連中が量産されていたわけか)


 ヒーラーでもないのに、お手手繋いでのパーティー攻略に特化しすぎたり、そもそも実力が適正値に達していなかったりで、色んな理由で孤立した時に冒険者の死傷率が増える。それが弊害って事だな。


「そこで冒険者ギルド本部で、ある案がまとまりつつあった。それは、冒険者ランクの昇級試験をパーティー単位ではなく、個人単位にするというというもの。つまり、完全に個人の能力で優劣をつけるようにするということだ」

「だ、だから何だってんだよ!? 俺様はもうAランクなんだぞ!?」


 珍しく……そう大変珍しく、グルガが正論を吐いた。しかし、ジェノは余裕綽々と言った様子を崩さない。


「残念ながら……それも、もうすぐ無意味になる」

「何だとォ!?」

「何故なら、新体制に移行した場合には現在保有している冒険者ランクが破棄され、全員が等しくGランクに降格となるからさ。僕達竜の牙ドラゴ・ファングや貴方も含めてね」

「な――ッ!?」


 ジェノが口にした衝撃の発言。それにはグルガだけじゃなく、ルインさんやギルド長といった全ての人間を絶句させる程に衝撃的な物だった。勿論、俺も含めて。


「当然、高ランク保持者への救済措置は存在する。それは順繰りに昇級していくのではなく、今の自分のランクに該当する試験を初めから受けられるというもの。そして、合格すれば、即座に今のランクに戻ることが出来る。相応の実力があれば何の問題もないはずだ」


 そして、それは現場の冒険者の力を図るという意味合いでは、とても理にかなったものだ。だが同時に、これまでの常識を打ち壊すものでもある。

 幸いにも救済措置があるとはいえ、既に高いランクを持つ冒険者からすればたまったもじゃないはずだ。


「昔ながらのやり方を変えるべきではないという声も多かったが、AランクがGランクに完膚なきまでに敗北したのが、今までのやり方が間違いである何よりの証拠だ。これだけランク差があるのだから、調子が悪かったでは済まされない。君達の愚かな態度と実力の無さが、制度試行の大義名分を与えてしまったわけだ」

「ぐ……っ!?」

「まあ、安心したまえ。別にダンジョンをソロで攻略しろだなんてことにはならない。試験官も含めたパーティーで探索し、その中で合格基準を上回ればいい。ただ、それだけの話さ」


 今までの方法がどんぶり勘定と言ってしまえばそれまでだが、新制度が施行されればこれまでよりも高ランクを取得しにくい環境になるんだろう。皆の険しい顔つきがそれを物語っている。


「そして、ギルドの諸君も今後は配置換えや人員整理がされるであろうことを覚悟しておいてくれ」

「は、配置換え……? 人員整理……?」

「当然だ。長年同じところに留まったせいで、現地の冒険者や職員同士で癒着ゆちゃくが生まれ、地元の非常識な決まりローカルルールを初めて訪れた人間に押し付けたから、こんな事態になったんだ。別の部署に飛ばされるなり、クビを切られるなり、然るべき処分が下るだろう。今までの運営体制を精査した上で……ね」

「あ、ああぁぁ……っ!!」


 ジェノの言葉がショックだったのか、後ろめたいことがあるのかは知らないがギルド長を始めとして、職員たちの顔がこれでもかと言わんばかりに青くなっていく。


竜の牙ドラゴ・ファングは、冒険者ギルド本部に所属している。忖度そんたくで乗り切れるとは思わないでくれ。僕からは以上だ」


 こうして、さっきまで騒ぎ立てていた連中は沈黙し、顔色悪くギルドの中へ引っ込んでいく。この世の終わりの様な顔つきで行進している光景は、宛ら出荷前の家畜といった様子だ。


(なるほど、総本部所属の公式オフィシャルパーティーだから、連中もあんなに低姿勢だったわけか……それにしても……)


 ジェノとは詳しく会話する前にこんな事になったから、どんな人物なのか測りかねていたが、打算込みとはいえ、まさかこっち側についてくれるとは思っていなかった。この手の人間に大抵嫌われて来た経験上、まさかの展開に驚いていると――。


「くそったれが……! テメェもこっち見てんじゃねぇよ!」


 最後まで残っていたグルガは、八つ当たりと言わんばかりに俺を睨みつけて来る。


「ん? ああ……あれだけ馬鹿にしてたGランクに降格だなんて、とんだ災難でしたね。昇級試験頑張ってくださいねー」

「ぎ、ぎっ……ぐぎっ……ぃっ!?」


 俺なりに精一杯の慰めの言葉をかけたが、目の前のグルガは睨みつけてくるどころか歯軋りが激しくなるばかりだった。はてさて、慰めているつもりなんだが――という皮肉はさておき、凄い顔だな。子供が見たら泣きそうだ。


「て、テメェだって……!」

「生憎、底辺のGランクなもので、俺には関係ないんですよね」

「こ、このゴミガキがぁぁ……!!!!」

「そちらの流儀に合わせると――お前、今はAランク。もうすぐ、Gランク確定。Yeah! うぇっ……このノリ、やってて恥ずかしいというか、普通にダサくないか?」

「お、おばええええっっ!! くそったれがぁ!!!!」


 あのデカいオッサンは、“お前”と言いたかったんだろうか。とうとう呂律ろれつすら回らなくなったグルガは怒りだ顔を真っ赤にして、大股でギルドに戻っていく。


(あのオッサンの場合、GランクのGは、ゴリラの頭文字だな)


 ひらひらと手を振りながら、グルガの後姿を見送っていた俺だったが――。


「そこの少年、色々と済まなかったね」


 いつの間にか隣に来ていたジェノが、顔の前でパチンと手を合わせて申し訳なさげに声をかけてきた。

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