第46話 死神の軌跡

「う、嘘……でしょ――!?」

「ど、どうなってるんだよぉ!? あの、グルガがGランクに負けた……!?」


 野次馬連中から信じられないものを見るかのように視線を向けられる。


「早く武装を解除してくれないか? こんな戦いに、これ以上時間をかけたくない」

「ぐっ! ぎ――ッ!!」


 催促の意味を込めて、奴の首元に突き付けた刃を揺らせば、聞こえてくるのは歯軋りの音。だが、奴がどう思おうとも、既に生殺与奪せいさつよだつがこちらにある以上、無意味。

 とうとう諦めたのか、グルガの手から大剣が消えた。


「む……無効試合だ! こんなもんはよぉ!!」

「はい?」


 それを見た俺も“処刑鎌デスサイズ”を収容したものの、直後に響いた野太い大声を受け、思わず目を丸くしてしまう。


「コイツは俺と武器でも魔法でも、正面から撃ち合う事はしなかった! あんな闇討ち染みた戦いが許されていいはずがねぇ!」


 奴が見事なまでのトンデモ理論を炸裂させたからだ。


「ボードゲームで不利になったら盤面をひっくり返すどころか、ルール自体を書き換えるようなもんだな……」


 大剣と“処刑鎌デスサイズ”の共通点はデカくて重いって事だけだ。戦い方はまるで違う。それに俺と奴とで使える魔法も違うんだから、差異が出て当然だ。


「力任せに叩き斬る戦いが得意な自分のやり方で勝負できなきゃ納得できないんで無効でちゅ……って事かよ。デカい図体して子供か、アンタは……」

「何だとォ!?」

「で、でも、グルガの言ってることも一理あるはずだ。アイツは訳の分からない武器を使ってたわけだし、初見なら大剣使いよりも有利なはずだ!」

「取るに足らないGランクってけなして来たのは、そっちだと思うんだが?」


 いい年齢のオッサンが喚き散らす光景を冷めた目で見ている俺だったが、なんと回りの連中はそれに同意した。

 だが実際問題、さっきのを見て俺がこいつらの思うような寄生をしているわけじゃないと気づいた連中も少なからずいるんだろう。でも、そんな事を気にしてる奴なんていない。


(このオッサンをけしかけて俺の体力を消耗させるのと、こっちの手札を見ようっていう魂胆こんたんか。Gランクの俺に面子を潰されたからか、そこまでしてルインさんの気を引きたいのか……)

「さあ、行くぜ! ゴミガキ!」


 そんな事を考えていると、グルガが再び大剣を出現させた。それはもう見事にやる気満々だってのが全身から伝わって来る。


「張り切ってるとこ悪いけど、これ以上付き合う義理はないぞ」

「ふざけんな! 逃げんのかゴラァ!?」

「逃げるも何も、決着はついた。あんな大雑把な攻撃、何度やったって当たらない。そもそも、俺が誰と組んでようが何ランクだろうが、アンタ達には関係ないと思うんだけど?」

「ぎ、ぎっ! こ、この……クソガキが……!!」


 自分本位の子供のような言い様に、呆れを通り越して、頭が痛くなってきた所だったが――。


「いい加減にしてくださいッ!!」


 聞き覚えのあるはずの声が、訊いたことのない程の怒号に変質して周囲に轟いた。全員の視線が一ヶ所に集中する。


「私は脅迫もされてませんし、寄生もされてません! 貴方達がどう思うかは知りませんけど、こっちの言い分も聞かないで勝手な正義感に駆られて行動して、挙句の果てに新人冒険者を寄ってたかって攻撃するなんて一体何を考えているんですかッ!?!?」


 その先に居るルインさんは、溜まりに溜まっていたであろう鬱憤をうがーっとぶちまけた。いつもの笑顔すら浮かべずに怒気を露わにする彼女に対し、周囲の面々は恐怖で身体を強張らせた。


「それに、今の戦いは誰がどう見てもアーク君の勝ちです! 再戦なんてする必要はないですよね!?」

「い、いや……だって、あんな武器を使う奴初めてだし、最後だって不意打ち……」

「彼だって貴方が土属性の魔法を使うなんて知りませんでしたし、大剣使いと戦うのだって初めてです! それに正面から斬り込んで行って相手に刃を向ける事のどこが不意打ちなのか説明してくれますか!?」


 父さんたちに対してみせた静かな激情とも違う、烈火の如き憤怒の嵐にグルガや野次馬たちは沈黙。反論一つ出来ないでいる。


「だ、だって、そいつはGランクだから、Aランクの俺に勝つなんて何かイカサマをしたとしか……」

「いい大人が、デモデモダッテだなんて。まるで会話になってませんね。それに、ランクは指標であって強さを決定づけるものとは限りません」

「そんなわけあるかよ!? 俺様は、Aランクパーティーのリーダーで!」

「確かに貴方はAランクパーティーの主力なのかもしれません。でも、それは味方が作った隙を利用して、その大剣でモンスターを仕留める能力がAランクでも通用するでしょう……っていうだけで、Aランクのモンスターなら余裕で勝てるってわけじゃないと思いますけど?」


 ルインさんの発言に思う所があったのか、あれだけ息巻いていたグルガが口ごもった。


「飾りだけの冒険者ランクよりも、実際の能力の方が大事です。だからアーク君には、敢えてランクの昇級試験を受けさせなかった。彼が求めていたのはそういう力じゃなかったし、冒険者わたしたちにとって、無事に戻って来る事が何よりも大事だと知って欲しかったから――」


 目先のランク昇級試験に受かる為に戦うのではなく、どうすれば無事に生存率が上がるのか、どうすれば強くなれるのかという事を最優先にする。

 それは、以前俺が聞いたのと同じだった。


「そして、彼は私の想像を超えて強くなった」


 最後の一言以外は――。


「傷ついても前を向いて、悲しい想いを背負ってここまで歩いて来た。Cランクダンジョンをソロ・・で攻略して、市街地での乱戦の中で大量のBランクモンスターと戦いながら、狂化状態のマンティコアを一人でたおしてみせた。自分も同じことが出来ると思うのなら、もう一度戦ってみればいい。そうでないのなら刃を引いてください。何度やっても結果は変わりませんから――」


 ルインさんは、そう言い切ってみせた。


「――ぐっ!?」


 それを受けてグルガは表情を歪めながら俯いた。あれほど息巻いていたのが別人のようだ。


(歩いて来た……か)


 よくよく考えれば、俺の周囲は異常だったんだろう。“剣聖”の弟。“聖盾”の幼馴染。父親はAランク、母親は大陸屈指の冒険者。ルインさんだって、Sランクに匹敵する実力者だ。


(グラディウス家の確執と無職ノージョブから特異職業ユニークジョブへと変わった事。俺の歩んできた道は、きっと異質なもの……)


 狭く歪な世界しか見てこなかった俺にとって、普通・・の基準はそんな非凡すぎる人達だ。

 特に冒険者という観点における基準は、大陸でも一握りであろうSランク相当のルインさんだった。だから同じ事は出来ないまでも、基準である彼女に近づけていなければ無意味だと思っていた。


(全く前に進んでないとは思っていない。でも、精彩を欠いていた父さんや狂化マンティコアの様に数値で測れない敵との戦いばかりだった俺は、自分がどのくらいの立ち位置にいるのかっていう事を理解していなかった。それを示すのは、傍に居るルインさんと俺のGランクという肩書だけだったから――)


 俺の戦いは常に格上相手か、一対大多数という不利な条件を強いられるものばかりだった。だから、限界ギリギリの戦いの中で成長している自覚はあっても、常に苦戦はしているんだから強くなっているという自信なんてものが身につくはずもない。


「アーク君は、卑怯な真似なんてしていません。厳しい戦いの中で貴方を上回るだけの力を身に付けた」


 統制の取れた複数人で自分の役割を果たすだけの戦いと、常に危険と隣り合わせの孤独な戦い。乗り越えた時に得られるものの大きさは確実に違う。

 つまり俺は、複数人に分散されるはずの戦闘経験を一人で得られていたという事。それも、常に限界を超えなければどうにもならない状態におけるものを、短期間に凝縮してという形でだ。


「つまり実力だけを見れば、Gランクの肩書は彼に相応しくない。でも、私と居るせいでそれを強いてしまっていた。ただ、それだけです」


 そして、ルインさんの言っている事と感じてきたその自覚こそが、今の俺の力の糧になっている。本来、複数人で挑むダンジョンを単騎駆け出来るほど強大になって――。


 グルガや周囲の連中が黙りこくっているのは、きっとそれが彼らにとっての普通・・とは違うからなんだろう。


「ギルドの方々も色々・・と動いてくれていたみたいですが、知り合いの推測だけを鵜呑うのみにして無実の人を皆の前で吊し上げただけじゃなくて、面白がって冒険者同士の私闘を止めすらせずに……私の・・アーク君じゃなかったら、取り返しのつかない事になっていたかもしれないんですよ!!」


 ルインさんの言葉が、正義と同調圧力で暴走したギルドスタッフに向けられる。

 発言の中で、しれっととんでもないことを言われた気がしないでもないが、今は気にしないでおこう。


「で、ですが……」

「被害者面してるとこ悪いが、流石に勘違いで済む範囲は越えてると思いますよね? それに、どういうつもりで行動したのかは、俺も訊きたいとこですけど?」


 周囲の冒険者の下心たっぷりな行動も大概だが、ギルドの連中に対しては俺も腹に据えかねるものがある。旗色が悪くなって、俯きながら仲間内で視線を交わしている阿呆共に侮蔑の言葉を投げかけた。


「――っ!」


 対する回答は沈黙。

 十六、十七の若者にいい大人や先輩冒険者たちが言い負かされているのを目の当たりにして、何とも言えない気分になっていた所だったが――。


「双方、そこまでだ!」


 良く通る声が響いたかと思えば、静まり返っていた周囲の連中の表情がぱぁっと安堵に変わり、連中の中央が大海が割ける様に左右に開いていく。


「じ、ジェノ様ッ!?」


 観客オーディエンスの間を優雅に歩いて俺達の下にやって来るのは、Sランクパーティー――竜の牙ドラゴ・ファングのリーダーであるジェノ・スクーロ。その整った顔は、さっきまでとは打って変わって険しいものだ。


「はぁ……全く、見るに堪えないな。これは非常に問題があると言わざるを得ない。そうだろう、諸君?」


 そして、ジェノは俺達にではなく、周囲を取り囲む面々に向かって盛大に毒を吐き捨てた。

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