第44話 正義の眼差し

「美しい金色の長髪。意志の強そうな真紅の瞳。優雅な出で立ち。大陸随一とされる美貌を振りまく孤高の女性冒険者――。特異形状と言われる武器を見ずとも、貴女が“金色の戦帝”の異名を冠する冒険者であることは、一目見れば分かります!」

「え、えっと……」


 息巻くジェノに対し、ルインさんは困ったような表情を浮かべた。

 そして、周囲の冒険者やスタッフたちは、“金色の戦帝”というワードが出て以降、ルインさんを畏敬の眼差しで見つめている。


(強い強いとは思ってたけど、まさかSランクが一目置くほどの実力者だったなんて……)


 変態の次は、イケメンに絡まれてしまったルインさんのフォローに回りたい所ではあるが、俺も衝撃的な身辺情報を知ってしまって放心状態。しかも、相手が相手だけあって、下手に動けない。


「ソロでダンジョン探索をする事のメリットがないとは言いませんが、どう考えてもデメリットの方が遥かに大きい。何より安全マージンの取り方を間違えた時の危険は、パーティーを組んでいる時の比にならない。それに女性の単独行動は色々物騒だ」


 甘い顔つきから放たれる正論は、直球ど真ん中。反論の余地のないものだった。そもそも、ルインさん自体、報酬や素材を独り占めしたいって感じの人でもないしな。


「貴女ほどの武勇を謳われる方なら、僕たちも歓迎――いや、ぜひ戦列に加わっていただきたい! もちろん、何度かダンジョン探索に出て互いの相性を見極めてからでも構いません。如何でしょうか?」


 ジェノの視線は、ルインさんだけを射抜いている。俺を含めた周囲の面々は、ルインさんがどういう選択をするのかと固唾を呑んで見守ることしかできない。


「勧誘のお話は凄く光栄ですけど、ごめんなさい」

「――ッ!?」


 ルインさんの回答は否。緊張に包まれる皆と、意外そうな顔を浮かべる“竜の牙ドラゴ・ファング”の面々。まさかの回答に周りの空気が凍り付いた。


「理由をお聞かせ願えても?」


 ジェノの声音も固い。


「私は既にパーティーを組んで行動していますし、今の待遇に不満もありません。それが理由……としか言えませんね」


 俺と行動しているが為にSランクパーティーからの勧誘を断る。ルインさんは、そう言った。


「差し支えなければ、そのパーティーの名を教えていただけないでしょうか? 貴女ほどの実力者が所属しているのでしたら、既に名が知れているかと思うのですが?」

「えっと……貴方たちみたいな特別な呼ばれ方はしてないと思いますけど……」


 詰めよるジェノに苦笑しているルインさんに服の袖を掴まれれば、ギルド中から降り注ぐ視線の嵐に射抜かれる。


(滅茶苦茶、睨まれてるな……。まあ、無理もないか)


 俺に向くのは、羨望と妬みと憎悪が入り混じったような大量の視線。


(どこの馬の骨とも知らない若い冒険者のせいで、ルインさんのSランクパーティー入りがなくなったんだからな。それにしても、“金色の戦帝”か――)


 ギルドの様子を見る限り、“竜の牙ドラゴ・ファング”と思われる冒険者は四人。それもジェノを含めて美男美女揃い。しかも、全員がルインさんクラスの実力者って考えれば、そのとんでもなさが浮き彫りになる。


(これぞ、ドリームパーティーって感じだもんな。小国くらいなら落とせるんじゃないか?)


 ここにルインさんが加わった光景を見てみたいってのは、冒険者なら誰もが思うことなんだろう。このレベルまで行くと、もう妬むとかそういう次元の話じゃない。


 まあ、そのしわ寄せが全部俺に来てるわけだが――。


「君、冒険者ランクは? これまでの実績は?」

「冒険者ランクはG。この間、成人の議を終えたばかりなので、取り立ててお話しできるようなことはないですけど……」


 俺は険しい表情を浮かべるジェノの視線に射抜かれ、これまでの経歴を話さざるを得ない――とは言っても、イレギュラーな場外戦闘が多すぎて初見の人に伝えられることは殆どないわけだが――。


「……まさか、ソロを貫いていた“金色の戦帝”がパーティーを組んだという噂が本当だった上に、その相手が――」


 ジェノは、手を額にやりながら残念そうに肩を落とした。だが、彼の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


「おいおいおい――ッ! “金色の戦帝”と組んでるやつがGランクって、どうなってるんだよ! まさか何か弱みを握って脅迫してるんじゃねぇだろうな!?」


 ギルドの休憩スペースから出てきた岩山のような男が声を張り上げたせいで、発言が遮られたからだ。


「脅迫……無理やり寄生してるってことか……」

「時期的に考えれば、今年の成人の儀が始まって半年と少し経ってるわけで――それをついこの間終わったとか言ってる奴が、何故かパーティーを組めてるわけだもんね」


 その一言をきっかけに、ギルドに険悪な雰囲気が立ち込めていく。


「いや、最低だわ。マジで!!」

「この下種野郎! 彼女を開放しやがれ!!」

「うわ最低! ありえないんですけどー!!」


 嫌な空気は程なくして爆発し、ギルド中から俺に対しての大バッシングが始まった。


(数は力ってのを痛感するな、こりゃ……。前にも似たような事を言われたけど、今回は弁解どころじゃないしな)


 総勢百名を超える冒険者や現地人は、嬉々として罵声を浴びせて来る。


(単純に憤っている者。Gランクの俺を見下している者。ルインさんとパーティーを組んでいる俺を妬んで蹴落とそうとする者。あわよくば、俺を成敗してルインさんに取り入ろうってとこか……。みんなルインさんが欲しいんだろうな)


 “金色の戦帝”という異名とGランクという断片的な情報だけで、ここまで熱が上がるのは狂気的にも思える。

 でも、人間の醜い部分を見ながら育ってきた俺は、息巻いて罵声を浴びせて来る連中を前にしても、それほど驚くことはなかった。


 強いて言うのなら、初対面で頭ごなしに攻撃してくる分、多少なりとも積み重ねがあった父さんやガルフたちよりも質が悪いって事だろう。


「え、え――っ!?」


 そんな時、突如としてカウンターから出て来た受付嬢たちが俺とルインさんの間に身体を割り込ませ、防波堤の様に横一列に並んだ。人間で形作られる防波堤の後ろでは、ルインさんが目を白黒させている。


「そこの貴方、間もなく警務隊がやってきます。冒険者ライセンスと武器をこちらに渡して下さい!」

「は……?」


 そして、仁王立ちしながら白い目を向けて来る受付嬢たちの言い様は、理不尽な扱いに慣れている俺ですら絶句せざるを得ないものだった。


(一応、トラブってるわけだから警務隊を呼んだり、身柄を抑えて話を聞こうとするのは分からなくもない。でも、ライセンスや武器まで寄越せだなんて、権限もないのにどういうつもりだ?)

「抵抗しない方がいいですよ。ここには、数十人の冒険者さんがいますので!」


 同調意識なのか、自分達が正義側だと信じているからかは分からないが、何にせよ有無を言わせない迫力の女性たちに敵意を向けられている。


(――しかも、他の連中もかよ。これは……ちょっとでも突いたら即抜刀って感じだな)


 そこかしこから感じる非難の視線を受けて周りを見れば、“竜の牙ドラゴ・ファング”以外の連中はその場で立ち上がり、射殺さんばかりの視線を俺に寄こしている。


「……ちょっと、止めて下さい! 私は!」

「辛い思いをしましたね。もう大丈夫ですから!」


 恫喝どうかつ染みたやり取りを受けて、ルインさんは防波堤を乗り越えてこっちに来てくれようとはしているが、多勢に無勢。相手に手を上げるわけにもいかず、無駄な連携で結託した連中に手間取っているようだ。

 気が付けば、バックヤードから出て来たであろう男性スタッフも防波堤に加わっており、周りは敵だらけだった。


「アーク君……!」

(針のむしろってのは、正にこういう状況の事だな。まあ、ルインさんに身の潔白を証明してもらえば丸く収まる問題だ。こんな奴らの言う通りに武器をくれてやる必要はない)


 ある意味、絶体絶命だが、解決策がないわけじゃない。周囲のアホ連中とおさらばする為に、さっさと警務隊に来てもらいたいところだったが――。


「警務隊なんて必要ねぇ! そんな下種野郎は、この俺がぶちのめしてやるぜ!!」


 俺が指示に従わなかったことに業を煮やしたのか、最初に声を張り上げて来た大男が突っ掛かって来た。


「Aランク冒険者パーティー――“巨人の腕ギガント・フィスト”のリーダーであるこのグルガ・ビッカー様がなぁ! つーわけで、そこのガキ、表に出ろッ!!」


 新天地で目標に向けて突き進もうとしていただけなんだが、早速とんでもない事に巻き込まれてしまったようだと、俺は内心で嘆息をもらした。

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