第40話 銀の淑女

「アーク君!」


 恐らく女性のものと思われる悲鳴を聞いた瞬間、俺たちはその方向へと駆ける。


「冒険者は四人。完全に囲まれてますね……」


 向かった先には、五体ほどのモンスターに囲まれている冒険者パーティー。モンスター側は無傷な上に数でも負けている。


「あれは、デュアルミミックにブラウドマミー!? Aランクダンジョンのモンスターがどうして!?」


 しかも、冒険者一行と戦っているのは、以前Cランクダンジョンで戦ったモンスターの上位種――それは、本来ならAランク・・・・ダンジョンに分布しているはずのモンスター。

 どっからどう見ても、絶体絶命だ。


「アーク君、選手交代。私が突っ込むから、討ち漏らしがあったらお願い。この間みたいにね」

「了解」


 そこからの行動は早かった。


「“青龍零落斬”――ッ!!」


 ルインさんが砲弾のような勢いで戦域に突っ込めば、身の丈ほどある“青龍偃月刀”が豪快に振るわれる。


「ひっ! 新手!?」


 煌めく金色の髪が舞いなびきながらモンスターが撃滅されていく光景を前に、冒険者一行が身を強張らせるが、今は後回し。


「攻撃が強すぎて、逆に敵が吹っ飛ぶとは――」


 俺の目の前には、吹き飛んできたデュアルミミック。刃が剥き出しの上箱が二つに分かれた形容しがたい構造をしているモンスターが、その片方を刀戟の衝撃で喪失した状態で転がっている。


「アーク君! お願い!」


 ルインさんの指示が飛ぶ。


「了解!」


 討ち漏らしというか、彼女がわざと逃がしたであろう最後の殺人宝石箱に狙いを定める。


「流石にAクラスだけあってしぶとい。でも、そこから先は地獄へ直通だ」


 俺は地面を転がるデュアルミミックが反撃に転じるより早く、漆黒の加速斬撃――“真・黒天新月斬”を放って両断した。


「初めてAランクモンスターと遭遇したわけだが、この間のマンティコアの方がヤバかったかな」


 周囲の敵を倒しきって“虚無裂ク断罪ノ刃”を待機状態を戻した俺は、ルインさん達の方へと向き直る。


「あ、ありがとうございましたぁ!」

「助かったぜ!」

「死ぬかと思ったぁ……」

「……」


 男女二人ずつから成る冒険者御一行は、思い思いの言葉を発している。だが、自分達が助かったことに安堵している一行とは対照的に、ルインさんは厳しい表情を浮かべていた。


「お礼はいいですけど、貴方達こんな所で何やってるんですか? こう言っては失礼かもしれませんが、とてもBランク冒険者の装備には見えませんけど?」

「うぐっ!?」


 どこか軽薄そうな雰囲気を放つリーダー格の男は、ルインさんの刺すような視線を受けて顔を青ざめた。


「貴方達の装備は、どんなに高く見積もってもDランク止まり。そんな状態で、Bランクダンジョンに侵入するなんて自殺行為です」

「い、いや……その……」

「ダンジョンに入るのは、子供の遠足じゃありません。私達が居なかったらどうなっていたか、分かっていますか?」

「そ、それは……」


 連中は後ろめたいことでもあるのか、逃げ場なくサンドバッグ状態。


「成人の儀を終えてDランクまでとんとん拍子で来れたから、次は段飛ばしで挑んでみようかなぁ……なんて……」

「冒険者が失踪する理由の中でも、一番ありがちなやつですね。脱出用のアイテムは持ってないんですか?」

「そ、それが、道具係の奴がうっかり忘れてたみたいで……」


 まあ、あまりに杜撰ずさんな一行の言い分には、俺ですら軽く呆れていたわけだが――。


「しかも、今日はモンスターが少ないから侵入先付近のお出迎えもなく、こんな所まで進めちゃったってことですか。よくそんな管理体制で、ここまでやって来れましたね」

「なはは……返す言葉もねぇです」


 プンスコお姉さん状態のルインさんには誰も逆らえない。冒険者一行は、冷たい目を向けられながら超ド正論で叩きのめされていた。


「父さんとの時も思ったけど、美人ほど怒ると怖いってことか」

「アーク君、何か言った?」

「いえ、なんでも」


 アレを向けられるのはいつも俺だったが、今回は他人事……なんて思っていたら、ジトーっとした視線に射抜かれる。触らぬ神に何とやらの精神で慌てて訂正した。


「事情は大体分かりました。それで貴方達はこれからどうするつもりなんですか?」

「で、出来れば……その……脱出用アイテムを恵んで……いや! 貸していただけないでしょうか!?」

「はぁ……見捨てて死なれるのも後味が悪いですし、構いませんよ。早く逃げて下さい」

「おお……女神よ!」


 いくら連中の自業自得とはいえ、ルインさんの判断は妥当だろう。これまで色んな依頼を重複して受けて来たから、アイテムや資金にもそれなりに余裕があるしな。


「ハーイ! ありがとうございまぁす!!」

「美人のお姉さん、マジ神! アイラの百倍マジ神! Yeah!」

「はぁ!? あーしの方が美人だし!」

「――こいつら自分達の状況が分かってんのか? 後、ノリがウゼぇし……」


 脱出用のアイテムを渡された冒険者バカ達は、正に有頂天。いんを踏みながら、小粋に踊り始める。


「あれで礼のつもりなのかよ。この調子じゃ、次もやりそうだな」


 アホなノリを至近距離で見せつけられたルインさんも同じ気持ちだったのか、連中を見る目は絶対零度。まるでゴミを見るかのような眼差しだった。


「――ええ、そうね」


 その光景に対して、呆れ返った気持ちを吐き出すような俺の呟きに反応する者が一人。


「ん……君、は?」


 いつの間にやら俺の隣に居たのは、緑のメッシュが入った長い銀髪が特徴的な少女。


「私は、アリシア・ニルヴァーナ。貴方は?」

「ああ、俺はアーク・グラディウス……って、今は自己紹介してる場合じゃないだろう? 仲間はあっちだぞ」


 鈴の音のような声の少女――アリシア・ニルヴァーナは、困惑する俺など気にした様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「ええ、そうね」

「またそれかよ……」


 冷めきった声音――同じクールビューティーでも、凛々しさ交じりのルインさんとは、また毛色の違う印象を受ける。


 それに――。


「自分のパーティーの危機だってのに随分と他人事なんだな」

「私には関係ないもの」

「はぁ……?」


 さっきまで死にかけてた割には平然としてるっていうか、全体的に超然としているというか……。


(連中のアホさ加減に気を取られていたが、他の三人と違ってニルヴァーナだけ目立った傷がない。一体どうなってるんだ?)


 何とも掴み所が無いミステリアスなクールさを持っているようだった。


「美人なお姉さん! 名前を教えて下さいYO!」

「私達は探索を続けるので、早く戻ったらどうですか?」

「くぅぅっ!! 手厳しいぜ!」

「早く戻らないんだったら、返してもらいますよ?」

「い、イエッサーッ!」


 その間に、ルインさんは絡んでくる男二人に頬を引くつかせながらも、アホたちを強制的に追い返す算段を付けたようだ。


「話が終わったっぽいけど?」

「ええ、そうね」


 一連の流れを横目でを見たアリシアは、何事もなかったように離れていく。


(またそれかよ……っていうか、アホ達の暴走や俺とのやり取りについてはスルーか……。凄いポーカーフェイスだな)


 俺はそんな事を考えながら、目の前で揺れる銀髪を見ていたが――。


「――アーク・グラディウス。また、いましょう。運命の導きがあるのなら……ね」


 突如、振り返ったアリシアは、そう言い放った。


「ん……お、おう……」


 まさか声を掛けられると思っていなかった俺は、思わず返事をしてしまう。


「では、また……」


 アリシアは俺の回答を聞くと、小さく微笑を浮かべて元のパーティーの下へと歩いて行った。


「では、ありがとうございまぁす!!」


 程なくして、アホ三人とアリシアは、アイテムを使ってダンジョンから脱出した。これでひと段落、後はこの異変を調べるだけ――。


「アーク君」


 そうだったら良かったんだが――。


「今日は探索が終わったら、私の部屋に来てね。大事なお話があるから……」

(お、お姉さまがブチ切れなさっている……。今回は、何もやらかしてないはずなんだが……)


 背中に冷たいものが走ったのを感じた俺の目の前で、ルインさんが全身からドス黒いオーラを放ちながら満面の笑みを浮かべていた。

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