第2章 斬影狂暴のワルキューレ

第39話 悲鳴の洞窟

 ジェノア王国近郊のBランクダンジョン――“咆哮ノ洞窟”。俺がガルフ達に置き去りにされた、あのダンジョン――。


「“真・黒天新月斬”――ッ!」


 俺は“処刑鎌デスサイズ”を振り抜き、魔力放出で加速させた漆黒の刃でギガースの胸板を斬り裂く。


「ちょっと前までは、あれだけ恐ろしかった相手だが……。落ち着いて対処しさえすれば、倒せない相手じゃない!」


 そのままの勢いでダンジョンを駆け、断末魔の叫びを上げているギガースの肩口を蹴り飛ばして跳躍。その背後にそびえる巨体――シルバーゴーレムの眼前に躍り出る。


「狩り取る――ッ!!」


 そして、シルバーゴーレムが反応するよりも早く肉薄し、“処刑鎌デスサイズ”を一閃。銀色のボディーパーツを袈裟けさに斬り裂いた。


「その図体じゃ小回りは利かないぜ」


 目の前の銀色の巨人は、ギガースの倍はあろうかという体躯を誇っている。攻撃力・防御力――恐らく体力もギガース以上なんだろう。

 だが、その大きさを手に入れる為に、失うものもある。


「懐に入ってしまえば――」


 それは機動力と精密動作。巨体のシルバーゴーレムは、超近距離クロスレンジの攻撃に対して無防備だという事だ。

 そして、以前なら無理だったろうが、今の俺になら堅牢な防御を突破することが出来る。


「“黒天双槌閃こくてんそうついせん”――ッ!!」


 得物を振りぬいた体勢の俺は、刀身の逆から魔力を放出して空中で一回転。

 その勢いを利用して、両腕の迎撃を潜り抜けながら体重と姿勢の移動を完了させ、漆黒を纏わせた“処刑鎌デスサイズ”を天頂高く振り上げる。魔力加速を強めながら、二連目の斬撃を銀色のボディーに目掛けて打ち放った。


「悪いが、三枚おろしだ」


 以前のマンティコアとの戦いのように、魔力放出を用いた二連斬撃によって、鋼鉄のボディーは三塊に分かれ、戦闘力を失った銀色の巨人は為すすべなく地に倒れていく。


(状況完了と言いたいところだけど……ッ!?)

「お疲れ様」


 周囲のモンスターを掃討し終わったところで、離れていたルインさんが近づいて来る。

 今回も俺が主体となって戦い、同じパーティーのルインさんは必要最低限しか手を出してこない。まあ、いつものフォーメーションだ。


「でも……」

「そうですかね? ありが……うぇ!?」


 褒められて気恥ずかしさを感じていた俺だったが、突如として視界がルインさんの端正な顔で埋め尽くされ、咎めるように細められた真紅の瞳が至近距離から向けられた。


「腕を痛めたんでしょ? 怪我を隠してちゃダメだよ」

「あ、いや……この位なら怪我って程じゃないですし……」

「魔力の制御をミスして痛めたんでしょう?」


 その行動の原因は、さっき新技を放った時、魔力を御しきれなかった反動で、俺の腕に痛みが走ったことによるものなんだろう。


(怪我って言っても戦闘には支障がないレベルだし、顔に出したつもりもないんだが……。何でバレたんだ……)

「なんで分かったって顔してるね」

「――い、いや……そんな事は……」


 はっきり顔に出したつもりもなく、敢えてどうこうする必要はないと思っていたものをピシャリと言い当てられると、流石にばつが悪い。悪戯を見つかった子供は、多分こんな気分なんだろう。

 今回に限っては、別に俺が何か悪い事を仕出かしたってわけじゃないんだけどな。


「アーク君の怪我なんてお見通しです。ほら、手を出して」

「……了解です」


 むくれるルインさんに言われるがまま差し出した腕が金色の光に包み込まれ、程なくして時折走っていた痛みが消えていく。


「それにしても、攻撃部以外からも魔力を放出しながら武器を振り回すなんて、アーク君も面白いことを考えたね」

「まあ、極限状態で編み出したというか、思いついたことですから……。それに、まだ制御に難ありって感じです。今にして思えば、よくぶっつけで成功したなと思いますよ。火事場の馬鹿力とは上手く言ったもんです」

「もう、笑い事じゃないんだよ。でも使いこなせれば、きっと大きな武器になる。それは間違いないと思う」


 自分のミスでこうなったからか、些細な変化を感じ取られるほど俺の事を見てくれているからかは分からないが、とにかくルインさんからの治療を受けるのは、何とも落ち着かない気分だった。


 尤も、そもそもが軽傷とも言えないものだったから、治療が終わるのにそれほど時間はかからなかったが――。


「――さっきから思ってましたけど、なんかモンスター少なくないですか? 中腹まで来て、今の倒した二体を合わせてもまだ六体目なんて……」


 治療もそこそこに探索に戻る俺たちだったが、さっきからの異様な様子についてルインさんに尋ねる。


「前に置き去りにされた時には、もっとモンスターがウヨウヨしてましたし、今までのダンジョンと比べても明らかに様子がおかしいというか……」

「うん、確かに変だね。でも、周囲に戦闘の跡もなくてモンスターがいないのは、みんなここから外に出たってことなんじゃないのかな?」

「モンスターがダンジョンの外にって……まさか!?」


 Bランクのダンジョンにモンスターがいない。

 モンスターが外に出てしまった。


 そういった事例に心当たりがないわけじゃない――というか、その渦中でとんでもない目にあったのは、何を隠そうここにいる俺たち自身だ。


「マルドリア通りに押し寄せてきたモンスターは、ここの連中だった……?」

「元々、最奥にマンティコアがいるダンジョンで、これだけモンスターが居ないんだから、きっとそういうことなんじゃないのかな? 実際、私やアーク君が見た時と様子も変わってるわけだしさ」


 数日前、ダンジョンという辺境の地を縄張りにしているモンスターたちが、人口密集域に襲撃を仕掛けて来た事で、大規模な戦闘が発生した。その時、攻めて来た主要なモンスターは、ギガース、ライラプス――そして、マンティコア。

 このダンジョンに分布するモンスターと一致していた。


「Bランクでの戦闘訓練も兼ねて、移動がてらに近くのダンジョンに立ち寄ったわけだけど、まさか一発目からこんな事になるなんてね」


 そして、この事はルインさんにとっても想定外であるようだった。


「そういえば、あの時のマンティコアなんですけど――」


 ただ、マルドリア攻防戦については、ずっと気がかりなことがある。それは当然、あのマンティコアの事。

 その現象について、何か知っていそうなルインさんに疑問を投げかけようとした時――。


「きゃああぁぁ――ッッ!?!?」

「――ッ!?」


 俺の問いは、突如響き渡ってきた甲高い悲鳴によって遮られることになった。

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