第38話 斬り拓いた未来

 現在の時刻は、本来の予定よりも大分押している昼前――。


 何故時間が遅れているのかと言えば、父さんたちとの確執に決着を付けていたからだ。本来ならもっと実績を積んで、この地に一人で戻って来た時に向き合うつもりだったんだから、完全に予想外の出来事だった。まあ、結果だけを見れば、良い意味で誤算だったのかもしれないが。


 そんなこんなで決着を付けた俺達は次なる目的地に向かうべく、グラディウス本邸から離れた森道に居る。


 そして、現在――。


「この度は……大変申し訳ありませんでしたぁ――!」


 俺は誠心誠意ルインさんに頭を下げていた。何というかデジャヴを感じさせる体勢だが、今俺に出来る事はこれしかない。


「あ、アハハ……。別に気にしてないし、顔上げてよ」

「いえ……ただでさえ助けて貰ってばかりなのに、今回はうちの馬鹿家族がありえないレベルで迷惑をかけたわけですから――!」


 ガルフの勧誘で不快な思いをさせた事に始まり、マルドリア通り攻防戦では大きな負担をかけてしまった。挙句、今朝の一幕では父さんからも無理やり勧誘され、俺達はルインさんの存在になんてお構いなく戦闘をしていたわけだ。


「しかも、ガルフや使用人を戦闘の余波から守ってくれていたわけですし……。本当なら何の関係もない俺たちの家族問題に巻き込んでしまって……」


 更に俺と父さんが正面からぶつかれるようにフォローに回ってくれていたんだから、ルインさんが許してくれると言っても、流石に申し訳が立たなすぎる。


「私がやりたくてやったんだし、代わりにアーク君がぶっ飛ばしてくれたんだから、もういいんだよ」


 具体的に恩の返しようがないから頭を下げていたわけだが、そんな俺の鼓膜をルインさんの諭すような声が震わせる。その直後、両手で頬を包み込まれる様にして、無理やり顔を上げさせられた。


「それより、辛いのはアーク君の方でしょう? どんなことをされてたって、あの人たちが君の家族であることに変わりない。そんな人たちに酷い事を言われて、刃を向け合って――」


 真紅の瞳が僅かに揺れ、俺を射抜く。


「でも、アーク君は頑張った」

「ちょ――ッ!? ルインさん!?」


 そして、身動ぎ出来なくなった俺の身体は温かい感触に包み込まれた。


「俺は……自分の考えをぶつけただけで、頑張るような事なんて……」


 いきなりの抱擁に脳の処理限界を超えるが、何か伝えなければと必死の思いで言葉を紡ぐ。


「ううん。アーク君は、頑張った。頑張ったよ」


 だが、そんな事では微動だにしないルインさんに抱き着かれて為すがまま――背中をさすられている。

 無職ノージョブと罵られる事はあっても、他人に褒められたり、励まされたりすることに慣れていない俺は、凄まじいこそばゆさに襲われて、更に固まってしまっていた。


「受けた痛みを思い知らせるために徹底的にやり返すんじゃなくて、相手の痛みを受け止めた上で自分の気持ちを貫き通した。別に復讐するのが悪い事だって言うつもりはないよ。誰だって理不尽な目にあったら、それを周りにぶつけてしまうと思うから。でも、アーク君がやったのは、それよりも凄い事なんだよ」

「でも、俺は別にそんな崇高な理念を抱いて、戦ったわけじゃないんです。ただ、譲れないものがあったから――」


 俺は自分の想いを父さんたちにぶつけただけだ。父さんたちを破滅させて、グラディウス家をどうこうしようだとか、和解にこじつけてやろうだなんて思っていたわけじゃない。


 そもそも俺からすれば、漸く冒険者として踏み出せたと思った時の意図しない遭遇だった。正直、あの人たちへの明確な回答を見出せていない状況だったんだ。

 ただ、目の前で起きたことに無我夢中だった。


「アーク君はそれでいいんだよ。一人で抱え込んで突っ走っちゃうとこは玉にきずだけどね」


 本当なら、ルインさんにこんな言葉をかけて貰う価値なんてないはずだ。


「そんな君だから、私はまだ隣を歩いてる。そう、思うから――」


 だけど俺は、ルインさんを振り払うことができなかった。


 忌むべき過去である、家族やリリアとの問題。ガルフパーティーとの遭遇に端を発した一連の出来事によって、俺は自分が思っていた以上に疲弊していたのかもしれない。


(強くなるって、誓ったばっかりなんだけどな……)


 最高の冒険者を目指すと誓っておきながら、早速ルインさんに支えて貰っていることに思わず自嘲してしまう。やっぱり俺は、まだまだ半人前ってことなんだろう。


(目指すは、冒険者ランクS……。でも当面の目標は、ルインさんの足を引っ張らないようにするってとこか。彼女に受けた恩に報いる為にも……)


 ルインさんが、いつまでこうして隣を歩いてくれるのかは分からない。だから、いつかたもとを分かつまでに、彼女から受けた沢山の恩を返したい。その想いが、俺の中でより強くなった。


「よし! 辛気臭い顔はここまでだよ」


 俺が落ち着いたのを感じ取ったのか、柔かい感触と鼻腔びこうくすぐる良い香りが離れていく。


「じゃあ、行こっか」

「はい」


 そして、俺は満足そうに微笑むルインさんと共に新天地に向けて歩み始めた。


(起きてしまったことは仕方ない。背負って進むしかないんだ。全て失った俺にも、かけがえのないものが出来たんだからな)


 その最たるものは、今も俺の隣で金色の髪を揺らしながら歩いている。


「ん、どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 先の事はまだ分からない。今はただ前に進む。


「何か含みがあるなぁ?」

「例の如く近いです」


 まっすぐ前を見つめて――。


「きゃぁ――っ!?」

「――ッ!?」


 そんな事を考えながら久々の穏やかな時間を楽しんでいると、突如吹き抜けた凍えるような旋風つむじかぜに背後から襲われる。


「何……今の……? 冷え込むような時期じゃないのに……」

「ちゃんと前に進めるようにっていう、お節介ですよ。きっと――」


 俺は顔を赤くしながら短いスカートを手で抑えているルインさんを尻目に、背にした故郷を一瞥して小さく笑みを浮かべた。


 さっきの氷風は、きっと自然が起こした小さな奇跡。


 漸く歩き出した俺の背中を押してくれたんだろう。


(最後まで会いに行くか悩んでたけど……この感じじゃ、今のまま報告に行ってたら引っ叩かれてたかもな。悪いな、母さん。初めての墓参りと近況報告は、もう少し先になりそうだ)


 辛かった過去きのうも、進み始めた現在きょうも、全てはこれからの未来あしたの為――。


「行きますよ、ルインさん」

「むぅ……それ私の台詞―!」


 もう立ち止まらない。


 俺だけの剣で、あの日の誓いを果たすために――。

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