第37話 アーク・グラディウス
「別に昔の事を蒸し返すつもりはない! だから……そこを退け!!」
「黙れ! 亡霊がぁ!!」
俺は部屋を駆けながら回避し続けるが、荒れ狂う突風を前に攻め手を見出すことが出来ないでいた。
それに――。
「俺が守って来たんだ! 俺が当主なんだ!!」
目の前の父さんは、どこか正気を失っているように見受けられる。多分、顔立ちが似ている俺を通して、母さんの過去の幻影を見ているのだろう。
「確かに、アンタはアンタなりに精一杯やってきた。グラディウスが今も名家として存続していられるのは、間違いなくそのおかげだ」
「そうだ! あらゆるものを犠牲にして……俺は――ッ!!」
自分にグラディウスの血が流れていない事や母さんへのコンプレックス。
その偉大な母さんの後を継いで、グラディウスを潰えさせないようにしなければならないという重責。
そんな強迫染みた想いが、この人を
「この家の繁栄に、人生の全てを尽くして来た!! それは全てにおいて優先される!」
「ぐっ――!?」
出力の上がった突風に思わずよろめく。
「グラディウスの血を引く以上、お前達もそうでなければならない! 何故、それが分からない!?」
確かに父さんが言っている事は凄まじい極論だ。でも、俺自身もその恩恵を少なからず享受して来たグラディウスの人間である以上、それを間違っていると断じる事は出来ない。いや、許されない。
誰かが笑えば、誰かが泣く。俺は正に、リリアと対峙した時に痛感したのと同じ場面に直面していた。
「それでも俺は前に進む! 誰かの想いを踏み
対価を払わずに得られる結果なんてたかが知れている。だから全ての過去を斬り捨てた。
この家での過去も、リリアへの想いも、何もかも――。だから残っているのは、あの日の誓いだけ。
「ならば、お前のその想いが正しいと証明してみせろ――!!」
周囲の突風が止み、父さんの剣に風の魔力が収束していく。恐らく、次の一撃で決めるつもりなんだろう。弾けんばかりの魔力は、さっきまでの
「漸く――耳を傾けてくれる気になったってわけか。なら、全力の一点突破で貫くだけだ」
俺もマンティコアとの戦闘の時と同様に漆黒の魔力を過剰供給して、刀身を巨大化させた。
曲がりなりにも父さんの視線の先には俺がいる。それは多分、天啓の儀の日以来の事だ。俺の誓いがグラディウスの呪縛に打ち勝つことが出来るのかを図るには、おあつらえ向きなシチュエーションだろう。
「来い、アークッ!!」
「斬り裂く――全ての過去を――ッ!!」
そして、俺達は同時に床を蹴り飛ばし、魔力を爆発させる。
「“ゼピュロスブレイバー”――ッッ!!」
「“真・黒天新月斬”――ッ!!」
振り下ろされる剣からの嵐斬撃と、進化した漆黒の加速斬撃が部屋の中央で激突した。
「――ッ!?」
その結果――俺の刃が嵐を突き破り、上質な名剣が儚い音を立てて砕け散る。
「ユーリ……?」
父さんは、俺を見ながら茫然と母さんの名を呟き、唯一無事だった自分の背の内壁に打ち付けられた。
「……」
大鎌を振り抜いた俺は、その光景を目の当たりにして何も言うことが出来なかった。
だが、はっきりしたことは一つだけ――。
「――父さん、もう終わりにしよう」
勝敗は決した。
「これが
「――そう、か……」
母さんの面影を残す俺を前にして精彩を欠いていなければ、始めから属性魔法を使って殺すつもりで攻めてきていれば、多分こうはならなかったと思う。でも、過去に怯える剣と過去を斬り捨てた剣がぶつかり合えば、この結果は必然なんだろう。
「俺が人生を賭けて来た事は、お前に打ち破られる程に陳腐なものだったというのか……。一体、どこで間違えた……」
父さんは、胸元に薄い鮮血を滲ませながら自嘲するように呟いた。
「さあな。でも一つだけ確かなことは、アンタは母さんじゃない。それなのに母さんと同じ事をしようとしたから破綻した。多分、そういう事なんじゃないのか?」
「ユーリと同じ事……。だが、グラディウスを繁栄させるには、こうするしか……」
「母さんは、別に犠牲を出してまで家を広げようなんて言い出す人じゃなかった。それに母さんと同じ事をしなくても、やりようはあったはずだ」
あれだけ大きかった父の姿が、今はこんなにも頼りなく見える。
「俺達家族は、母さんが死んだ日に一度破綻したんだよ。でも、誰もそれを修復する事もなく、リセットしてやり直すこともなく、壊れたままでここまで来てしまった。みんな選択を間違えた。ただ、それだけなんじゃないのか?」
「アーク……」
分不相応なグラディウスの名を一人で背負い込んで、こんなにも壊れてしまったんだろう。
「ふっ、私はとことん大局を見る目がないようだ。大成しないと切り捨てたお前がこれほどまでに……。結局、全てユーリが正しかったという事か……」
大鎌を格納した俺は、どこか虚ろな瞳で呟く父さんに背を向ける。
「俺は強くなる。ユーリ・グラディウスの息子なのだと、胸を張って言えるくらい強く――。俺達の為に母さんが命を懸けた事を無にさせない為に」
「――ッ!?」
誰に聞かせるわけでもなく、俺は小さく呟いた。
「この家に、まともな思い出なんて殆どない。父さんやガルフたちにされたことも、多分一生許せない。でも、俺はどこまで行ってもアーク・
父さんとの対峙を通して、より強くなった誓いを胸に刻み込む様に――。
「それが、俺の戦いだ」
呪縛の剣は砕けた。これ以上の言葉は必要ない。
再び破綻したまま進みだすのか、一度立ち止まって自分たちなりに折り合いをつけてやっていくのかは、この人達次第だ。
「そうか……ユーリもきっと喜ぶだろう。そして、アーク……すまなかった」
背後から聞こえてくるのは、父さんの懺悔の声。
だが、それに答えることなく出口へ向けて歩き出す。これが俺達の終着点なんだろう。
俺は俺の道を行く。もう、過去は振り返らないと決めたのだから――。
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