第36話 グラディウスの真実

「お、っ――おおぅぅぅっっ!?!?」


 突っ込んで来たガルフは、打ち返されたボールの様に綺麗な軌道を描いて背後へとすっ飛んで行った。


「あ……ぐっ……ぅぅぅっ!?」


 客間の壁を粉砕して向こう側の部屋まで吹き飛ばされたガルフは、腕を抱えながら床をのたうち回っている。咄嗟に腕で腹部を庇った辺り、ガルフも流石は“剣聖”って事なんだろう。


「こ、この僕がァ……! い、いだい……ッ!? いだいぃぃ……!?!?」


 とはいえ、その代償は大きかったようで、盾として石突の前に差し出した右腕は痛々しく変色してしまっていた。パッと見でも、骨に異常があるのが見受けられる。


「……何の因果だろうな」


 俺は、そんなガルフを横目で見ると皮肉交じりに溜息を零した。


 片方が右腕を負傷しながら地を這い、片方はそれを冷たい目で見下ろしている。その光景は、まるで九年前の俺達を連想させるものだったからだ。

 尤も、その立場は真逆になっているが――。


「ガルフッ!? おのれぇぇ!!」


 そんな俺達を見た父さんは、血管が切れて憤死するんじゃないかと錯覚させられそうな勢いで声を上げた。


「こんな意味のない戦い――もう止めろ!」

「黙れ……」

「――ッ!?」


 空気が変わった。


「黙れ――! アイツ・・・と同じ顔で……アイツ・・・と同じで……を憐れむなぁぁぁ――ッッ!!!!」


 その直後、客間に突風が駆け抜け、背後の壁が真っ二つに裂けた。


「属性……魔法……ッ!」


 部屋を駆け抜けたのは、魔力を纏った鎌鼬かまいたち。それは俺の斬撃魔法を筆頭にした無属性魔法に、術者に適性のある属性を付与した上位術式――“属性魔法”の一種。


 “風”の属性魔法――。


「今のは本気で殺るつもりだったみたいだな……!」


 もし反応出来ていなければ、背後の壁の様に俺の身体も真っ二つに分かれていた事だろう。不意を突かれた突風を咄嗟に屈んで回避できたのは奇跡に近かった。


「その忌まわしい顔が俺の刃を惑わせる! その忌まわしいが俺の尊厳を踏みにじる!!」


 父さんの振るった剣から風の斬撃が飛ぶ。


「剣も使えない! 当主の言う通りにもならない! もう貴様など、我がグラディウスに必要ないッ!!」

「くそ……っ! この状態じゃ、こっちから手を出せない……!?」


 どこか正気を失ったような父さんが連続で放つ風の斬撃によって、壁、床、天井――客間の全てが斬り刻まれていき、既に部屋と呼べる状況ではなくなってしまっている。遠距離への攻撃手段を持たない俺も回避で手いっぱいだ。


「消し飛んでしまえ――ッ!!」

「ちっ――!?」


 俺は室内を駆けながら、次々と飛来する風の斬撃を回避していくのみ。


 ただ、周囲が閉鎖空間ではなくなって、行動範囲が広がったことは俺にとって唯一、嬉しい誤算だった。


「アンタは……誰と戦ってるんだ!?」


 俺は狂ったように魔法を放ち続ける父さんに対して叫びを上げる。


「――ッ!? うるさいッ!!」


 怒鳴り散らす父さん。

 でも圧倒的に優位に立っているはずなのに、その表情は自分の方が追い詰められているかのように余裕のないものだった。


 そして。その言動は、俺にある答えを導き出させた。


「アンタの目の前に居るのは……俺達の、母さんか!?」

「ち、違う! 俺はユーリなどに――!」


 俺の言葉を受けて、父さんの剣筋が鈍る。


(やっぱり、原因はグラディウスとコレか――)


 ユーリ・グラディウス。

 剣士系上位職業ハイジョブ――“騎士”を持ち、卓越した剣術と、代々グラディウス家に遺伝する“”の属性魔法を自在に操り、歴代最強を謳われた女傑。俺達の母親。


「自分にグラディウスの血が流れていないから――!」


 飛来する風の斬撃を、漆黒を纏わせた“処刑鎌デスサイズ”で斬り払いながら、核心に迫るように言い放つ。


「黙れぇぇ!!!!」


 それに対して、父さんは怒髪天――自分で答えを言っているようなものだった。


「この家の一人娘でなければ、病弱でなければ――母さんは、最高難易度の冒険者ランクSを確実に取得出来ていたとさえ謳われた大陸でも指折りの実力者だった。父さんにとって、それは耐えきれない程の重責だった!!」


 母さんは、冒険者としても最強クラスな上に、グラディウス家の直系の血筋。対して、父さんは家柄も実力も平均よりは上という所だったんだろう。職業ジョブも普通の剣士だと聞いている。


 天才の上澄みと、ただの秀才。どちらが優秀かなんて比べるまでもない。その上、直系の血筋と婿養子となれば、家での父さんの立場は形だけの当主だったのは明白だし、記憶の片隅にそんな光景が浮かんでこない事もない。


「でも、それと同じくらい母さんを頼りにしていた。その母さんに時間が残されていないと悟った時、グラディウスの血が流れていない自分一人残されるのだとすれば……?」

「黙れぇぇ――ッ!!!!」


 もしも、母さんの病状が悪化し始めたのが天啓の儀よりも少し前だったとしたら、全ての辻褄つじつまが合う。


「由緒正しい血筋であり、最高の力を持つ母さんを失えば、グラディウスの求心力はガタ落ちする。一歩間違えば、取り返しのつかない程にな。だから、父さんは焦っていた」


 母さんが亡くなれば、残されるのは婿養子と年幼い子供二人。勢力の弱体化どころの話じゃない。それは父さんにとって凄まじい恐怖であり、耐え難い屈辱だったはずだ。

 グラディウスを取り仕切る人間が、代々伝わる氷の魔法を使えない。血を受け継いでいないから、今は喪われた宝剣――ミュルグレスも扱えない。何より比較対象が、大陸指折りの母さんだった。


 これでは、周囲の人間も離れていく。


「そんな時、最高な知らせと最悪な知らせが同時に舞い込んで来た。そう――ガルフが“剣聖”で、俺が“無職ノージョブ”だったことだ! グラディウスの血を引き、最高の職業ジョブを手に入れたガルフは、母さん亡き後の最後の希望。そして、魔法を使えない欠陥品だった俺は、一家のウィークポイントになると考えた」


 だが、一家の血を引くガルフの稀少職業レアジョブで全てを巻き返せる――もしかすれば、今まで以上の高みに昇りつめられる可能性すら出て来た。


「だから、ガルフを跡継ぎにし、俺を放逐した。これが全ての真実。そして、ミュルグレスの喪失、ガルフパーティーの崩壊。ルインさんの存在や、俺が魔法を使えるようになったことでプランを試算し直した結果、今俺達が戦っている。アンタにとって、イレギュラーな形でな――!!」

「黙れぇぇぇッッッ!!!!!!」


 これが俺の過ごした家、グラディウスの真実なんだろう。

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