第35話 忌まわしき過去を超える為に

「グラディウスの面汚しが――!」


 真剣を向けられても微動だにしない俺の事が余程気に食わなかったのか、父さんはそのままの勢いで向かって来る。


「ルインさん、退がっていて下さい」

「……いいの?」

「俺が向き合うべき問題ですから……」


 剣と大鎌で対峙する関係上、近接戦闘は不利。いつもなら背後に飛び退いて反撃する所だけど、ルインさんの心配そうな視線を振り払うように敢えて正面から迎撃する。

 決着をつけるのは俺の役目だ。ルインさんに助力を請うつもりは最初からないし、何よりこんな事に彼女を巻き込みたくはない。


「貴様風情が私に刃を向けるなど、身の程をわきまえろ!!」

「身の程……ね」


 再び、火花が散る。


「ガルフに才能全てを奪われた欠陥品に違いないだろう!? グラディウスの血が流れていながら“剣”を使えない貴様は、存在自体が罪なのだッ!!」


 今度は正面から押し合うのではなく身体の軸を横にずらして互いの向きを変え、背後にルインさんが居る状況から脱する。


(これで位置取りは……。まあ、無用な心配だな。とんでもない美人だけど、か弱いの対極に位置する人だからなぁ……)


 “処刑鎌デスサイズ”を振り回す以上、後ろに人が居られると行動範囲に制限がかかるし、戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。

 まあ、どちらかと言えば俺の方が守られる側なんだから、心配するだけ失礼――なんて思っていたら――。


(――殺気ッ!?)


 視界の端に満面の笑みを浮かべるルインさんの姿が映り込んだ。さっきまでの微笑が俺に向けられているという事実に戦慄せざるを得ない。


「大体、その歪な形をした武器はなんだ!?」

「見ての通りとしか言えません……よ!」


 俺は父さんが叫びながら剣を押し込んで来る勢いを利用して背後に飛ぶ。


「今の俺の武器は処刑鎌コイツだとね」

「ふん、欠陥品の貴様にはお似合いの武器だ! 剣を執れぬ欠陥品のお前にはなっ!」


 更に追撃とばかりに振り下ろされた剣を身を翻して躱した。


「案の定、打ち合う勇気すらない始末か!!」


 グラディウス家の力で収集したであろう名剣と冒険者ランクAは驚異的だが、この間の戦闘のおかげか凄まれても怯むこともないし、柄の長い“処刑鎌デスサイズ”での立ち回りを考えれば剣と同じ土俵に立ってやる義理もない。


 マンティコアとの戦いで掴んだ感覚をより洗練させるには、もっと自分の武器の理解を深めなくてはならないと理解しているからだ。


(客間が無駄に広くて助かった。いくら戻って来る気がないとはいえ、上の階の床をぶった斬るのは、流石にはばかられるしな)


 まあ、客間は長物を振り回しても不自由ない広さだったから、第一段階クリアって所だろう。


(それにしても……)

「この腰抜けが――ッ!!」


 俺は軽く横にステップして剣戟を回避し、そのまま振り回される名剣を次々と躱していく。


(あの父さんの動きに余裕を持って対処できるなんて、どうなってるんだよ)


 グラディウスの血を直系で受け継いでいた母さんを除けば、ルインさんと出会うまでの俺にとって最強のイメージは目の前に居るこの人だった。早くに隔離されたから当然なのかもしれないが、冒険者としても剣士としても、この人が理想形なんだと刷り込みの様に思い込んでいた。


「きえええええぃぃぃ!!!!!!」


 上段から振り下ろされる剣。


「ふっ――!」


 俺は迎撃の為に柄を右手で持って大鎌を突き出し、互いの得物を激突させた。


「ぐっ――!? 何ィィッ!?!?」


 振り下ろされる名剣を武器の重量差を利用して “処刑鎌デスサイズ”の刀身の外側で突き飛ばせば、上体を仰け反らせた父さんの胴はガラ空き――。


 両手万歳の体勢で驚愕の表情を浮かべており、見事なまでに隙だらけだ。


「吹き飛べ――アホ親父――!!」

「ぐぼぁっ――ッ!?!?」


 大鎌を引き戻しながら、刀身側に柄を短く持ち変えて、その土手っ腹に石突での打突を叩き込めば、身体をくの字に折り曲げながら吹き飛んで行く


「がっ、はぁ――ぁッ!?」


 腹部に打突を受けた父さんは、客間の壁に背中を叩きつけて苦しげな声を上げており、手から零れ落ちた名剣は足元に転がっていた。


「十六年分の反抗期だ。悪く思ってくれるなよ」


 ルインさんの自由を守る為なら、この親父を殴り飛ばす事に躊躇ためらいなんてない。追撃しないのと、刃の無い側で殴り飛ばしたのは、せめてもの慈悲だ。

 まあ、こんな親父の命を背負いたくもないってのもあるけどな。


「お、おのれぇぇ……ぇっ!!!!」

「決着はついた。俺達を行かせてくれ」

「ふ、ふざけるなァ!!」


 そんな事を考える俺の目の前で、激昂した父さんは剣を杖代わりにして立ち上がろうとしている。あれほど厳格で恐怖の象徴だったはずの父さんが、生まれたての小鹿のように膝を震わせているのを見ると、何とも言えない虚無感に襲われる。


「初見の武器で不意を突いたとはいえ、俺が刃で攻撃していれば父さんの命はなかった」

「ぐ……っ!」

「そっちが干渉してこないのなら、こっちからどうこうするつもりはない。もう終わりにしよう」


 昔の俺にとっての憧れや畏敬は、こんなものだったんだと改めて思い知らされたからだ。


「私はグラディウス家の当主だぞ! 歴戦の冒険者である私が、こんな無能に見下ろされるなど許されるものかァァ!!!!」


 俺の視線が憐憫れんびん交じりなのに気づいたのか、再び父さんが激昂する。


「俺は何日か前に成人の儀を終えたばかりのGランクなんだから、冒険者としての技量や経験値は父さんの方が圧倒的に上だ。それは間違いないと思う。でも、経験と実績だけが戦闘力に直結するわけじゃない」

「そんなはずがあるかァ!!!! 冒険者ランクGとAでこんな結果になるはずがない!! 何かの間違いだ!!」


 確かに俺と父さんを比較すれば、後者の方が優秀な冒険者だ。魔法だって、知識だって到底敵わない。


 だけど――。


「冒険者ランクは、規定条件をクリアしたパーティー全員が取得出来る。極端な話、強いパーティーに入れさえすれば、誰でも高ランク冒険者になれるはずだ」


 俺が口にしたのは、かつてルインさんから説明された“冒険者の強さ”について。

 冒険者は最大五人一組の編成でダンジョンを探索するのが基本であり、冒険者ランクもパーティ単位で受け取る。更に一度ライセンスを受け取ってしまえば、もしパーティーを解散したとしても、その冒険者ランクに変更はない。

 有り体に言ってしまえば、冒険者ランクAは、その規定条件を満たした証明でしかないわけだ。

 この事から同じランクAでも、凄腕パーティーのエースとギリギリクリアした組の補欠要員であれば実力差は天地だし、一口に同ランクと言っても実際の能力はピンキリだと想像がつく。


「な――ッ!? 私がリーダーだったんだ! 断じて、寄生などしていない!」

「別にそこまでは言ってない。でも、冒険者ランクは強さの指標・・であって、必ずしも戦闘力・・・と繋がってないって事だよ。特に単体・・の戦闘力に関してはな」


 つまり、父さんは一人でAランクダンジョンのモンスター相手に無双が出来るわけでもないし、あの・・マンティコアを一人で打倒した俺も普通のGランクじゃない。その辺りを足し引きすれば、この結果もそれほど驚くものじゃないんだろう。

 ルインさんが俺に相手を譲ってくれた辺りが、それを指し示している。


 そして、俺は怒り狂う父さんとは対照的に精神的に落ち着いているだけじゃなく、さっきの一撃で身体的のアドバンテージも奪った。

 最早、勝敗は火を見るよりも明らかだ。


「父さんとグラディウスを愚弄するなんて……」

「アーク君!?」

「ふじゃけるなぁぁぁ!!!!!!」


 そんな時、冷静な俺が激昂する父さんを見下ろすという情景に耐え切れなくなったのか、背後からキレ散らかしたガルフが斬りかかって来る。


「“ブレイブスラッシュ”――!」

「魔法!? それに奇襲で声を上げる奴があるかよ――!」


 俺は乱入者を止めようとしてくれたルインさんをアイコンタクトで制すると、柄を持っている腕を後ろに引き――。


「おぉぶぅ、っ――ッ!?!?」


 突っ込んでくるガルフの腹部にノールックで石突を叩き込んだ。

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