第34話 交渉決裂
「貴様、何を言っている!? 当主の命令に背くなぞ、許されるわけがないだろう!? まさか、その小娘に
父さんも俺の方から反発されるとは思っていなかったのか、呆気に取られた表情を浮かべていたが、その直後に激昂した。
「彼女は命の恩人です。そんな
以前までなら、気圧されていた所だろう。でも今は、母さんの前で立てた誓いを胸に空回りしていた
ルインさんへの恩。
振り切ったリリアとの思い出。
俺が誓いを果たすために得られたもの。その為に切り捨てたもの。どちらもかけがえのないものだ。
それだけの想いを経て漸く歩き出せたというのに、こんな所でガルフのパーティーに入るなんてことになったら、それこそ全て水の泡。
「貴方たちのような人間と家族関係であることや、今日のことで彼女に見限られたのなら、それは仕方のないことです。でも、彼女が許してくれるというのなら、俺は共に在りたいと思っています」
だからこそ、今までの様に旅を続けたい。それは嘘偽りのない俺の本心だった。
「お前は僕の言う事を聞く義務があるはずだ! そんな勝手が許されると思っているのか!?」
「そもそも俺をパーティーから追い出したのも、家に帰ってこれないようにしたのもそっちのはずだ。血が繋がっているだけの他人の言う通りに動くなんて真っ平だし、排除したはずの俺の力が今更必要になるなんておかしな話だろう?」
家に居た頃は育てて貰ったというか、心身への虐待と冷遇される中でこっちが勝手に育ったような最低な生活だった。その上、ガルフたちや父さんからは、家族としても人としても排除されかけた。
そんな積み重ねがあるんだから、はっきり言って目の前の連中を家族とも思いたくはない。ましてや、命令された通りに動こうだなんていう感情が、欠片も湧いてこないのが正直な所だ。
「うるさい! 状況が変わったから、お前を使ってやると言ってるんだ!! さっさと僕のパーティーに戻って来て、言う通りに働けよ!!」
激昂したガルフが目の前の机を殴りつける。顔を真っ赤にしながら頭ごなしに怒鳴りつけて来る辺り、これまでの事に対する罪悪感や謝罪の気持ちは欠片も無いのだという事を思い知らされ、俺の意志はより強まっていく。
「――悪いが、断る」
「何ィ――ッ!?!?」
そんな状況で何を言われようが、首を縦に振るはずもない。ましてや、相手がコイツらであるんだから尚更だ。
「自分達が俺をどういう風に扱って来たかを考えれば、今更戻って来いだなんて言うのが、もう遅いって事は分かるはずだ。しかも、今はそんな俺を拾ってくれた人と新たにパーティーを組んでいる。お前達の為にその相手を裏切るなんて、人としても冒険者としてもあり得ない」
俺は胸に込み上げる憤りとやるせなさを視線に込め、眼前の二人を睨み付けながら言い放った。
「今後は望み通り、この家の敷居を跨ぐこともないでしょうし、俺の存在はなかったものと思っていただいて構いません。では、失礼します」
もうグラディウス家に飼殺されるつもりはない。そういう強い意志を込めた視線で二人を射抜き、伝えるべきことは伝えたとばかりに席から立ち上がる。
「……」
隣のルインさんも同様に席を立った。
交渉は、完膚なきまでに決裂した。それぞれが完全に別の目的を持っているんだから、仮に一緒になったとしても足並みは揃っていなかっただろうし、そもそも交渉にすらなっていなかったと言えばそれまでだが――。
「――許さん。貴様ら、許さんぞッ!!!!」
「ッ――!?」
グラディウス家を去るために部屋から出ようとした俺達の目の前で、来客用の机が両断された。それを受けて、一瞬で思考が戦闘モードへと切り替わる。
「貴様ら風情が、高貴なグラディウスの名を足蹴にするなどあっていいはずがない!!」
警戒を厳に視線を向ければ、装飾華美な剣を振り下ろした父さんの姿がある。
「当然こちらの要求は呑んでもらう。それまで屋敷を出る事は、当主たるこの私が許さん!!」
そんな父さんは、人間扱いすらしていなかった俺にまで
「何のつもりだ――?」
「
「ちっ――ッ!?」
振り下ろされる剣を待機状態の“
「冒険者ランクAの私と“剣聖”のガルフに
鍔迫り合う柄と刃が火花を散らす。
地震雷火事親父とは言うが、流石の俺も真剣を持った父親に追い回される日が来るとは夢にも思っていなかった。咄嗟に反応できたのは、これまでの経験の
「そっちの女もこの阿呆の矯正が終わったら、グラディウスを足蹴にした罰をたっぷりと与えてやるから覚悟しておけ!!」
攻撃を止められて一端、飛び退いた父さんの視線が俺の背後に居るルインさんを射抜いた。
「ルインさんは関係ない。刃を向けるのなら、俺だけにしろ」
「何もできない無能風情が、口だけは立派になったものだ! 剣も握れぬ欠陥品が!!」
自分の要求を押し通すために喚き散らす父さんを前にして、“
たとえ相手が家族であろうとも、斬り捨てるだけだ。
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