第33話 怒れる戦乙女

「今……何と……」

「ですから、お断りさせていただきます」


 茫然と呟くガルフに対して、ルインさんはニコニコと満面の笑みを浮かべている。


(これって、もしかして……)


 だけど、目は欠片も笑っていない。確実に笑顔でブチ切れている。


「ど、どこか待遇に不満な点でもありましたかな? かなり良い条件かと思うのですが?」


 父さんもそんな彼女に呆気に取られているようだった。


 王都の高官はどうだか知らないが、この辺りに限定するのなら、グラディウスの名を出せば大抵の事は押し通せる。周囲から見ればそうでもないとはいえ、本人的にも譲歩した内容で交渉したにもかかわらず、要求を突っぱねられたことが信じられないんだろう。


「一言でいえば、貴方達が信用できないからです」

「信用? 私達は由緒正しいグラディウス家の人間ですよ。何を疑うことがある?」


 徐々に父さんの言葉尻に怒気が混ざり始めるが、ルインさんはどこ吹く風――。


「どこの家でも関係ありませんよ。貴方達がアーク君をどんな風に扱って来たかについては、既に聞き及んでいます。勿論、片方の意見しか聞いていない部外者の私が、この家の問題に対してどうこう言うつもりはありません。でも、それだけ二面性がはっきりしている以上、どれだけ優遇してもらっても背中を預けたくないというのが本音です」


 瑞々しい唇から発せられるのは、切れ味の鋭い言葉。完全な拒絶。普段のルインさんからは想像もつかない冷ややかな声音だった。


「そ、そんな事で――!? こいつはほまれ高きグラディウスに相応しくない無能だったから――!!」


 自分達よりも俺の方が優先されたのが余程気に食わなかったのか、ガルフは顔を真っ赤にして怒り狂っている。さっきまでの紳士面はどこに行ったのやら――。


「そんな事――ね……。なんにせよ、アーク君は私が直接・・鍛えたわけではありません。今戦えるのは、彼自身の力です。私自身、特に指導経験があるというわけではないのでお役に立てるかもわかりませんし、パーティーはアーク君と二人で十分だと考えています。これ以上、この件について話すのは不毛だと思いますが?」


 感情論を排除し、事実だけを淡々と述べる正論ど真ん中。


 交渉決裂。正しくそういう事なんだろう。


「ぐ……っ!」


 毅然きぜんとした態度で言い放つルインさんに誰も反論出来ない辺りが、それを如実に表していた。


(鬼の形相って奴だな。特に父さんなんて、母さんに言い負かされた時と同じ顔してるし……)


 能力も高いし外面も良い二人だけど、その内面は悪い意味で高いプライドと自己中心的な面が目立つ。

 自分自身にもグラディウスの名にも絶対の自信があったのに、年端もいかない小娘に一蹴いっしゅうされた――というか、相手にもされていないんだから、二人にとってはより屈辱的なんだろう。


 端から見れば、中々情けない光景だった。


「お返事としては以上です。ご用件がないのでしたら、私達・・はもう失礼させていただきたいのですが?」


 尤も、涼しい顔をしているルインさんには、何の効力もないわけだが――。


「私、達……一体誰の事を言っているんだ? まさかソレの事か? 悪いが、その恥知らずにはようやく使い道が出来た。部外者・・・風情に処遇を決める権利などない」


 父さんは突破口を見つけたとばかりに、俺を指差しながら嘲笑うような笑みを浮かべた。


「ええ、私には彼の行く道を決める権利なんてありません。ですが、それは貴方達も同じです。アーク君は物じゃない。彼の道は彼が決める……当然の事です」

「はっ! 戯言を! これまで散々手を焼かされたのだから、私達の役に立ってもらわなければ困る」


 実際は難癖をつけただけだが、とてつもない暴論だった。


「彼の意志を無視するんですか?」

「グラディウスの繁栄の為には、些末なことだ。そんなものは犠牲でも何でもない。今まで散々無能を晒して来たんだ、ソレも漸く家族孝行が出来て本望だろう?」


 父さんの暴論。


「それに何も出来なかった無能が、“剣聖”のガルフが頂点に昇りつめる英雄譚の一ページを担えるんだ。寧ろ、感謝して欲しいくらいだな」

「そうだ! 最強の座はこの僕が手に入れる! 僕は、“剣聖”……選ばれた人間なんだからな! 盾役か陽動要員かは決めてないが、散々扱き使ってやるから覚悟しておけよ!」


 どこか誇らしげなガルフ。


 俺の目の前には、野心に狂った親子の姿が広がっている。


「貴方達は……!」


 ルインさんの全身から抑えきれなくなったであろう怒気が漏れ始める。一触即発――まさにそんな状況だった。


「……」


 対する俺の心には、波紋の一つも起こらない。自分でも怖いくらいだ。


 まあ、理由は色々あるだろうが、一番は俺なんかの為にルインさんが憤ってくれているからなんだろう。

 その事へのこそばゆさと、ほんの少しばかりの嬉しさ、前の二人と自分に対する情けなさが入り混じったような複雑な思いであり、素直に怒りという感情を表す気にはならかった。


「いくら無能だろうが、ソレが我が家の人間であることには変わりない。どんな事情があるにせよ、貴様とはたもとを分かつことになるのは確定された事――。さあ、最後通告だ。ガルフの傘下に加わるというのなら、先ほどの条件のままでも構わないが?」


 父さんから告げられたのは、あくまで自分の意思を変えないという事。台詞こそ取り立てて威圧的というわけではないが、その口調は完全な命令形。断ればグラディウスの力を使って何かするつもりであろう事が、ありありと伝わってくる。


「――盛り上がってる所悪いですけど、俺はガルフのパーティーに戻るつもりはありませんよ」


 そんな時、静観を貫いていた俺は、これまでの流れをぶった切るように自分の意思を言葉で紡いだ。

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