第32話 爆弾発言

 グラディウス家本邸――。


 数年ぶりに通された客間には、重苦しい雰囲気が立ち込めている。


「――今更、何の用なんですか?」


 俺は目の前で高級そうなソファーに腰かけている父さんに対して、この一件について疑問を投げかける。


「もう家には戻れないと聞いていたんですけど?」


 曲がりなりにも顔を合わせていたガルフと違い、実の親子であるのにも拘わらずこうして向かい合うのは九年ぶりだ。突然の遭遇を受けて、今も俺の声は強張っている。


 そんな俺の隣には、困惑気なルインさん。父さんの隣には、怪我の影響か顔色の良くないガルフ。二対二で向かい合う形を取っている。


「聞いたところによれば、お前は職業ジョブを得たそうだな」

(こっちの疑問に答える気無しかよ……)


 俺に対する高圧的というか、威圧的な口調は、以前にも増して凄まじいものになっている。無職ノージョブじゃなくなったのに、この扱いって事は、余程嫌われてるんだろうな。


「なら、話は早い――。お前はこのままガルフの傘下に入って行動を共にしろ」

「はい……?」


 そんな事を考えていると、突如飛び出す爆弾発言。


「一人は脱走。もう一人は、両足のリハビリに年単位の時間がかかってしまって使い物にならん。腐ってもグラディウスの血が流れているだけあって、お前はそれなりに動けるようだしな」


 何の脈絡もない話題転換に思わず茫然としてしまう。


 戻ってきた俺の事に関しては、街の連中に聞いたんだろうからそれほど驚いてはいない。でも、何年かぶりにまともに顔を合わせたかと思えば、いきなりあの・・ガルフのパーティーに入って指示を聞けと言われたんだから、空いた口が塞がらないのは当然だろう。


「ダンジョンから脱出し損ねるという、グラディウスの風上にも置けない不慮の事故・・・・・で離脱していたようだが、お前にとっては元鞘だ。何も問題はない」

(勝手に断定しやがった。問題しかないんだが!?)


 九年の時を経て無駄に進化した言葉の火の玉ストレート。それも死球狙いとあって、あまりにも悪質だ。初めから言葉の受け答えをする気などないんだろう。ここまでのレベルになると怒りよりも、清々しさの方が先行してしまう。


(駄目だ……会話にならない……)


 ポカンとした顔で黙ってしまうが、父さんはそれを肯定を受け取った――というより、最初から肯定させるつもりだったのか、俺の事など見向きもせずに隣に座るルインさんに視線を向ける。


「さて、そちらのお嬢さん。こちらとしては、貴女にも提案があるのですが……」


 父さんは、俺に向けて来たゴミを見るような目つきとは打って変わって、年齢よりも若々しい端正な笑みを浮かべると、ルインさんに声をかけた。


「――何でしょうか?」

「――っ?」


 だが、友好的な様子の父さんに返されたのは、冷たい声。


 それに気づいた俺が隣へ目線を移せば、ルインさんの顔に張り付けられていたのは、こちらが底冷えしてしまう程の無表情。その紅瞳は、戦闘時よりも研ぎ澄まされていた。


「単刀直入に言えば、貴女にも我が家の跡継ぎでもあり、稀代の稀少職業レアジョブ――“剣聖”を持つ、このガルフと共に戦っていただこうかと思いまして……。貴女は、面妖な武器を使ってモンスターの大軍と大立ち回りを演じたそうで、是非ともその力を借りたいと思ったものですからな」

「それはいい考えですね!」

(何を言ってんだこの親子は……)


 だが父さんたちは、そんなルインさんの様子に気が付くこともなく意気投合して盛り上っていた。いくら人の上に立つ立場とはいえ、目の前の人間の顔すら見れないのかと思わず頭を抱えてしまいそうになる。


「実は僕も彼女と共に歩もうと誘いをかけていた所でして……」

(あー、そんな事言ってたな。完全に忘れてたけど……! しかし、学園教師の家庭訪問ってやつは、こんな気分なのか!? 一家の醜態をルインさんに見られるとは、不覚だ……!)


 しかも、この馬鹿二人が自分と血を分けた家族なのだと思うと、恥ずかしさと情けなさで狂い悶えそうだ。


「ならば話は早いな。貴方にとっても悪い条件ではないでしょうし、私としては貴女の能力を高く評価して願い出ているのですよ」


 目の前のやり取りにメンタルが限界になりつつあったが、父さんの思いがけない台詞に正気に戻される。


「特に愚息を一線級にまで鍛え上げた手腕は、目を見張るものがある。愚図で無能なソレ・・ですら、前線で通用するほどに鍛え上げられるのだとすれば――“剣聖”という才能の塊であるもう一人の息子はどれほど強くなるのか……。貴女としても楽しみではありませんかな?」


 父さんが本気・・で人を褒めている所なんて、片手で数えるほどしか見た事がない。物心ついていなかった頃はどうだかわからないが、少なくとも俺はそんな言葉をかけられたことはなかった。


「それに、このガルフは“剣聖”。もう一人の“聖盾”という二人の稀少職業持ちレアジョブホルダー。貴女と愚息は、特異な武器を扱うことが出来る。何と素晴らしいパーティーでなのしょうな。勿論、無料ただでとは言いません。それ相応の手当ても出すつもりです」


 だが、信じられないようなものを見るかのような俺なんて、視界にも入っていないんだろう。父さんは鼻息荒くし立てている。


「優良依頼の斡旋あっせんや各種装備の手配を始めとして、冒険者としての手厚いサポートを無償で請け負うことを約束しよう。貴女は一介の冒険者で終わる器ではない。その力は、ガルフにこそ相応しいものです。是非、公私共に支えってやってください。よろしいですね?」


 父さんは、自信に満ち溢れた顔で笑う。


「流石は父上です。戦場を舞う金色の戦乙女ワルキューレたる貴女が、僕の傘下に加わって下さるのなら百人力です! 是非、手取り足取りご教授願いたい。ようこそ、我がパーティーへ!」


 ガルフは、鼻の穴を大きくしながらながら、歓迎すると言わんばかりに手を広げている。


 そして、ルインさんは二人に向けて満面の笑みを浮かべ――。


「生理的に嫌です」


 空気が、凍った。

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