第31話 忌むべき象徴

 旅支度を済ませた俺達は、日の当たる宿の前に立つ。


「誰にも言わないまま旅立つだなんて、本当に良かったの? お家に帰るんなら、別に待ってて上げるのに」


 隣のルインさんが怪訝そうな表情で問いかけて来る。その疑問が目覚めた次の早朝にも拘らず、休むことなく出発を願い出た俺に対してのものであることは言うまでもない。


「あそこに俺の帰る場所はないみたいですし、もういいんですよ」


 遺恨は残っているが、父さんやガルフと話すのはいずれこの地に戻って来た時でいい。今更も今更だけど、こんな個人的な事情にルインさんを付き合わせるのは忍びないし、今の俺はGランク冒険者だ。まともに取り合ってすらくれないだろう。


「それに……ちゃんと別れの挨拶はしてきましたから――」


 今は、あんな連中に囚われている場合じゃない。前に進むと決めたのだから――。


「ふーん。真夜中のお散歩はそんなに楽しかったのかな?」

「え……っと?」


 決意を新たにした俺の隣で、形の良い眉が吊り上がった。


「あれだけ無茶して戦った後なのに休みもしないで、夜更けにコソコソと……。一体何をしてたのかなぁ?」


 まさか、全部バレてるのか……と、内心動揺する俺になどお構いなしで、ルインさんの整ったお顔が接近戦を仕掛けて来る。


「私のとこには一言もないのにさ」

「じ、時間も時間でしたので……」


 別にやましいことは一つもない。間違いなく正しい選択をしたはずなのだが、有無を言わせないルインさんの覇気を前にすると、どうにも言いよどんでしまう。


「でも、他の女の子と会ってたんだよね?」


 俺に迫るプクーっとした膨れっ面は、普段の美人でクールな感じとのギャップで凄まじい破壊力だが、言葉の節々から感じられる特大の棘で全て台無しだった。


「それは……」


 とにかく、こんな風になったルインさんへの対処法は俺の理解の外。完全にお手上げだ。


「でも……強いになった」

「え……?」

「何か、吹っ切れた感じがする」


 そんな俺を尻目に、さっきまでとは打って変わって優しい声音が紡がれる。眼前のルインさんに目を向ければ、どこか嬉しそうであるというか、拗ねているというか、何と表現していいか分からない複雑そうな表情を浮かべていた。


「そんなに良い顔をしてるんだから、昨日のあの子に会ったのはアーク君にとって必要な事だった。なら、今回は私から言う事はありません。半年前みたいに自棄って感じでもないしね」


 思わず息を飲む俺だったが、当のルインさんは何やら一人で納得している。

 それは多分、リリアとの決着をつけた事による心境の変化が、俺自身の雰囲気や表情に良い形で出ているって事なんだろう。前から俺の事を知っているルインさんからでもそう見えているんなら、少しは前に進めてるって事なんだろう。


「じゃあ、行こっか?」

「はい」


 これまでの思い出も背負って、俺達は次なる冒険へと足を踏み出す――はずだった。


「ん……? 何かこっちに向かって来るよ」


 俺達の進行方向から近づいてくる影。

 それは、どんどん大きさを増して鮮明になっていく。


「あれは……グラディウス家の!?」


 優麗な白馬が引く装飾華美な車。

 剣を冠した紋章。


 俺にとってもよく知る――いや、知りすぎている馬車だった。


「それも……当主専用車!?」

「え……それって?」


 あの専用車両に乗っている人間への心当たりは、たった一人しかない。


「まさか、あっちからお出ましとは……。向こうから勘当しておいて、何を……」


 全てを割り切って進もうとしていた俺を逃さないとばかりに迫って来るのは、忌むべき過去の象徴――。


「久しいな。アーク」

「父、さん……」


 馬車は俺達の前で止まる。その中からは現グラディウス家当主にして、俺とガルフの父親――グレイ・グラディウスが尊大な態度で姿を現した。

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