第29話 過去になった日々
「“剣”を司るグラディウス家、“盾”を司るフォリア家。両方とも国に伝わる名家だけど、拠点が近くにありながら二つの勢力が交わることはなかった」
俺達の家は、神話の時代に“帝都アヴァルディア”に攻めて来た魔王の軍勢との戦いで活躍し、地位を与えられたとされている。その時に使っていたのが、それぞれの家に伝わる武器だった。
そして、両家は偶然か意図的にかは定かじゃないが、そこそこ近郊に本家を構えている。
「俺とリリアの屋敷を抜け出たタイミングが重なって、偶然出会うまではな……」
だが、距離が近いにも拘らず、互いの関係はそれほど良いものじゃなかった。
一般人が名家に対して羨望を抱くように、名家は同じ間柄の家に対して強い対抗心を持っている。もしも相手方に品格が上回られることになれば、自分の家の地位と名誉、権力や歴史が傷つく事に直結するからだ。
しかも、明らかに規模や歴史が違うのならともかく、同等クラスの家に対してはそれが顕著に表れるんだろう。グラディウスとフォリア――同じ時期に頭角を現した両家は、ある種のライバル関係にあった。
「実際、俺達が親しくならなければ、未だにいがみ合っていたはずだ」
そんな在り方が当然となっていた時、幼い両家の跡取りが街で遭遇し、何度も屋敷を抜け出しながら出会いを重ねるうちに親しくなった。最初の数回はともかく、そんな事を繰り返していて、家の者が不審に思わないはずがない。
俺達の秘密の外出が露見するのに、それほど時間はかからなかった。
「結果、俺達の縁談が組まれた」
「うん。聞いた時はちょっとびっくりしたかな」
そして、それが発覚した直後――俺とリリアはいつの間にか許嫁という間柄になっていた。
当時はよく分かっていなかったが、今ならこの婚姻が相手の家の
グラディウスとフォリアの混血ともなれば、優秀な資質を持つ子供が生まれるだろうという期待も込めて――。
「でも……私はそれを嫌だとは思わなかった」
「そう……だな」
だが、長男長女である俺達は、親の前で良い顔をしてお勉強って
反目し合う親たちの画策とは裏腹に、俺とリリアの関係性は良い意味で深まっていった。
「あの頃が、一番楽しかったのかもな」
家族がいて、リリアがいて、毎日が楽しかった。
輝かしい未来が待っているはずだった。
そんな思い出の日々――。
俺が壊してしまった失われた日々――。
「そうだね。本当に楽しかった」
どこか遠い所を見つめながらリリアが呟く。
「もしも、
「アーク……」
「俺が“剣聖”に見劣りしない位の
片や普通の
「弟に婚約者と跡継ぎの座を取られた兄って事になれば、扱われ方は今とそんなに変わってなかったさ。まあ
結局、俺が“聖盾”クラスの
「直接詳しいことを話したわけじゃないけど、そっちのお父さんたちがアークにした事だって……」
「確かに俺への扱いは、人間としても親として許されるものじゃないし、多分一生忘れる事はないと思う」
人間的な欠陥を抱えていると通告され、実の父から見放された。弟や友人たちから見下されるようになり、リリアを含めて周囲から誰も居なくなった。
その事が家族崩壊、ひいては母の死の原因を作ってしまった。
しかも、弟たちに殺されかけて命からがら故郷の近くに戻って来てみれば、いつの間にか父に勘当されて帰る家もなくなっていた。
正直、理不尽に塗れた
「でも、
自分の子供だから平等に接しろとなんていうのは所詮、他人から見た綺麗事だ。
言う事のきかない
尤も、それを見たガルフたちが面白半分で越えてはいけない一線を踏み越えたのは、父さんにとって想定通りだったのか、誤算だったのかは今の俺には預かりしれないが――。
「でも、九年間も家に閉じ込めるなんて……」
「父さんは婿養子だから、グラディウスの名前に思う所があるんだろう。母さんとだって、俺達の見ていないところで確執があったのかもしれない。それに……家の品位と名誉は、自分の子供の命よりも重かった……それだけさ」
ましてや、数千年続いて来た……父さんにとっては、ようやく手に入れたであろうグラディウス家や自分の名誉がかかっていたんだから尚更だ。
勿論、あれだけの事をされて父さんを庇う気は更々ない。でも、あの人と同じ立場になった時、俺とガルフにしたようにまで極端に格差はつけないだろうが、無能な長男をそれまで通りに扱うかと言われれば、正直な所自信はない。
誰かが笑えば、誰かが泣く。世界は犠牲ありきで回っている。
今回はそのしわ寄せが俺一人に全て回されたという事なんだろう。
「外面を気にしたのか最後の愛情だったのかは知らないけど、放り捨てられずに最低限は飼われていたわけだしな」
「アーク……」
吐き捨てるように呟いた俺の隣で、悲しげに呟くリリア。
確かに昔のこと思い出すと今でも苦しいし、やり切れなさは募る。でも、嘗ての出来事を、以前よりも
「だから、もうリリアも俺に囚われる必要はないし、それを気に病む必要もない。もう終わった……過去の出来事だ」
「で、でも……! 私はアークを見捨てたんだよ!?」
「リリアは他の連中に加担していなかった。それに俺のこと思い出すたびに苦悩していたんだろう? それで十分だ」
全く遺恨がないというわけじゃない。だが、それは俺が背負うモノであって、これ以上リリアに背負わせるモノじゃない。
「許すっていうの……こんな私を!?」
「どうにもならない状況だった。許すも許さないもないさ。もし助けられなかった事に納得が出来ないんなら、俺を思い出す度に胸に奔る苦悩や罪悪感が唯一、俺がリリアに与えてやれる罰なんだろう。いつか俺の事なんか忘れてしまう時までのな。それを与えてくれるのはガルフなのか、他の誰かなのかは分からないけど――」
今の俺に彼女を罰する気はない。仮に怒りの瞳を向けるのだとすれば、父さんやガルフ、街の住民達に対してだ。
「俺達は無力で無知な子供だった。いや、今もそうだ。世界の理に従って冒険者になって、親の言われるがままの自分を作ろうとしている。でも――」
皆が自分にとって都合が良くなるように行動した。きっと誰しもが咎人で、誰にも罪はない。
歪なのは、人の心そのモノ。
それとも、世界――。
「そんな世界の中でも、得たものがあった」
俺の手に確かに感じられる重み。
嘗て母さんの死に顔を照らした月の光で輝く――“虚無裂ク断罪ノ刃”。
全てを失った俺の中にちっぽけな誓いと共に在る。ただ一つの存在。
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