第27話 宿、目覚めて

 まぶたを開き、目を覚ます。


「これは……知ってる天井だな」


 まず視界に入ってきたのは、見覚えのある天井。ここはガルフたちに置き去りにされて助けられた時に泊まった宿と同じなんだから、見覚えがあって当然なんだけどな。


「何とか乗り切れたってとこか――。多少なりともマシになって来たのかな」


 ただ、今回は何もできずにルインさんに助けられて運び込まれた前回と違って、確かな手応えを感じていた。


「一体、今はいつの何時なんだ? 時間の感覚がぐちゃぐちゃだ」


 気分は満身創痍で夕暮れの宿に辿り着いた俺は限界まで疲れ切っており、泥に沈むように眠りについたはずだ。でも外を見ればまだ薄暗く、あれから数時間しか経っていないようにも見受けられる。俺の体力の回復具合を考えれば、どうも辻褄つじつまが合わない。


「まさか、丸一日以上も寝てたのか!?」


 つまり、先日の夕暮れ時に寝落ちして、最低でも次の日の夜まで爆睡を決め込んでいたという可能性が高いという事だ。ギョッとする俺は思わず体を起こした。


「ルインさんは……って、もうこんな時間だしな」


 どちらにせよルインさんに一言伝えるべきだろうが、この戦いで最も負担が大きかったのは彼女だ。表立って口に出すことはなかったけど、ルインさんだって相当疲れていたはずだろう。


 それに、こんな真夜中に女性の部屋を訪ねるのは少々拙い。流石の俺もそれくらいは理解している。


「とにかく、外出るか」


 とはいえ、このままじゃ手持ち無沙汰ちぶただし、今がどういう状態なのかも知りたい。固まった身体を動かしたいってのもあるしな。


 俺はそうして寝台を後にした。


「――い、っ!? ちょっと無茶しすぎたか」


 宿屋から出た俺は、これまでとは比較にならない負荷がかかった影響からか、全身に走る痛みに呻きながら外を歩いている。少々肌寒いが、戦闘中は魔力の制御と思考の切り替えで頭が焼き切れそうだったのを思えば、頭を冷やす良い薬だろう。眠気覚ましにもちょうどいい。


 それ以上に、少し一人になりたかったっていうのもあるが――。


 そんな時、感傷に浸りながら歩いていた俺の目の前に意外な人物が姿を見せた。


「あ、アーク!?」

「……リリア?」


 突然の遭遇に、俺達は互いに目を見開いて固まる。俺は勿論、リリアの様子を見る限り、偶然の遭遇であったようだ。


 どこか気まずい雰囲気が場を包む――。


「だ、大丈夫なの? その、怪我とか……」

「ああ、怪我っていう怪我はしてないよ。無茶の反動で全身痛いけど、すぐ良くなるさ」


 でも不安そうな顔でワタワタとしているリリアの様子を目にすると、軽く毒気が抜けてしまう。


「そっか、よかった……」

「そっちこそ、他の連中はどうしたんだよ」

「ガスパーは行方不明。怪我の具合が一番酷いゲリオは、両脚の骨が砕けちゃったから医療施設に缶詰め。ガルフも肋骨が折れてるから同じ施設で治療を受けてる。だから、私一人なんだ」


 リリアの口から出たガルフたちの現状は概ね想像通りだったから、聞いてもそれほど驚きはしない。連中にされたことを思えば、少々不謹慎だが全く可哀想という感情は湧いてこなかった。

 ただ、脱走後のガスパーがこのパーティーに戻ってきていない事は、少しばかり予想外だったが――。


「そうか……。それにしても、こんな時間に一人で何してるんだよ」

「特に理由はないんだけど敢えて言うんなら、ちょっと考え事がしたかったというか、風に当たりたかったというか――」


 戦闘という極限の状況の中で顔を合わせていたからか、リリアを前にしても思ったより落ち着いて話せている事に俺自身も驚いている。


「アークこそ、どうしたの?」

「俺も似たような感じだな。ちょっと頭を冷やしたかったんだ」


 それにあれだけの戦闘の後だ。俺と同じように、リリアにも思う所があるんだろう。


「その……ちょっと話さない? 勿論、時間があるならでいいんだけど……」


 そんな事を考えていると、リリアから強い視線が飛んで来る。

 揺れてこそいるが、真剣な眼差し。


 自信なさげで我の弱いリリアしか知らない俺にとって、それは未知のモノ。


「――分かった」


 それを向けられた俺は自然に返事をしていた。


 俺と彼女の縁は、当の昔に断ち切られている。全く思う所がないわけじゃないけど、今更蒸し返す必要もないのかもしれない。


 だが、俺は彼女と相対する事を選んだ。


 リリアの胸の内を知っておきたかったから――。

 今なら、忌まわしい過去に向き合うことが出来ると思ったから――。


 こうして俺達は、実に九年ぶりに本当の意味で顔を合わせる事となった。

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