第26話 死神覚醒

「■――■■――!? ■■――■■■■――!?!?」


 マンティコアは獲物からの猛反撃に加えて、俺の剣戟に対処できなくなった為、目を白黒させている。


「この半年間、特異な形状をした“処刑鎌デスサイズ”を本当の意味で扱う為の方法をずっと模索していた」


 職業ジョブを手にして以降、この武器を使って戦ってきたわけだが、常に疑問に思っていた事がある。


 俺は本当の意味で、“処刑鎌デスサイズ”を使いこなせているのかという事だ。


特異職業ユニークジョブは、他と違って基本となる型が存在しない。武器の扱いも魔法も、全て我流で会得しないといけないわけだ。確かに職業ジョブ適性はあるから戦えはしたし、俺自身も武器に使われないように努力はしてきた。でも――」


 術者の俺としても、新人なりにダンジョンで成果を出せた事から自分の武器をそれなりに扱えているという自負はある。でも、あくまでそれなりに形になったというだけで、俺の戦いにはグラディウスの剣技やルインさんの偃月刀捌きの様な凄みが無いと常々感じていた。


「経験云々じゃない。もっと根本的な何かが足りない」


 現に、俺の戦いはマンティコアに通用しなかった。それ以上の相手に対しても同じなんだろう。つまり、ここが今の俺の戦い方の限界地点だという事だ。


「だけど、この戦いでそれに気づくことが出来た。俺は“処刑鎌デスサイズ”という武器の特性を理解しようとせずに、アレンジという形で今までの剣術に落とし込もうとしていた。それは違う武器を使って剣士の真似事をしてるだけ――」


 先端に備え付けられた片側にだけ突き出た大きな刀身。それでいて身の丈もある長い柄。

 剣でも槍でもない俺だけの武器。


「“処刑鎌デスサイズ”の特性を活かした戦い方をしなければ、本当の意味で使いこなしていることにならない」


 俺だけの武器――“処刑鎌デスサイズ”の特性を活かした戦いを、“処刑鎌デスサイズ”でなければ出来ない戦い方を見出す事。それが処刑者エクスキューショナーとしての最初の関門だったという事だ。


「汎用性は剣の方が上。リーチを確保するなら槍でいい。取り回しは徒手空拳の方がいいし、魔術師みたいに遠距離攻撃が出来るわけじゃない。特に汎用性の無さと小回りの利かなさは、悪い意味で突出してる」


 使い続ける中で分かったことは、この“処刑鎌デスサイズ”という武器自体、はっきり言って戦いに適した形状をしているとは言い難いものであるということだ。


 長物故に重量級に分類される取り回しの悪さ。

 更に、長柄の先端に片大刃という形状が過度な偏重心を生み出し、取り回しの劣悪さに拍車をかけている。


「――逆に言えば処刑鎌コイツの優れている所は、その融通の利かなさだという事。本体が重いって事は、上手く使えさえすれば他の武器よりも一撃の破壊力が増すはず――小回りが利かないって事は、一度の攻撃でそれだけの範囲を斬り裂ける」


 勿論、前にルインさんが言ってくれたように、俺のやり方が全てが間違っていたわけじゃないとは思っている。正直、プラスの面も相当大きかった。でも、今のままではこれから先も珍しい武器で、そこそこ戦えるというレベルの冒険者止まりなんだろう。


 それに、俺自身も生まれてからずっと身近にあったグラディウスの剣技というものに囚われ過ぎていた。


「俺に必要だったのは、“処刑鎌デスサイズ”を使って剣士を模倣する事じゃない。“処刑鎌デスサイズ”という武器を理解し、それを使いこなすための戦闘手法の一部として、今まで培った剣術を取り込む事だ」


 刀身の逆側からの魔力放出で加速した斬撃を奔らせ、マンティコアの右腕を落とす。更に、そのまま足を止めることなく懐に飛び込んで、太腿辺りから肩口までを一気に斬り上げた。


「同じ斬撃魔法でも、刀身を魔力で強化するだけなら扱いやすい剣や槍の方が勝手がいい。だから“処刑鎌デスサイズ”で同じことをするのなら、それらよりも威力が高くなければ意味がない。そして、その威力の高い魔法を敵に当てるのには、よりはやさが必要だ」


 咄嗟に刀身から放出させた俺自身が吹き飛んでしまう程の魔力の逆噴射。これを制御し、自らの意志で放出することが出来れば、攻撃速度も破壊力も格段に向上させることが出来る。

 出力制御まで自在になれば、戦闘の幅は今までの比じゃない程に広がるだろう。


「だからこそ、俺自身の魔力を推進力として喰わせて、そのどちらも高めればいい! これが俺が導き出した解答こたえだ!!」


 地面を蹴って跳躍し、仰け反るマンティコアの眼前に躍り出る。そのまま漆黒の魔力を纏った斬撃を放つと、鎧の様な身体を真一文字に斬り裂きながら一回転。

 周囲一帯を面で斬り払う“黒天円月斬”のモーションだが、これは今までと同じ斬撃魔法じゃない。


黒天大車輪こくてんだいしゃりん――ッ!!」


 刀身の逆側から魔力を放出し、それを推進力に空中・・で更なる大回転。魔力を纏った刃に最大まで遠心力を乗せ、マンティコアが正面に戻って来た所で二回転目の斬撃を叩き込んだ。


「■■――■■■!?!?」


 三閃、四閃と回転数を重ねて“処刑鎌デスサイズ”を振るって斬りつけるごとに、斬撃の破壊力が増していく。


 俺自身の腕力と体重移動。

 回転から発生する遠心力。

 魔力放出自体の推進力。


 その三重融合を果たした斬撃の破壊力は、腕力だけで繰り出していた“黒天円月斬”とは比較にならない。さっきまでは刃が通らなかった牙が覗く禍々しい顔を、筋骨隆々な拳をも斬り裂き、辺り一帯を鮮血の海へと変えていく。

 だが、突破口を見いだせた半面、新米冒険者が能力に見合わない火力を叩きだす為の代償は、容赦なく俺に襲い掛かって来る。


「――ッ! はああぁぁ――ッ!!!!」


 大車輪の反動で、両腕が、全身が千切れそうに感じるし、三半規管もどうにかなりそうだ。でも、今立ち止まればせっかく得た勝機をドブに投げ捨てるようなもの。


 壊れそうな身体も、狂いそうな感覚も、全身の魔力強化で叩き直して“処刑鎌デスサイズ”で斬り続ける。


 斬りつけたそばから再生を続ける化け物を殺し尽くすまで――。


「■■■■■――■■――!!!!!!」

「再生速度が速まった!?」


 そう思っていた俺の目の前で狂気が咆哮する。全霊の一撃を叩き込み続けているにも拘らず、このマンティコアはまだ戦える状態にあるという事だ。

 それを示す様に一瞬で再生した右腕が、空中の俺に差し向けられる。


「俺は――まだっ!」


 今度は鎌の刃側から魔力を放出して、マンティコアに向かって急加速。回避ではなく接近を選択し、迫る拳を潜り抜けると獅子の顔面を蹴り飛ばして真上に高く跳躍した。


 最後一撃を放つ為に――。


「行くぞ! これが今の俺の全てだ――!!」


 太陽を背にした俺は、血濡れの地面に半死半生といった状態で佇むマンティコアを見据え、残った全ての魔力を刀身に注ぎ込みながら降下した。刀身の逆側から推進力となる魔力が吹き出し、漆黒の奔流となって空を彩る。


黒天煌月斬こくてんこうげつぎり――ッ!!!!」


 “虚無裂ク断罪ノ刃”を全力で振り抜き、研ぎ澄まされた刃と落下の勢い、魔力加速の相乗効果によって破壊力を最大まで高めた斬撃を眼下の獅子へ叩き込む。


「ぐ――っ!」

「■――■■――!?」


 斬り抜けた先でふらつく俺と、拳を突き上げた態勢で真っ二つに両断されたマンティコア。どうやら再生限界を迎えたようで、狂気を振りまいていた化け物は程なくして完全に沈黙した。



「“青龍雷光斬せいりゅうらいこうざん”――!」


 一息ついたのも束の間、戦場に金色の爆轟が炸裂する。


「――っ!? やっぱり、属性魔法ってやつか……。しかし、あの出力――ルインさんは一体何者なんだか――」


 視線を移すと鮮血を払い落とす様に偃月刀を振るったルインさんの周囲には、おびただしい数のモンスターが息絶えているのが見て取れた。


「それに、明らかにモンスターの数増えてるしな」


 別の所に居たのが引き寄せられたのか、戦っていた連中が呼び寄せたのかは定かじゃないが、ルインさんの回りにはギガース、ライラプス以外のモンスターの死骸も数多くあり、当初の数どころの話じゃない――。


「アーク君、大丈夫!?」

「うおっ!?」


 流石に立っているのが限界だったから、膝をつきながら茫然とその光景に見入っていた俺の目の前に、いきなりルインさんの端正な顔が広がる。この人、ついさっきまで向こうにいた気がするんだが――。


 それに、いつものことながら近いし――。


「どこか痛いとこある?」

「俺は子供ですか……?」


 しかし当のルインさんは、瞳を揺らしながら俺の頬に白い手を当てて気遣ってくれていた。


「ちょっと無茶しましたけど、何とかなったみたいです。前回と違って、今回は必要だったんですし、ノーカンでいいですよね?」


 まあ、住民や冒険者たちに納得がいかない部分はあるけど、この戦いで得た物は決して小さくない。


 それに――。


「もう、バカ……」


 こんな俺にも心配してくれたり、苦労を分かち合えるヒトが居る。今はそれでいいだろう。まあ、心配させてる時点で、まだまだ半人前なんだろうけどな。



 五十を優に超えるモンスターからなる異例の居住地襲撃。


 マルドリア通り攻防戦は、住民、冒険者の共同戦線からは死者十名、怪我人多数。襲撃して来たモンスターは九割方全滅という結果で幕を閉じた。


 因みに俺に大した外傷はなかったが、魔力の補助で大鎌をぶん回した結果――全身筋肉痛で数日の間、地獄を見たのはここだけの話だ。

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