第21話 旅の成果

「……くそっ!」


 俺は得物を振り、ガスパーの周囲のライラプスを退かせていく。


「完全に囲まれてるな。先行し過ぎだろ!!」


 既に手遅れの連中を除けば、戦場の中心で敵に包囲されているガルフパーティーの状態は最悪だ。


「これだけ崩れた戦線を立て直すのは中々骨が折れそうだ。大人数で戦うのは、得意じゃないんだけど……なッ!」


 恐らく先頭で指揮を執っていたのがガルフだったのは間違いない。でも、後続が続けていないところを見る限り、上手く連携を取れずに戦線は瓦解。ガルフたちは最前衛に居たせいで離脱が遅れたってところだろう。


「おい、ガスパー!」

「う、ううぅぅっ……」


 周囲の敵を散らした俺は、何故か丸くなっているガスパーに内心で首を傾げながら疑問を投げかける。


「戦場のど真ん中で何をやってるんだ!?」

「あ、アーク!? こ、これは……」


 俺の存在に気付いたガスパーは、ビクッと体を震わせると体液やら土やらでぐちゃぐちゃになった顔で見上げて来た。凄まじい表情を前に、この状況じゃなきゃ思わず固まってしまっていたかもしれない。


「まあ、今は何でもいい。戦えるんなら他の冒険者たちと一緒に体勢を立て直せ! 戦う気がないなら、さっさと逃げろ!!」


 だが、今は非常事態。この場での選択は、剣を執るか、逃げ帰るかだけだ。


 中途半端にうろつかれるのは迷惑だと選択を促したが――。


「う、うわああああぁぁっ!!!!」


 ガスパーは一目散に走りだした。


「こうなるのは何となくわかってたけど、逃げ足だけは一流冒険者だな……」


 頭で考えるよりも早く本能に従ったんだろう。地面に転がっている自分の武器や他のパーティーメンバーには、脇目も振らない見事な逃走だった。


 その後ろ姿を見送った俺は、即座に次の行動に入る。


「理由はどうあれ、一応は街の人間を守ろうとしたわけだからな。流石に目の前で死なれちゃ、寝覚めが悪い!」


 戦場を駆けながら“処刑鎌デスサイズ”を収納、空いた手で大きめの石を拾って目の前のギガースの頭目掛けて投擲した。


「こっちだ! 単細胞!」


 景気良く獲物を屠ろうとしていた所に石礫いしつぶてが直撃し、ギガースは怒り狂う。狙い通りに標的ターゲットを転がっているゲリオから俺に変えて棍棒を振り下ろして来た。


 それを見た俺は地を蹴り飛ばして急加速。


「悪いが、お前は後回し! 今はッ!!」


 ギガースのフルスイングを回避して転がっているゲリオの首根っこを掴むと、次の目的地であるモンスターの集団に向かって放り投げた。


「恨むなら歩けない自分を恨め。助けてやるだけ感謝して欲しいくらいだしな」


 流石に人間を放り投げるのは心苦しいが、コイツにされたことを思えばは全くそうは思わない。それにルインさんに戦線を丸投げして、俺が・・コイツらの為に離脱するなんてありえない。


 俺をダンジョンで殺そうとした無駄マッチョコイツと、現在進行形で恩がある爆乳美女ルインさん。どっちを優先するかなんて、考えるまでもないしな。


「悪いが自分の尻は自分達で拭いてもらう」


 ゲリオの無駄にデカい身体は魔力で強化した投擲も相まってなかなかの速さで飛んで行き、それを見たライラプスの群れが左右に分かれる。


「進路クリアー。これで!!」


 俺は背後のギガースが地面を叩き割った棍棒を持ち上げるよりも早くゲリオの身体で分かれた道を駆けると、武装を再展開。周囲のモンスターに向かって魔力を纏わせた“処刑鎌デスサイズ”を振るう。


「あ、アーク……!? 何故、お前がこんな所に!?」


 モンスターの群れに飛び込めば、信じられないものを見るかのようなガルフの目が向けられた。


「何だその武器は!? どうして無職ノージョブのお前が戦えるんだ!?」


 足元に飛んできたゲリオと俺が手にする“処刑鎌デスサイズ”を何度も見比べている辺り、よっぽど驚いているんだろうというのが伝わって来る。


 だが、それも無理はない。


 特異形状をした武器。

 Gランクのモンスターにすら勝てないであろう存在が戦場を突っ切ってきた。


 俺が剣を司るグラディウス家の人間であることや、無職ノージョブであることを誰よりも知っているのは、他ならぬガルフなんだから――。


「おい! 答えろ!? 無能のお前が僕に反抗していいと思って――」

「リリア」

「う、うん……」


 何やらガルフが喚いているが、一切無視して比較的落ち着いているリリアに視線を向けた。


「ガルフと一緒に転がってるゲリオを連れて退がれ。戦線を立て直して、反撃の準備を整えるんだ」

「……」


 そう作戦を伝えたものの、当のリリアは心此処に非ずと言わんばかりの表情で茫然と見上げて来る。そういえば、面と向かって会話するのは天啓の儀の日以来かと俺自身も奇妙な感情に駆られた。


「おい! ふざけるな! 僕の問いに答えろ!!」


 自分が話題の中心にいないのが許せなかったんだろう。俺達の間の空気をぶち壊す様に、怒り狂ったガルフの怒号が戦場に響く。


「――ッ!?!?」


 だが、ここは戦場の真っ只中。


 ガルフを取り囲んでいたギガースが臨戦態勢で向かって来た。俺一人なら離脱も可能だが、今はリリア達が居る。選択肢は一つだけだ。


「やるしかない……か」


 俺は眼前に迫る巨体を前にして刀身に漆黒を灯す。今までの無我夢中とは次元が異なる流麗で鋭利な漆黒の刃。俺だけの魔法チカラを――。


「こんなに早くギガースコイツと相対するとはな。しかも……」


 眼前のギガース。

 背後に座り込むガルフたち。


 それは初めてのダンジョン探索での俺の立ち位置が、ガルフたちに置き換わったと言ってもいいだろう。あの日と重なる、何とも奇妙な構図だった。


「こっちだ! 木偶の坊!」


 ギガースの注意を引き寄せるように、棍棒を持っている方とは逆側の左へ向かって駆け出す。Bランクモンスターでありながら魔力も使って来ず、知能も高くない巨人は、見事に俺の誘いに乗ってくれた。


「ッ! はあああああっ!!!!」


 右側から回り込む様に振り下ろされた棍棒を身をひるがえして躱し、“処刑鎌デスサイズ”を一閃。

 固く高質化した鎧のような筋肉を引き裂いて得物を持つ右腕を斬り飛ばす。


「まさか吹っ飛ばせるとは……」


 関節を狙って機能を停止させようとしていたにも拘らず、まさか腕自体を斬り飛ばせるとは思っていなかった為、この結果は術者である俺にとっても驚きだった。


 これまでの旅を通じて、俺自身の基本性能が飛躍的に高まっているのは疑いようもない。でもルインさんの存在があった為、自分の力がどの程度かという事を肌で感じる機会は限りなく乏しかった。


 ルインさんに付いて多くのダンジョンに侵入はしたが、俺自身の冒険者ランクはGのままだしな。


 しかし、嘗て手も足も出なかったギガース相手に通用するようになったのなら、多少なりとも前進したと認めてもいいだろう。


「この半年間の意味と今の俺の力……お前はソレを測るのに相応しい相手だ」


 右腕を欠損したギガースが苦し紛れに突き出してきた左腕を、下から斬り上げた刃で両断した。


 刀身で地面を削り取りながら斬り上げた為、腕の切断と同時にギガースの顔へ飛んだ石礫いしつぶてが目潰しの役割を果たし、相手の動きを更に混乱させる。


「はっ!!」


 攪乱が成功したところを見計らって持ち手を刀身側に寄せると、大鎌の逆側に魔力を集中し、細い柄の先端で無防備になった胸元に打突を見舞った。


 モンスターの中身がどうなっているのかは知らないが、胸を突かれれば苦しいんだろう。前のめりににつんのめったギガースが首を垂れるように倒れ込んで来る。


「今までの旅は、確かに俺の力になっている。こんなに嬉しいことはない」


 俺はギガースの進行方向に刃を置き――。


「ありがとう」


 “虚無裂ク断罪ノ刃”を振り抜く。


 死闘を繰り広げたギガースの首を漆黒の大刃――“黒天新月斬”で、狩り取る様に両断した。

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