第20話 Lightning Blitz

 ギルドを発った俺達は、先行したガルフたちの後を追う形でマルドリア通りに辿り着いた。


 混乱する戦況を把握するために、噴煙を上げる建物の上に降り立った俺達の前に広がるのは、正しく地獄絵図。


「ギガースにライラプス……。Bランクダンジョンに住まうモンスターがどうして……!?」


 ルインさんの固い声が俺の耳を震わせる。


「Bランク……街の元冒険者連中が対抗できるわけもないわけか……」


 俺も理解を超える事態に固まってしまっていた。

 ギガースとは前に色々あったし、数の多い猟犬もダンジョンデビューの時に徘徊しているのを見た記憶がある。

 何より、下に居るのは強力なモンスターばかりだったからだ。


「しかも、建物は滅茶苦茶、街中悲鳴だらけ……。数的有利も取られた上にBクラスモンスター相手じゃ、手の打ちようが……」


 街の住民は戦意喪失。冒険者たちは各個分断され、ガルフたちも囲まれて身動きが取れないでいる。地面に広がる血の海を見る限り、この短時間で少なくない犠牲者も出たんだろう。


 このままでは全滅も時間の問題。


 ここに向かってる最中にも大きな噴煙や魔力の残滓が見えていたから戦闘中なのは分かっていたが、悪い意味で予想以上に酷い状況だった。


 人の営みが破壊され、今も蹂躙され続けているんだから――。


「アレは……マンティコア!? Bランクダンジョンに住まうボスモンスター!?」


 そんな時、ルインさんの目が大きく見開かれた。


「ボスモンスターって……。ちょっと迷い込んじゃった……なんてレベルじゃないですね」


 ルインさんの視線の先、惨劇の中心にいるのは、一匹のモンスター。赤い体色、毒々しい皮膜の張った翼、サソリのような鋭角な尾を肢体に兼ね備えている。


「■■――■■■■――!!!!」


 鮮血の海に立つモンスター――マンティコアは、雄々しいたてがみなびかせながら、大きな牙を見せつけるように咆哮した。


「――ッ!? 同じボスモンスターでも、今までの連中とは桁違いの威圧感。アレの前じゃ、ギガースですら可愛いくらいだな」


 遠巻きからの咆哮でも、全てを喰い殺さんばかりの濃厚な殺気が俺の身体に突き刺さる。冒険者の中でBランクが一つの壁ってのは、こういう事なんだろうと即座に体が理解した。


「私が突っ込んで掻き回すから、アーク君は冒険者たちを退かせて……。あんなにごちゃごちゃ散らばられてると、自由に動けない」

「それって……」

「戦うよ。まだ手遅れじゃない」


 険しい顔をしていたであろう俺を突き動かす様にルインさんの声が響く。


「私が頭を潰せば統率が乱れる。そこをみんなで押し返せば、勝機はあるよ」


 伝えられたのは下の連中を救いながらモンスターを追い払う手段であり、それを聞いた俺は言葉を失った。

 こんな状況でも活路を見出している事に対しての驚きは勿論だけど、何よりその内容が個人の能力頼りで賭けの要素が強いものだったからだ。


「その……いいんですか? いくら何でもルインさんへの負担が大きすぎますし、この街の人間は貴方とは何の関係も……」


 この作戦を実行するなら、マンティコアを含めた敵の主力を全部ルインさんに引き受けさせることになるし、全体の指揮まで任せる事になってしまう。はっきり言って冒険者が引き受ける戦いの範疇はんちゅうを超えている。


 それに、俺からすれば下で戦ってる連中やこの街の事は既知だが、ルインさんからすれば赤の他人だ。ここまでの危険に身を晒してまで守る義理なんてない。


「出来る範囲って言ったでしょ? それに……私も気になる事・・・・・があるしね」


 困惑と焦燥に駆られる俺だったが、ルインさんははっきりした口調で実行を口にした。どうやらこの戦いには人命救助以外にも、俺には窺い知れない彼女なりの思惑があるようだった。


「作戦はそんな所。心の準備はいいね?」

「当然です。そんなのは、ギルドを出た時点で済ませてありますから!」


 モンスターたちの不可解な襲撃。

 ルインさんの思惑。


 正直分からないことだらけだけど、今は住民と戦ってる連中を逃がす以外に道はない。どちらにせよルインさんが味方であることは疑いようもないしな。


「突っ込むよ、アーク君。下の人が動けるうちに退路を確保しなきゃだからね!」

「了解!」


 そして、建物から飛んだ俺達は二手に分かれて戦況のど真ん中に降り立った。


「“青龍零落斬”――!!」


 金色の髪が舞い、あの日見た激烈な刀戟が戦場にはしる。


 住民や冒険者は突然の乱入者に目を見開き、巨人や猟犬はその余波だけで身を固くしている。


「■……■■■!?!?」


 その光景を目の当たりにしたマンティコアは怒り狂ったように吼え、目下最大の脅威であるルインさんに襲い掛かった。これによってマンティコアを中心にした統率に確かなほころびが生じたと言っていいだろう。


「相変わらずの威力だ……俺も下手は打てないな」


 叩くなら今しかない。


「“黒天新月斬”――!」


 漆黒を纏った“処刑鎌デスサイズ”を振り抜いて、ライラプスの包囲網を力任せにぶち破る。


「グ、グラディウスの無能が、どうして!?」

「なんだァ!? その武器はよぉ!?!?」

「事情は後だ! 戦えない人間は逃げろ! それ以外は下がって反撃の為に戦線を立て直すんだ!」


 助けたはずの連中に罵倒された気がするが、今はそれどころじゃない。一刻も早く戦線を持ち直して、ルインさんへの負担を軽くしないといけないからな。


「早く退がれ!」


 無職ノージョブのはずの俺が武器を手にして戦っている事や、急変した状況について来れていない様子の住民や冒険者を離脱させると、間髪入れずに次の集団に突貫する。


「デカい連中は後回しだ。とにかく今は……!」


 再び斬撃魔法を叩き込み、モンスターたちの陣形を乱して中の連中を解放する。そして、即座に離脱して次の集団へ斬りかかっていく。


「数でも質でも負けてるんだ。急がないと手遅れになるから……なッ!!」


 ルインさんの陽動のおかげで綻びを見せた統率を、俺がどこまで掻き回せるかという事が勝敗の鍵を握っている。


「モンスターを倒しきる必要はない。敵が立ち直るよりも早く……!」


 時間が経てば経つほど奇襲の意味が薄れてしまう。重要なのはスピードだ。

 それに一秒でも早く戦線が立ち直れば、状況を見ながらボスモンスターとそれ以外を纏めて相手取っているルインさんや、今も抵抗を続けている他の冒険者の消耗を抑えることが出来る。


「大方、救出できたか? 後は……!」


 戦場を駆け回りながら一撃離脱を繰り返して殆どの連中を逃がし終えた俺は、勢いをそのままに周囲を見渡した。モンスターたちのヘイトは、ルインさんと俺に集中しており、冒険者たちへの掃討戦の様相を呈していたさっきまでとは明らかに戦場の有り様が変わってる。


 それは俺が戦況を混乱させられたことと、皆を逃がせたことの証明。


 そして、残るは一ヶ所――。


「ガルフたちかッ!?」


 俺にとって因縁深いパーティーだけだ。

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