第19話 出陣!ガルフパーティー!

 意気揚々いきようようと戦場へ繰り出したガルフたちは、眼前で街を破壊している見覚えの無いモンスターたちに驚きながらも戦闘を開始した。


「全く、モンスターたちが街に押し寄せて来るなんてついてねぇ!」


 ゲリオは好戦的な笑みを浮かべ、“拳闘士”の象徴である手甲――“ハイナックル”を呼び出しながら言い放った。


「でも数はこっちの方が上だぜ! ダンジョンと違ってなァ!」


 彼らの視線の先にあるのは、屈強な巨人――ギガースと紫がかった毛並みの猟犬――ライラプスで形成された二十八体から成る大部隊。

 それに対し、ガルフたち冒険者は十四人。そして、眼下の住民を助け出して混合部隊となれば三十人超だ。


 小人数でのダンジョン探索とは逆にモンスター相手に数的有利が取れているからか、ガスパーや他の冒険者も怯む様子を見せない。


「勇敢なる冒険者諸君! これを切り抜ければ僕達の勇名も高まる事だろう! 君達には、我がグラディウスの聖剣・・の加護が付いている!! さあ、剣を執れ!」


 ガルフはグラディウス家に伝わる宝剣――“ミュルグレス”の切っ先をモンスターに向けて猛然と叫ぶ。


「おうよ!」

「これは、皆を守る為の戦い……」


 ガスパーは“魔術師”の象徴たる杖――“ハイロッド”を、リリアはフォリア家に伝わる宝盾――“アルテミス”を呼び出して臨戦状態。他の面々もガルフの号令に合わせて武具を身に纏った。


「皆の者、かかれぇ!!」


 そして、ガルフが宝剣を振り下ろすと同時に、総勢十四名の冒険者たちは一塊となってモンスターの群れに突っ込んだ。


「各々のパーティーに分かれ、三部隊となって散れ! 住民と合流して戦線を立て直すんだ!」

「了解!!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばしていくガルフ。彼の心は歓喜に打ち震えていた。


「押し寄せるモンスターは、魔族たち。“剣聖”である僕は勇者! 神話の時代の再現じゃないか! 僕達の門出に相応しいッ!!」


 最高の稀少職業レアジョブ

 最高の剣。

 最高の舞台。


 英雄譚へのみちが、これ見よがしと用意されているのだから――。


「行くぜぇ! “バーストナックル”――!!」


 嬉々とした様子のゲリオは、太い腕を唸らせてギガースの胸元に拳撃魔法を打ち込む。


「“マジックバレット”――!」


 それに続けと言わんばかりに、ガスパーも杖を向けてライラプスの顔に射撃魔法を撃ち放った。


「“バニッシュランス”――!!」

「“ディバインスラッシュ”――!」


 ガルフパーティーの先制攻撃が全体の士気を上げたのか、他の冒険者たちも槍を、剣を執って果敢に攻撃を繰り出していく。


「はっ! 皆やってるな! 僕達も行くぞ!」

「うん!」


 それを見たガルフは口元を吊り上げながら、リリアは緊張した面持ちで眼前のギガースへ向けて駆け出す。


「リリア、攻撃が来るぞ!」

「了解。“ディバイドシールド”――!」


 リリアは“アルテミス”に魔力を纏わせ、防御魔法を起動。背後を走るガルフの指示を受けて、振り上げられた腕を押し返す様にシールドバッシュを敢行かんこうした。ギガースの拳戟は、Dランクライセンスを取得したばかりの新人冒険者に受け止められるようなものではないが――。


「う、ううっ……ッ!?!?」


 拳と魔力盾が激突し、リリアに大きな負荷が襲い掛かる。しかし、ギガースの拳は塞き止められている。

 ちゃんと攻撃を受け止めている辺り、“聖盾”と家宝の力は伊達でないという事なのだろう。


 結果、ギガースは拳を突き出した体勢で隙を晒すこととなり――。


「よし! いいぞ!」


 その瞬間、壁役であるリリアの背後から宝剣を携えたガルフが飛び出す。


「受けよ、我が聖なる一撃を! “ブレイブスラッシュ”――!!」


 翡翠色の光を放つ“ミュルグレス”を上段から振り抜いた。


「でやあああぁぁ――ッ!!」


 そして、ギガースの肩口から太腿にかけて、翡翠の剣戟が刻み込まれる。ガルフのランク帯の冒険者では、とても放てない程の強烈な一撃を真正面から叩き込んだ。


「皆の者、怯むことはない! 押し返せぇッ!!」


 それを見た冒険者たちの士気は最高潮。ガルフの号令に合わせて立ち直った住民達と反撃に移行しようとしていた。


「さあ、行く――」

「ガルフッ!? きゃっ!?」


 自信に満ち溢れた表情で剣を掲げるガルフであったが、その眼前で剛腕が振るわれ、カバーに入るべく飛び出してきたリリアが盾のガードごと吹き飛ばされる。


「が、ぁ――ッ!?!?」


 華奢な肢体が宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられた。


 衝撃で呼吸が止まって苦し気なリリアに驚愕の表情を向けるガルフ。


「リリア!? この……ぐ、ぁ……!?!?」


 しかし、戦闘中に気を散らしたガルフを嘲笑う様に眼下の地面が砕け、歪んだ正方形を形どりながらひっくり返る。


 地面に倒れ込む二人を見下ろすのは、先ほど剣戟を受けたギガース。鎧のような筋肉には薄い斬痕ざんこんが付いた程度であり、具合を確かめるように肩を鳴らしている様からダメージらしいダメージは通っていないのが見て取れる。


 それと同時に、他の冒険者たちも最高戦力が蹴散らされた事に気を取られて、動きを硬直させている。


「な……!? ガル、ッ……が、はっ!?」


 腹部に屈強な拳戟を打ち込まれたゲリオは、リリアの比ではない勢いで吹き飛ばされる。

こちらのギガースに至っては全くの無傷であり、大口を開きながら力強く胸を叩いていた。


「う、嘘だろぉ!?」


 ガスパーは自身の魔力弾を受けても尚、悠然とした足取りで向かって来るライラプスに対して、信じられないものを見るかのように体を震わせている。


「ガルフたちがやられた!?」

「に、逃げろおおぉぉ!?!?」


 新進気鋭のガルフパーティーが進撃を阻まれた瞬間、冒険者と住民の共同戦線は総崩れとなり、後衛の者達が足早に逃げ出していく。


「ま、待て……ッ!? 逃げるなっ!!」


 宝剣を杖代わりに起き上がろうとするガルフは、脇目も振らずに駆け出す味方の姿に目を見開いた。


「も、もう無理だ!!」


 指揮系統の寸断に加えて後衛の離脱を受け、他の皆にも更なる動揺が広がる。その結果、前衛の者達までもが戦線を放棄して敗走し始めていた。


「うあああっ!? 囲まれたァ!?!?」


 しかし、脱走しようとしていた前衛の者達は、ライラプスとギガースに取り囲まれてしまう。


「お、ぐおおお――ッ!?!? 足がァ!?」


 殴り飛ばされたゲリオは、別のギガースに両足を片手で掴み取られて更に遠くまで放り投げられた。強靭な握力によって両足の骨は砕け、あまりの痛みに絶叫している。


「ふざけんなあああぁぁぁ!!!! “マジックバレット”! “マジックバレット”! “マジックバレット”! “マジックバレット”! “マジックバレット”!」


 凄惨な周囲の光景を目の当たりにしたガスパーは、全身から魔力を絞り出すように魔力弾を撃ち続けた。


「“マジックバレット”! “マジックバレット”! マジック……ばれっと……。ちぐしょおおお!!!! 何で効かねぇんだ!?!?」


 ガスパーの魔力弾は、先ほどから一体のライラプスに集中して命中させ続けているが、当の猟犬は気にした様子もなく悠然とした足取りで向かって来るのみ。全くのノーダメージであった。


 必死の攻撃を前にしても意に返す素振りすら見せない猟犬に対して、ガスパーの表情は恐怖に染まっていく。


「なんで、何でだよぉォ!?!? なんで!? なんで!? ぢぐしょおおお!?!?!?」


 一歩、また一歩と近づいて来る恐怖の象徴を前にしたガスパーは、体液で顔をぐちゃぐちゃにしながら魔力弾を連射していたが、とうとう本人の魔力も尽きてしまう。


「ひ、ひいいいいい!?!?」


 武器を放り捨てて、その場でうずくまるガスパー。股から嫌な臭いを上げながら丸くなる様は、街を救う正義の味方から一転、ただの獲物同然であった。


「う、ぐっ!? このっ!」


 ライラプスが振るった尾から衝撃波が放たれ、リリアを襲う。


「きゃっ!?!?」


 必死に耐えていたリリアであったが、ライラプスが二体、三体と増えていく中でとうとう受け止められなくなり、ガルフの足元へ吹き飛ばされて地に伏せる。


「うそだ……こんなはずが……」


 ガルフは壊滅状態と化した共同戦線を目の当たりにして茫然と呟く。


 現段階で最高の装備を揃えた。数的有利も取っていた。勝てる算段はあった。


稀少職業レアジョブが二人……僕は“剣聖”だぞ!?」


 しかし、結果は大惨敗。


「在り得ない……この僕が……」


 指揮経験と冒険者としての個々の地力不足。

 急場しのぎのつたない連携。

 強力なモンスターに対し、考えも無しに勢い任せの突撃。


 敗因は火を見るより明らかであった。


 最早打開は不可能――。


「うあああああああぁぁぁぁ――ッッ!?!?」


 そんな時、後衛部隊が逃げ出していった方角から炸裂音と絶叫が木霊した。


「な、何……が……!?」


 恐る恐る背後を振り向いたガルフの顔が恐怖に染まる。


 力任せに薙ぎ払われた大木が山となって積み上がる。

 地に広がる鮮血の海。


 そして、目の前に転がる千切れ飛んだ肉塊。ソレは先ほどまで一緒に戦っていた仲間であったモノ。


「あ、あぁ……っ!」


 戦意を喪失したガルフは力なく座り込んでしまう。指揮官の諦めは、部隊の敗北を意味している。


「■■――■■■■■――!!!!!!」


 そんな皆を尻目に、新たな襲撃者が咆哮した。

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