第22話 咆哮する脅威

「何なんだ、その武器は! どうしてお前が……!」


 座り込んだままのガルフが叫んだ。コイツらがギガース相手に通用しなかったのか、物量差に押し切られたのかは知らないが、どちらにせよこのモンスターたちにやられたことは間違いない。


 そんな状況を俺が切り抜けたことが信じられないんだろう。


「何も出来ない無職ノージョブのはずなのに……!?!?」


 それはガルフたちにとって最も屈辱的な事なのかもしれない。


「話は後だ。今、は……!?」


 今はこの状況を打開する事が先決……そう言おうとした矢先、視界の端で金色の電光・・が奔り、巨体が舞った。


「■■――■■■――!?!?」

「あれは、……?」


 視線を移すと宙に舞っているのは、血濡れのマンティコア。その全身には大きな斬撃跡が刻まれているだけじゃなく、焦げ付いたような噴煙も上がっている。


「アーク君!!」


 それを行ったのは、当然ルインさんだ。同時に撤退のサインでもある。


「了解! 今は話してる場合じゃない。一旦、退がるぞ!」


 俺は茫然としているガルフたちに撤退を促す。


 ルインさんが敵のマンティコアを撃破してくれたおかげで、モンスターたちの統制は乱れた。後は逃がした連中と合流して戦線を一気に押し上げれば、状況を瓦解できるはず――。


「な――ッ!?」


 だが、そう思っていた俺達にとって、致命的な計算違いが生じた。


「まさか、全員逃げたのか!?」


 後退するために背後に目を向ければ、そこはもぬけの殻。なんと救出した連中は、俺達の乱入を利用し、戦線を放棄して離脱してしまっていた。


 “我が身大事”という言葉がこれほど相応しい状況はそうもないだろう。


「ちっ! あの連中、デカいのは口と態度だけかよ!?」


 これには流石に怒りを抑えきれない。


「百歩譲って俺はいい。だけど、この街の為に戦ってくれているルインさんに全て押し付けて逃げるなんて……!」


 本来ならルインさんは、この街の為に戦う義理なんてない。戦ってくれているのは、成り行きと善意からだろう。

 だからこそ、そんな彼女を見捨てて尻尾を撒いて逃げ出すなんて、到底許される事じゃない。


 ましてや居ても足手纏いなだけならともかく、反撃の為の頭数となり得る状況で逃げ出したんだから最悪なのは尚の事だ。


「いくら指揮系統を乱しても、俺達だけじゃ……!?」


 これで完全に計算が狂ってしまった。


「■■――■■■■――!!!!」


 思わず歯軋はぎしりする俺だったが、戦場に轟いたけたたましい咆哮を受けて、そんな怒りなど吹っ飛んでしまう。


 咆哮の主は、倒したはずのマンティコア。


 さっきまでは異形の獅子といった風貌だったが、なんと二本足で立ち上がってみせた。


「凄まじい勢いで傷が塞がっていく!?」


 しかも全身に負った傷が高速で治癒していくばかりだけではなく、獅子の姿そのものが変容する。


「これは、あの時のオーガと同じ!?」


 筋肉が肥大化し、全身が一回り以上巨大化した。体躯たいくの変化に合わせるようにたてがみも伸び、牙や爪もより鋭く、凶悪に研ぎ澄まされていく。


 何より理性を失って狂ったように叫んでいるマンティコアモンスター


 俺は、この現象に重なるものを知っている。


狂化・・した――!? やっぱりこれは――」


 そんな時、ルインさんの驚愕の声が耳に飛び込んで来た。


 彼女はこの現象に心当たりがあるのだろうか、以前戦ったオーガとの戦闘の際の驚きは、初見ではなく知っていたからのものだったのでは――という新たな疑問が俺の中に噴出するが、事態はそれを問うことを許してくれないようだ。


「■■■■――■■■■――!!!!」


 マンティコアの咆哮。


 それによって状況が一変したからだ。


「モンスターの動きが変わった……だと!?」


 背後のガルフが驚愕の声を上げる。


 俺達の奇襲で総崩れになりかけていた状況から一転、モンスターたちはさっきまでよりも明確に統率が取れた行動を取るようになった。


 その原因は言うまでもなく、血管の浮き出た翼をはためかせて俺達の頭上を飛ぶマンティコア。


「アーク君! 逃げて――!!」


 ルインさんが叫んだ。


 彼女がこんなに焦っているのを見た事がない。だが、俺達の動揺を嘲笑う様に、事態はより最悪な方向へと向かっていく。


「な――ッ!?」

「■■――!!!!!!」


 怒り狂ったマンティコアは、刃を交えていたルインさんではなく、何故か俺達に血走った瞳を向けて来る。


 そして、禍々まがまがしくなった面構えを醜悪に歪めながら確かにわらった。

 思わず身を強張らせる俺達だったが、その答えはすぐに明らかになる。


「くそっ!? そういう事か!」


 マンティコアと入れ替わる様に、俺達と戦っていた連中も含めて戦域のモンスター全てがルインさんの方へ押し寄せていったからだ。


「おい無能! 一人で納得するな! この僕にも分かる様に――」

「この化け物の狙いは、大量のモンスターを差し向けてルインさんを消耗させる事だ! それまでは俺達をいたぶって狩りを楽しもうって事だろうな!」

「何ィィ!? モンスター風情が……こ、この僕を見下しているっていうのか!?!?」


 無職ノージョブの俺に指揮を執られている事。

 女性であるルインさん一人よりも優先順位が下だと見做みなされた事。

 しかも、それをモンスターによって選別された事。


 ガルフのプライドはズタボロだろう。


 だが動揺する俺達を尻目に、上空のマンティコアは狂気を纏って滑空して来る。


「来る――!」


 悠然と空を駆けて来る化け物に対し、立ち上がったリリアが悲鳴の様な叫びを上げた。


 大量のモンスターに包囲されているルインさんとの連携は物理的に不可能。

 一目散に逃げ出していった連中の態度を見る限り、増援も期待出来そうにない。

 目の前には、俺の理外を超える化け物。


 しかも、後ろで転がってるゲリオに至っては、戦闘不能どころか立って歩くことすら出来ない始末。


「状況は最悪……突破口は、自分の手で切り拓くしかない」


 俺達が――俺が、やるしかない。


 “処刑鎌デスサイズ”の柄を強く握り、眼前の脅威を見据えた。

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