第14話 己が己であるという事

「ホント言うとね。アーク君の戦いっぷりには驚かされっぱなしなんだ」

「え……?」

「さっきも言ったでしょ? ホントなら今のアーク君は、パーティーを組んでGランクを回るのが普通なはずの新人冒険者なんだよ。それなのにEランクをソロで攻略しちゃったし、あのオーガを倒した。今日だってちゃんと連携できてたし、Cランク相手に攻撃も通ってた」


 今までは目の前の事に無我夢中だったし、冒険者の比較対象がルインさんだから気にもしていなかったけど、言われてみれば新人冒険者が踏むべき手順を何段もすっ飛ばしている。


「それに武器に使われて・・・・なかったしね」

「武器に使われるって……」


 聞き慣れない言葉だ。


「天啓の儀で職業ジョブが決まった後は、皆魔法の練習ばっかりするでしょ?」

「そりゃ、魔法が使えると使えないじゃ天と地の差ですし、そういうものじゃないんですか?」


 ルインさんの言っている事は、この世界の常識だ。職業ジョブの有無――魔法が使える使えないでの強さの違いは大人と子供以上の差があるし、そんな事は俺が一番分かってる。


「でも、魔法って言ったって、ずっと魔法で戦えるわけじゃないよね?」

「まあ、飛ばし過ぎたら体力も魔力も切れますし、一撃の威力が高い分、隙も大きいですね」


 俺やルインさんの斬撃魔法――“黒天新月斬”や“青龍零落斬”を始めとして、決め技になるような威力が高い魔法は通常攻撃より隙が大きく、消耗が激しい。

 効果の大きな魔法を使うのだから、相応に代償があるのは当然だ。


「武器本体や発生の速い小技で戦って、魔法が決め技っていうのが基本ですよね? 魔法メインの魔術師系はサポート寄りで攻撃手段に乏しいですし……」


 そんなのは常識だし、おかしな所なんてどこにも――。


「そうだね。でも、みんなそうやって戦ってるはずなのに、決め技の魔法の特訓しかしないのはなんでかな?」

「それは職業ジョブ適性があれば、その時点で武器は自由に使える・・・し、魔法を使った方が圧倒的に強いから……」

「確かに、対応する職業ジョブの武器は自由に使える・・・。でも、それだけじゃ使いこなせて・・・・・・はないんだよ」


 話が呑み込めない。

 武器にかかる職業ジョブ適性は、数十年の訓練にも勝る。そんな適性があるんだから、武器を使いこなせないはずがない。


 鏡を見なくても、自分が怪訝そうな顔をしているのが分かる。


「特定の武器を使うと、頭を使わなくても体が勝手に動くっていうのが職業ジョブ適性。それだけに頼ってて、ホントに戦ってるって言えるのかな?」

「――っ!」


 常識を否定するようなルインさんの発言――。


職業ジョブ適性があるのは確かに大きな要因だけど、それを最大限使いこなすにはやっぱり“戦う”ってことを覚えないといけない。その武器の特性、間合い、重量、自分の得意な魔法と戦術の擦り合わせ――。自分の武器だけに限定しても、片手じゃ収まらないよね?」


 それは頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃を俺にもたらした。


「相手が人間でもモンスターでも何をしてくるかっていう知識が必要だし、その為には他の武器や色んな種族についても知っておかないといけない。一対一と複数戦、初見の相手との戦闘……“戦う”って事に広げればもっといろんなことを身につけなきゃいけないんだ。武器が使えて適当に魔法を使うだけなら、どんなに頑張っても二流半が精々だよ」


 冒険者なら世渡りの知識もいるしね……と付け加えるルインさんを前に、俺は自分の無知さとレベルの低さを噛み締めるように固く拳を握った。


(新米冒険者なら上々……職業ジョブが見つかって嬉しい? そんなことで喜んでる場合じゃない……。“剣聖”や“聖盾”は、もっと前を歩いてるんだぞ……!)


 今の俺は、何百、何千とある階段の内、やっとの思いで最初の一段目に足をかけて、段飛ばしで少し前に進めた程度なんだ。

 とりあえず及第点……なんて言ってる場合じゃない。


「でも、アーク君は違ったよ」

「え――っ?」


 俯く俺の耳を優しい声が震わせる。


「君は生まれてから今まで、お家で剣の練習を続けて来たんだよね? 無職ノージョブだから魔法が使えず、お父さんに存在を無視されて、弟君やお友達に馬鹿にされて酷い扱いを受け続けて来てもずっと、一生懸命に……」

「でも……何の結果も出せなかった。何の意味もない時間だった……」

「それは違うよ。意味なら、ちゃんとあったじゃない」


 顔を上げれば、微笑を浮かべるルインさんの姿――。


「今まで続けてきた剣の修行が……身に着けた剣術が根底にあるから、始めての戦いでEランクダンジョンをソロ攻略出来たり、オリジナルの魔法を咄嗟に編み出せたんだと私は思うけどな」


 ダンジョンに関しては俺の知識じゃ何とも言えないけど、“処刑鎌デスサイズ”を用いた魔法はルインさんの言う通り、グラディウス家の剣術をアレンジしたものに違いない。

 それに“処刑鎌デスサイズ”を使うにあたって、同じ刃物を扱う剣術と通ずる部分を感じていたのも事実だった。


「それは職業ジョブ適性じゃ、手に入れることが出来ないものなんだよ。それに訓練をしてたからって、初めての戦闘で君と同じことが出来る人はそうはいない」


 ルインさんの言う通りなら、俺は冒険者として戦うために必要な基礎を既に持っていることになる。


「確かに、アーク君は周りが求めていた剣士になれなかったかもしれない。それは成功しない道を無理やり歩かされてただけ……。でも、今は違う」


 グラディウス家の恥さらしと罵られ、絶望に打ちひしがれていた過去の俺――。

 “処刑鎌デスサイズ”を手にした今の俺――。


「これまでの辛い思いも、必死の努力も、全部アーク君の力になってる。そして、君自身の力は誰にも負けないくらい凄いものなんだよ。だから、大丈夫――」


 俺の手を柔らかい手が包み込む。


「アーク君は、強くなれる。きっと誰も想像しないくらい、君を酷い目に合わせてきた人たちなんかが手の届かないくらいにね――。大丈夫、私が保証するよ」


 ルインさんは、柔らかく美しい微笑を浮かべる。


「君はもう、私のモノなんだから――」


 その言葉は、俺にとっての救いだったのだろう。


 俺が俺であるという事――。

 無職ノージョブのグラディウス家長男としてではなく、一人の人間――、“処刑者エクスキューショナー”のアーク・グラディウスという存在を始めて肯定してくれた言葉だったのだから――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る