第8話 戻ってきた日常
「この“
ダイダロスの武器屋を後にして、近くの冒険者ギルドを目指す俺達。
俺は店主のセルケさんから無料で貰ってしまった“虚無裂ク断罪ノ刃”について、隣を歩くルインさんに問いかけた。
「セルケさんも出世払いでいいって言ってたでしょ? 私の時もそうだったしね。それに
ルインさんは優しい言葉をかけてくれるし、セルケさんも背中を叩きながら豪快に送り出してくれた。とはいえ、あの“
「それにルインさんにだって、服とかいろいろ買って貰っちゃたりしましたし……」
「別に気にしなくてもいいよ。あんな血だらけの服じゃ街も歩けないし、そもそもアーク君は一文無しでしょう?」
ナチュラルに放たれたルインさんの言葉が胸に突き刺さる。確かに、ガルフたちに金品を全て奪われたので、その時身に着けていた衣服以外は何も持っていない。
つまり今の俺には、替えの服の一枚どころか、食べ物一つ買う資金すらもない。
「男の子に服を選ぶのなんて初めてだったし、結構楽しかったんだけどなぁ」
「頂いたこと自体は、俺も嬉しいですけど……」
そんなわけでさっきまでは所々に血が付いている服を着ていたわけだが、それを見かねたルインさんにダイダロスの武器屋で服――というか、装備を
「こう貰ってばっかりだと流石に申し訳ないというか、初心者には勿体ないというか……。セルケさんの話だと、この装備もダンジョンドロップ産の良いものなんでしょう?」
ルインさんに買ってもらった黒を基調に白の装飾が成された軽装備――“黒ノ鎧”もダンジョンドロップ品な上に、頑張ればCランクの下層くらいまでなら使っていけると見立てられた。
誰の目から見ても、今の俺には過ぎた代物だろう。
「せっかく似合ってるし、私としては着てて欲しいんだけどなぁ。そんなに気になるなら、出世払いってことで今はこのままで……ね?」
「う、っ……ッ!?」
そうこうしているとルインさんが、俺の顔を下から覗き込んで来た。整った顔に心臓の音は大きくなるし、何より上目遣いの破壊力は凄まじいものがある。
「その、近いんですけど……」
「ん?」
だけど当の本人は、俺の様子に気づくこともなく不思議そうに首を傾げていた。
(戦ってる時とは別人というか、微妙に天然が入ってる気がする。実際、距離感近いし)
強力なモンスターの大軍を一撃で葬った凛々しい女性と、この天然お姉さんが同一人物だとはとても思えない。
結局、隣のルインさんに気を取られてしまい、目的のギルドに到着するまで心休まらない移動となってしまった。
「アーク君は、ギルドに来るのは二回目だよね?」
「はい、成人の儀の時に一回来て、今回が二回目です。まあ、前回は弟たちの後ろに突っ立ってただけですけどね」
何はともあれ、ダイダロスの武器屋近郊の冒険者ギルドに到着し、ルインさんと共に中に入っていく。
始めて来る場所だけど、やっぱり冒険者ギルドだけあって、成人の儀の出発の時に寄った所と造りは似通っている。ここと似たような施設に寄った後に死にかけたんだから、正直あんまりいい思い出はないんだよなぁ。
「もぅ、卑屈にならないの。今のアーク君は、昨日までの君じゃないんだからね」
「は、はい……すみません」
「ふふっ、別にいいよ」
そんな時、気乗りしないところをルインさんに
(弟たちに追放されたり、モンスターに殺されかけたり、脱
誰かと普通に会話する。たったそれだけの事ですら、俺にとっては非日常となっていたと思い知らされたからだ。
(相手がルインさんってのは難易度が高すぎる気もするけど、元がガルフたちと一年過ごすって考えると役得だよな……)
「アーク君―!」
戸惑いと気恥ずかしさと嬉しさと……複雑な感情を胸に内心苦笑していると、凛とした声に誘われる。
「どうしたんですか、ルインさん」
「君の冒険者登録はまだ消されてなかったから、これからダンジョンに行こうと思うんだけど……
「ダンジョン……本当ならこっちからお願いしたいくらいだったので、本当にありがたいです!」
ルインさんからの提案は、俺にとっては渡りに船。“
「せっかくだから色々と依頼も受けて来たよ。ダンジョンを回るなら、こっちの方が効率がいいし、アーク君もいつまでも一文無しじゃかわいそうだしね」
息巻く俺に苦笑を浮かべたルインさんは、そう言って依頼手配書を見せてくれた。
「うえっ!? いきなりEランク……ですか!? 俺って、最低のGランクだと思うんですけど」
でも、その依頼手配書に書かれていたのは、俺のランクより二つも上の難易度のものだった。流石にこれには、驚きを隠しきれない。
「依頼は私名義だから難易度は問題ないし、私もダンジョンについて行くからこれくらいの方がいいかなって……怖くなっちゃった?」
「いえ……ギガースや他の連中に追い回されたせいか、全然怖くはないですね。それよりも、ようやく自分が冒険者になったんだっていう実感が湧いて来ました」
初めて侵入したダンジョンがBランクだったせいで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。今更Eランクと聞かされても、戸惑いはあっても恐怖はなかった。
むしろ、自分が本当に
「うん、よろしい」
そんな俺の隣で、ルインさんは満面の笑みを浮かべていた。
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