第3話 追放
母さんの死から六年の月日が流れた――。
十六歳になった俺達は、この国でいう所の成人――大人の仲間入りを果たすわけだが、それには伝統的なしきたりをこなさなければならない。
そのしきたりとは、同じ年の十六歳同士、四~五人でパーティーを組んで一年間冒険者として旅をするというもの。
一応、その期間中にダンジョンを十回攻略するというノルマこそあるが、難易度は問わずとなっている。
大抵は村近くのGランク――基本魔法が使えれば誰でも攻略できる最低ランクを規定回数分周回してノルマ達成。残りの期間は、大人になるまでの自由時間として遊んだり、将来冒険者として旅をする人間にとっては予行演習でダンジョン攻略を続ける……といった扱いだ。
俺としては
「さあ、行くよ、僕のリリア」
「えっと……その……」
そして、強制的に組まされたパーティーは、双子の弟――ガルフ、
ガルフを筆頭に本邸で俺をサンドバッグ扱いしてきた三人と、その弟の婚約者となった元許嫁という最悪のメンバー編成だったこともあって、余計に気乗りしない。
しかも、気落ちした俺をどん底に墜とすかのような出来事が起こった。
「ここが僕達の挑むダンジョンだ!」
ガルフが指差したダンジョンは定番のGランクでもなければ、ちょっと背伸びをしたFランクでもない。そこそこ名の知れた冒険者でも、苦戦は
(勉強のし過ぎでとうとうおかしくなったのか?)
頭を抱えそうになっていた俺を尻目に、男衆はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「さあ、ガルフパーティーの初陣を飾ろうじゃないか!」
勇ましい顔つきのガルフが号令を上げたかと思えば、ゲリオに腕を掴まれて引きずられる形でBクラスダンジョンへ強制入場させられてしまった。
完全な自殺行為に逃げ出したくなってきたところだけど、ダンジョン侵入後すぐに男衆に取り囲まれて動きを封じられた。それだけじゃなく、腰につけていた護身用の剣も含めてアイテムの類を全て没収されてしまう。
流石にこれはと抗議しようとした俺だったが――。
「
「ぐっ!?」
ガルフに腹部を蹴り飛ばされて
「じゃあ、僕達は別のダンジョンを攻略するから、精々頑張ってくれ」
「は……!?」
自分でも素っ頓狂な声を出しているのが理解できた。いくら嫌われているとはいえ、ガルフのやろうとしている事は、明らかに超えてはいけない一線を侵すものであるからだ。
「無能が頭の
「駄目だぞガルフ! この無能は、まともに魔法も使えやしねぇんだから!」
「お前のアイテムは俺達が使わせてもらうぜ! どうせガルフの家の物には変わりないし、無能よりも俺達が使う方がこいつらも嬉しいだろうしさぁ!!」
俺は腹を抱えながら下品に笑っている男衆に対し、憤りを隠しきれないでいた。
何故なら、ダンジョンから脱出する方法は二つ。退却魔法かアイテムによるいずれかのみ。しかし、俺は魔法を使えないし、アイテムは目の前のメンバーに奪い取られてしまった。
要はランクの高いダンジョンから、脱出不可能な状況を意図的に作り出されたのだ。
つまり――。
「というわけで、お前は追放だ。さっさと死ねよ」
彼らがやろうとしているのは、殺人と同じだ。しかも、自らの手を汚さない分、余計に質が悪い。
更にそれを先導しているのは、双子の弟――。
「じゃぁな! 無能なアーク君。ぎゃはははっっ!!!!」
絶望に打ちひしがれる俺を尻目に、ガルフたち四人はダンジョンから脱出してしまった。
◇◆◇
そして現在――。
「……はぁ……はぁ……もう、限界だな」
息も絶え絶えで、もう一歩も動けない。
駆け出しどころか
「ここで死ぬのか……。何も出来ず、誰からも必要とされず、誰かを傷つけ続けて来ただけ――俺は、何の為に……生きて来たんだ……?」
これは心からの本心だった。
父親に存在を否定され、弟に殺されようとしている自分。
家族を壊し、母を殺した自分。
その母の無念を晴らすために少しでもマシになろうと、誰にも見向きもされない中でグラディウス家に伝わる書物を読み漁って剣の練習や勉学をひたすらにやってきたが、それも所詮は
結局、アーク・グラディウスの人生には何の価値もなかったんだと、死を前にした
「何の、為に……」
徐々に薄れゆく意識の中で、母さんが最期に残した言葉が呪いの様に脳裏を駆け巡る。
だが、もう俺がそれを考える必要は無いんだろう。
頭から、体の各所から流れ出る鮮血――もう俺には、生きる力も理由も、存在しないのだから――。
霞む視界の中で巨人が棍棒を振り上げたのが見える。
そして、俺は絶望に身を委ねた。
「■■……■■■■!?!?」
はずだった――。
ギガースの絶叫と共に押し寄せた凄まじい突風に前髪が揺れ、俺は最後の力を振り絞るかのように目を見開いた。
「何、が……」
そこに在ったのは、
「――っ!」
鋭い真紅の眼光。
何よりも目を引いたのは、膝下まで伸ばされた長く艶やかな金色の髪。膝裏付近で翼を模した髪留めで一纏めにされている。その出で立ちは、何とも形容し難い衝撃を俺に
そして、その女性は、この世のものとは思えない美しい微笑を俺に向ける。
「――分からないのなら、
霞んでいたはずの視界が晴れ、傷の痛みも何もかもを忘れてしまった俺は、ただ彼女に見惚れていた。
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