第51話
私はそれから少しして、又あのデパートの その階に一人で行ってみた。理由は、今岡がどうしているかが気になったのもあるが、又あの綺麗なクリスタルの花瓶や食器等を見たかったからだ。そしてここのデパートは、家からはパスで割と近かった。 だから私は母にきつく行くなと言われていたにもかかわらず、行ってしまい、その階へ行き、いつもの様にそれらを眺めていた。 只、最初はその奥の、今岡達がラッピングをしている部屋をそっと覗いたが、あの女はいなかった。だから安心して、そのいつもの場所に行き、それらを愛でていたのだ。 もし今岡がいたら、私はそのまま下の階へ 行き、何か他の物を見たりしながら帰るつもりだった。だが、いなかった。 それで安心して、ゆっくりとそのセクションで、綺麗で豪華なそれらの品物を鑑賞していた。 すると、いきなり直ぐ側で声がした。 「ねー、あんた。又来たの?!」 この間の、あの中年の女店員だった。 私は驚いて顔を見た。この間は、中沢に謝る様に言われると、嫌に下手になりながら謝っていたあの女だ。 あの時には、中沢がこの女と今岡に謝らせてからそそくさと行ってしまうと、今岡は悔しそうに直ぐに、中の持ち場へと消えた。 だがこの女は母に摺りより、ベタベタと話しかけたのだ。 「本当に申し訳ございませんでした。あの女が変な事を言うから、奥様やお嬢様に、凄く不愉快な思いをさせて。本当に、私も最初からおかしいとは思っていたんですよ〜!」 「あの人は、学校にいる時は物凄く口うるさい教師で、結構嫌われていたらしいわよ。 うちの子供の事も大嫌いで、凄く目の敵に していたし。だけど言葉だけは、変に馬鹿丁寧で。」 「アッ、そうそう!そうなんですよ〜。表情も変えないで、妙に変な、丁寧な話し方をして。本当に、物凄く変わり者なんですよ!」「そうでしょう?」 「本当に嫌になりますよ〜、あんな変なのと一緒に働かなきゃならないんですからー。」「そう?大変ねー。」 「そうなんですよ〜、全く!!」 そんな会話していた。 その女が、私に話しかけてきた。 「ねー。あんたの事、色々と聞いたよ。あんた、凄く嫌な子なんだってね?」 「エッ?」 「フン、よくも又、図々しくも来られたもんだわ?!あんな事があってさ。」 「だって、何もしてないから。」 「そんなの、分からないよ!あの時、無理矢理にでも中に連れて行って調べれば良かったんだよ。あんたもあの母親も!!」 「変な事言わないでよ?!」 「早く、そんな物を見てないでサッサと離れな!何かされたりしたら困るからね。」 「あの女が嘘を言ったんだから!今日いないけど、どうしたの?!」 「あんたなんかに教えないよ。」 「じゃあこの間の事でクビになったんだ?」 「フン、いるよ。休みだよ。早くそこから離れな!」 「だって、見るのは自由だから。お客なんだから。」 「あんたなんて客なんかじゃないよ!この 合の子のクセに!馬鹿言ってんじゃないよ!!」 私は驚き、ショックで涙が出てきた。 「お客にそんな事を言って、クビになるから!!」 「ハハハハ。あんたなんか、何か盗もうとしてたって言ってやるよ!そうしたら、誰もあんたみたいなのを信用しないから!」 この女は誇らしげにそう言った。 きっと今岡に後から色々と何かを言われたのと、私の母に謝り、媚びた態度をしたのが悔しくて仕方ないのだ。 「もう帰ろっ!クソババア!!」 私はそう捨て台詞を言ってから急いで離れた。でないとこの間の二の舞になる。 今度は母がいないから、皆此処の連中は私を容赦しないだろう。今岡がいなくても関係無い。あの中沢と言う男も、母に最敬礼して謝ったのだから。だから勿論他の店員達も、皆仲間だ。 私は急いでこの女から離れて、近くにある 階段の方へと歩き出した。するといきなり この女は騒ぎ出した。 「一寸、泥棒!この泥棒!!」 私は驚いて振り返った。すると若い男の店員が急いで女に近付いて行った。 「あの女です!あっちに行った、あれです!」 男がキョロキョロして見回す。 「あの外人です!あの外人の若い女が、盗んでました!」 私は急いで顔を前に向けて見られない様にした。後ろ姿だけなら、髪は焦げ茶色だし、絶対に分からない。 黒髪でなくても、今もそうかもだか、当時は髪を茶色く染めている女が沢山いた。 早歩きで、残り数歩で階段に辿り着くと、 チラッとかすかに後ろを見た。 若い男の店員は、やっと追う相手が私だと 分かった様で、足早に階段へと近付いて来ていた。 「お客様、お待ち下さい!お客様?!」 私は無言で、階段を脱兎の如く、次から次へと下の階へと飛び降りて行った。早くしないと他の階に連絡されて捕まえられるといけない!! 5階から1階まで、足早に階段を飛び降りると、出口へと走った!そして急いで外へ飛び出す!! そして振り返らずに全力で走り、直ぐ近くにある、デパートの前の、一番近い曲がり角へ!!そうして、急いで裏道へ出た。 そのまま一目散に家の方角へとひたすら走る。この最中に、"走れメロス”が頭に浮かんだのを覚えている。 こうしてある程度走ってから、もう大丈夫だと思い、振り返る。当然、"追って“はいない。あの男も、他の誰もいない。私が階段を駆け下りた時には、あの若い男も後から駆け下りて来たのだが。 私はそのまま少し歩くと、又走り出した。もうバスになど乗らなくても、家はそう遠く無い。 無事に家についてから、その夜、母に事の次第を報告した。母は呆れ返った。 「ママ、もう頭に来るよ!酷いよ、あのオバサン。あんな凄い事を沢山言って!」 「あんたが悪いんだよ。あれ程もう行くなと言ったのに、それを行ったんだから。だから、電話して文句なんか言わないよ。とにかく、あんたもこれで分かったでしょう?世の中なんてそんなもんなんだから。もう、本当に行かない様にしないと、今度は待ち構えていて、本当に捕まえられて、何かされるだろうからね。」 「分かってるよ、もう懲りたよ。もう二度とあんな所には行かないから!」 「絶対にその方が良いね。あんなデパート、大した事無いんだから。あんな頭のおかしい教師を平気で雇う様な、そんな店なんだから!!」
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