第49話

「さぁ、早く中に来いよ!!」      中沢はそう言いながら私達の方に近付こうとした。                 「一寸?!そんな事をしたら大声出すわよ?!」                中沢はそれでも前に一歩踏み出した。   「きゃあ、助けて〜!!誰か助けて〜!!」母が叫んだ。              「ちょっ、一寸、止めて下さいよ?!」  中沢が慌てた。女店員も慌てている。今岡も、悔しそうにイライラしながら様子を見ている。                 「リナ、あんたも叫びな!!」      私も呆気に取られて母を見ていた。    中沢はそのまま立ち止まって、又丁寧語になった。                 「どうしても来られないなら、警察を呼びますよ?」                「あなた、一体何なんですか?!」    「僕はこの階の責任者です。」      「そう?じゃあこのデパートは、何もして いなくても、お客を奥に連れて行くだとか、警察を呼ぶ訳ね?」           「何もされていない方に、そんな事はしません。」                 「じゃあ何もしていないんだから、もっと上の責任者を呼びなさいよ?」       「僕が此処では責任者ですから。」    「社長を呼びなさいよ!こんな事をするんだから。」                「今、此処にはいませんから。」     「じゃあ副社長だとか専務だとか、誰かしらがいるでしょう?まさか、あなたが此処全体の、この建物の責任者な訳がないでしょうから?!」                 返事が無い。              「だから、早くもっと偉い人を呼びなさいよ?!どうせ警察なんか呼んでも、何もして無いんだから!その時は一体どうする気よ?その時は大騒ぎして、問題にするわよ?社長にでも誰にでも言って、週刊誌にも言って、大騒ぎするから。良いわね?!」     中沢の顔が曇った。           「そうしたらあなたも、何ともなくなんかないから!責任を取らされるから。だからそれが分かって、言ってるんですか?」    中沢は少し考えていた。         「申し訳ありませんでした!!」     いきなりそう言うと、最敬礼した。    女店員と今岡が驚いてその様子を見る。  中沢は私達に最敬礼をしてからは顔色を伺いながら、又弁解がましく謝った。     「お客様、本当に申し訳ございません。  うちの従業員が,とんでもない事を言いまして…。」                 そして女店員と今岡に向かって怒鳴った。「おい、何やってるんだ?さっさと謝れ?!お詫びしろ。」             「だって…、中沢主任?」        「良いから早くお客様に謝るんだよ!早くしろよ〜?!」              「も、申し訳ございませんでした!」   女店員が急いで頭を下げた。       今岡は黙って私達を睨みつけている。   「一寸、あんたも謝りなさいよ?!」   女店員が慌てて促すが今岡は動じない。  「おい、何してる?早く謝らないか?!」 中沢が今岡に命令する。今岡は返事をしない。                  「おい、早くしろよ!!何してるんだ、  お前?!そんな態度してると辞めさせるぞ!!」                だが今岡は抵抗して、謝らない。     「お前、何だその態度は?!クビにするぞ?!そんな態度をしてると、お前なんかクビにするぞ、良いのか〜?!」      今岡はやっとまずいと思ったのか、動揺し始めた。そして小声で軽く、嫌そうに言った。「申し訳ございません。」        「何だ、その謝り方は?!もっと丁寧にお詫びをしないか?!」           中沢が又怒鳴った。           「申し訳ございませんでした。」      今岡が仕方無く、丁寧に頭を低く下げた。 そして顔を上げた時には、悔しさに引きつっていた。                この女は、本当に頭がおかしいのじゃないのか?私はまだうんと若かったから、改めてこの女の行動に驚き、恐怖を感じた。

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