第48話

「あの、この子は私とずっと一緒にいましたけど。」                 母が毅然として言った。         この中年の店員は、かなりベテランに見えた。ニコニコと愛想は良いのだが、絶対に引かない強情さが見えた。         「とにかくここではなんですから、奥へ来て頂けませんか?」            「嫌です!何もしていないのに、何でそんな事をしないといけないんですか?!」   母が呆れ反りながら返事をした。     「ですがこの者が、そちらのお嬢様が何かをポケットに入れたと断言していますから。何もされていないのなら、余計にハッキリした方が良いと思うのですが?」       母はこの時には今岡だと分かっていた。  「その方が何を言ったか知りませんが、私や娘は何もしていませんから、何処へも行きませんよ。」             「娘?」                「はい、私の娘は何もしていませんから。」「娘だなんて!嘘を言わないで下さい?!」「何がですか?嘘じゃありませんよ。私の娘です。」                「だって、顔が全然違うじゃないですかー?!」                「娘の父親はアメリカ人ですから。娘はアメリカとの混血ですから。だから別に嘘なんてつく必要はありませんけど?」      「…分かりました。じゃあ、とにかくこちらに一緒に来て下さい。荷物を調べさせて下さい!」                 「あの、その方が何をどう言ったか知りませんけど、その方はうちの娘が通っていた高校の教師ですよ。何で今此処で、そんな格好をして働いているのか知りませんが、うちの娘をとても嫌っていましたから。だから、何か因縁をつけたいんじゃないんですか?」  その時にスーツ姿の中年のサラリーマンが側に来た。年は、三十代だった。      「おい、どうしたんだ?」        「アッ、中沢さん!丁度良かった。」    この女店員が急いで訳を説明した。私が何かをポケットに入れて、それを今岡が見た。だから奥でポケットや荷物を調べたいのだが、私達が拒んでいると。          「お客様、一緒にこちらへ来て頂けますか?」                 この男が言った。            「嫌です!何もしていないのに、お宅ではそうしていきなりお客にそんな事を言うんですか?」                 「お願いします。何もされていないのでしたら、ハッキリされた方が良いと思いますが。」                 二人の押し問答が続いた。        私はまだこの時、物凄くお人好しで純情だった。誰からもよく純情だと言われていた。 自分で言うのも変だが、三十代後半位迄はそうだったと思う。水商売をしていた時も、割とそうだったと思う。四十代位から、何とか少しはお人好しプラス純情から卒業出来たみたいだが…。だからこの時、母にこう言った。                  「ママ、もうしつこいから、じゃあ中で調べてもらおうよ?そうしたら何も取っていないのが分かるんだから。」          母が叫んだ。              「リナちゃん、あんた馬鹿じゃないの?! そんな事をしたら、奥になんて連れて行かれたら、何をされるか分からないんだよ?それこそ、ポケットやハンドバッグに何も無きゃあ、服の中に隠しただなんて言われて、無理矢理に裸にされたりするかもしれないんだよ?!ならなきゃ絶対に此処から出さない、帰さないなんて言われて。そんな事になったら、あんたどうするのー?!」      「そんな事をしませんから!」      中沢という男が言った。         「分からないじゃないの?!こんな変な言い掛かりを、いきなりつけてくる様な所なんだから!!」               母はそう言うと私を見た。        「分かった?あんた、絶対に付いて行くんじゃないよ?!どんな事をしてでも抵抗するんだよ?ママもそうするから!」      「分かった!!」            冗談じゃない!確かにそうだ。これは電車内で痴漢をしたと言われてその次の駅で無理矢理に降ろされて、駅員を呼ぶだとか呼ばれた時は急いで逃げなければいけないと弁護士達が言うのと同じなのだ!!!       何故なら、していないからと正々堂々と立ち向かおう、濡れ衣を晴らそうだなんて思うと、逆に警察を呼ばれて連れて行かれて、結局は無理矢理に痴漢にされてしまうと言うのと同じ事なのだから?!         だから私達は粘り、絶対に屈しなかった。 そして、ついにこの男が叫んだ。     「おい、いい加減にしろよ?!早く来いよ、一緒に!!」              「見た、リナちゃん?恐いでしょう?!だから、付いて行ったら何をされるかナンテ分からないんだよ?!あんた一体何様なの?何よ、その態度?!」           母が私に、次にはこの男に言った。    この時には、私達を見ながら通る客もいた。中には、立ち止まって見る者もいた…。 

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