第30話
この学校には、牧師がいた。その矢野章先生は、40後半位だったろうか?細くて、髪は胡麻塩だ。 この人は朝の朝会の時に、イースターだとかクリスマスの時に、神やイエス・キリストの話をした。聖書の授業も此処にはあったから、それも教えていた。(もう一人のオバサン教師もいて、私のクラスはその人の方に習っていた。) この人が、樽辺に恐喝をされた。そして最後には、学校を辞めるはめになったのだ。 だが、次の職場も見つかり、何処か知り合いがいる教会を紹介してもらい、結果彼も喜んでそこへ行く。 本人が、体育館での最後の挨拶の時に皆の前で話して、嬉しそうだった。だから、良かったのだ!! 雨降って地固まる、と言うのか…。 でも、何故彼はそうした事になったのか? 実は、こうだ。 矢野先生は、学校の帰りに風俗店へ行った。昔はトルコ風呂と呼ばれていて、今はソープランドと呼ばれている店だ。彼はたまに利用していたらしい。 で、ある時そこから出て来た所を、偶然にも近くを通った樽辺に見られてしまったのだ!! 樽辺はたちどころに矢野先生に近付き、声をかけた。今、そこから出て来たんだろう?、と。可愛そうな矢野先生!! 樽辺はそれで、言ったのだ。学校に知らされたくなければ、これからは何でも自分の言う事を聞けと。そうしたら黙っている、それが交換条件だと。 それで仕方無く、矢野先生は樽辺に従う様になったと言う訳だ。何とも嫌な、卑劣な男だ、この樽辺とは!! それからは誰が見てもハッキリと分かる様に、矢野先生は樽辺の前では大人しくなった。 それは職員室の中でや、色々な時に起きた。樽辺は、矢野先生を自分の意見に従わせたり、味方にした。 矢野先生は、嫌でも味方をして、賛成しなければならなくなった。今迄は堂々としていたのが、丸で借りてきた猫の様になった。 私達生徒にも、何か急に今迄とは違い、大人しくて気弱になったのはハッキリと分かった。 一体どうしたのかと、不思議だった。 樽辺と話してるのをたまに廊下で見たりしても、何かビクビクしていて、気を使っていて、子分的な感じに見えたから。樽辺も嫌に強気で威張った風に見えた。 とにかく、いつ樽辺の気が変わり、又は自分の意見にちゃんとに従わなかった等と言われて、他の教師へ話されるかもしれない?! 又は校長に言付けられて、クビになるかもしれない?!そう思って、きっと毎日、落ち着かなかったのではないだろうか…。 そんな中、私は樽辺に職員室へ呼ばれた。 もう二年生になってからは古典を習っていない、他の教師に変わった。だが同じ学年のクラスの担任をしていたから、何か口実を付けては呼んだり、又は甘堂が叱っていると、飛び入り参加をする。 この時は夏で、職員室の中には樽辺と矢野先生しかいなかった。何故誰もいなかったのかはよく思い出せない。だがこの学校は、夏休み中でも何日か出席をしないといけない決まりがあった。 行って何をしていたのかは思い出せないが、大した事では無い。二時間位いて、夏休み中の行動に付いての注意だとかそんな事を言われた気がした。だから、旅行中だとか何とか理由を付けて、休む生徒も多かった。特に、家が遠い生徒は。 だが、私は近いから行った。行きたくなかったのは言うまでもないが、馬鹿真面目な母が無理矢理に行かせた。行かないと(もっと)睨まれるだとかを言って。 基本、母は他人には尽くすし尽くすのが大好きだが、私の事には無関心だったり、痛みや苦しみが分からない人だった。 小さな事だろうが、海外旅行に行き、ホテルに泊まっても、うっかりしているとバスルームにある大中小のタオルを全て自分で使用してしまい、フロントに言って又少し持って来てもらったりが何度かあった。一寸顔や手を拭いては新しいのを使う。私が使うのを忘れている、考えない。 お菓子を買っておくだとか、誰かに頂いたりすると、私が殆ど手を付けていなくても全てを知らない間に平らげる。海外で買ったり、割と高価な物でもそうだった。いつもではないのだが、残さないで独り占めする事が多い。又は祖母とだけ分ける事もある。 私が怒ると必ずこう言った。 「良いと思った。」、 「あんた、いらないのかと思ったから。」 何も良くないのに!!気を付けないと、年中そうだった。 休みの日に親戚が何人かで来て、私が晩御飯の支度をしておかずを作り、人数分を皿に持って置いて用意をして、一寸トイレに行くだとかでその場を離れて戻ると、一皿だけおかずが足りない。テーブルマナーはうるさいクセに、つまみ食いをする。そんな事もよくあった。 だから唐揚げとポテトサラダを盛った一人分の皿の唐揚げが、もし5個あったら2つ無いし、サラダも量が減っている。手で少し掴んで食べた様に無い。怒ると、又同じ様に言う。 「良いのかと思った。置いてあったんだから食べていいんでしょう?じゃなきゃ何で置くのよ?!」 要は美味しそうだから食べたかっただけだ。この様子に気付いた叔母が呆れて、そんなのは夕食用に作って用意をしているのが、見れば分かるだろうと言って叱ったが、ケロッとしていた。 又、お腹が空いてラーメンや焼きそばを一人で食べていたら大変だった!!毎回半分よこせと大騒ぎをして、やるまで怒り狂う。だから仕方ないから半分分けてやる。 少しだとケチ呼ばわりして、もっと貰う迄騒ぎ続ける!! 一度だけやらなかったら、怒り狂いながらマジックを持って来て、家にあった全てのラーメンの半分に名前を書いて、絶対にこれは食べるなと言った!これは自分の分だから食べたら承知しないと。 その時は又叔母もいて、何を馬鹿な事をしているんだ?!、子供がお腹が空いたから食べているのに、と叱られた。 そして、そんなにお腹が空いているのかと聞かれて、こう答えた。 「別に!只美味しそうだったから。」 こうした麺類での騒ぎは本当に何度もあった!最後には二階に持って行き、隠れてそれを食べた程だ!! そしてお菓子に関しては、私が小学校低学年の時からずっとこうした事はあった。 母は痩せていて少食だったが直ぐにお腹が空き、又甘い物に目が無かっからだ。だからこうした、家庭的な事や、食べ物の事になると、子供になった。 そうして馬鹿が付く程のお人好しだったし、肩書がある人間の言う事はすぐに信用した。信用して一度失敗しても、次には大丈夫だといつも思った。 そして、又馬鹿真面目な面もあったから、私は幼少から散々振り回され続けられたので、この学校でも助けはうんと遅くなる。 長くなったが、だから私は夏の暑いその日に学校にいて、樽辺に職員室へ呼ばれた。近くの席には矢野先生の机がある。 樽辺が私に聞いた。 「高木さん、あなたは処女ですか?」 前にも聞かれた質問だ。 「はい、そうです。」 「嘘でしょう?!そんなのは見れば、分かりますから。」 「だって本当です!」 「私に嘘を言っても無駄ですよ?何を見え透いた事を言っているんですか?!」 矢野先生は驚きながら、心配そうに様子を見ている。だが、口出しできない。 「だから、本当です。大体何でそんな質問をするんですか?何も関係無いのに!」 私は怒りながら答えた。 「ありますよ。凄く関係あります。」 「エーッ?!」 「良いですか?淫らな性行為なんかを、うちの生徒はしてはいけないんです。だけどあなたはしてるんでしょ?だから聞いてるんです。」 「私はそんな事、してません!!」 「だったら証拠を見せて下さい。」 「証拠?!」 「はい、じゃあ証拠を見せて下さい!」 「証拠って何ですか?!」 「そこで、裸になって見せて下さい。胸を見せて下さい。そうしたら分かりますから!」「エッ?!」 「どうしたんですか?あなた、処女なんでしょ?だったら身体を見せられるでしょう?早くブラウスを脱いで下さい?そして胸を見せて下さい!!」 「嫌です!!」 「何でですか?何故裸にならないんですか?」 「だって!そんな事できませんから。」 「何でできないんですか?」 「当たり前じゃないですか?!そんなの、恥ずかしいからです。」 「何故恥ずかしいんですか?」 「だって何で人の前で、こんな所でそんな事をしないといけないんですか?」 「大丈夫、私と矢野先生しかいませんから。だから、やったら良いでしょう?教師の私がそう言ってるんだから。」 この時、矢野先生を見た。凄く驚き、呆れながらも興奮している様に見えた。 「でも、嫌です。」 私は毅然と言った。 「私、もう帰りますから。」 「何?!まだ終わってないんだから!じゃあどうしても自分でできないなら、私達が手伝いますからね。」 意地悪く、嫌らしそうな顔をしながら言った。「?!」 急いで職員室のドアまでの距離を測った。無事に走り出られるかどうか?どうしよう?! 私が走れば、必ず追いかけて来る。矢野先生の他には今、誰もいない。 職員室から出る前に万が一腕を掴まれたりして捕まったら、無理矢理に引き込まれて終わりだ!!だからうっかり走って逃げられない! この樽辺、矢野先生、そして私がいる位置は職員室の中で一番奥で端の方だから。そうやって急いで考えていると、樽辺が言った。 「矢野先生、高木を押さえてください。私がブラウスを脱がせますから。」 矢野先生が物凄く驚きながら、困った顔をした。 「どうしたんですか、矢野先生?私が胸を調べますから。早く手伝って下さい!!」 矢野先生はまだ躊躇している。 「先生だって見たいでしょう?早くしないと、あの事を言いますよ?そうしたらどうなりますか?!良いんですか??」 矢野先生が仕方無しに椅子から立ち上がろうとした。私はその時に、瞬間的に考えた策を実行した。 私は、いきなり主の祈りを唱え始めた。大きな声で。 樽辺と矢野先生が驚きながら私を見る。 「一体何をやってるんですか?!」 樽辺が怒る。 「イエス様に助けを求めてるんです!助けて下さる様に!」 私は答えた。 矢野先生は又椅子に腰掛けながら、私を見つめた。 「何が助けだ?!良いですか、高木さん? 聖書にもちゃんとに書いてありますよ?主は悪い事をした人間を罰すると。神様はちゃんとに罰する時があると。」 「私は罰せられる事をしてません!裸にならなきゃいけない事なんてしてません!」 「嘘を言ってるでしょう?だから私が罰するんです。だから私があなたの裸を調べるんですよ。神様は罰しても良いと言われてるんですよ?ちゃんとに聖書に書いてあるんですよ?!」 矢野先生を見た。ムラムラと真っ赤な顔になっていく。凄く恐い顔だ!! 「そんな事、書いてません!何もしてないのに罰するなんて無いです!」 「あなた、ちゃんとに聖書を勉強してるんですかー?神様は人を罰して良いし、だから私が今、神様の代わりにあなたを罰するんですよ?神様はそれを許すんですから。だから私は今、あなたを罰するんですから。嘘つきのあなたを。」 「樽辺、いい加減にしろ~?!」 矢野先生が物凄い大声で怒鳴った。 「お前、何勝手な事言ってんだ?!いつ神がそんな事を言った?いつ、お前が代わりに罰して良いなんて言った?エッ、おい?!」 樽辺が驚きながら矢野先生を見た。 「矢野先生、何を怒ってるんですか?落ち着いて下さいよ?」 なだめる様に言う。だが矢野先生は収まらない。 「お前、一体何様のつもりだ?いつ神が、お前に罰する許可なんか与えたんだよ?!何を勝手な理屈言ってんだ?!」 樽辺も怒り顔になった。 「そうですか?分かりました。矢野先生がそうした態度なら、私もあの事を話さなければなりませんね。」 矢野先生が破れかぶれの様に言った。 「ああ、言えよ?そんなもん、勝手に言えよ。俺だって男なんだから、あんな所位行くよ!その何が悪いんだ?!何をお前に遠慮しなきゃならないんだよ?!」 「そうですかぁ…。では、分かりました。」 私は何が何だか分からずにその様子を見ていた。すると矢野先生が言った。 「高木、お前は早く帰れー!!」 「はい。失礼します。」 私は小声で言ってから、樽辺をチラッと見た。樽辺は物凄く嫌そうな顔をしながら、私を無視していた。 私は急いで職員室から出て、家路を急いだ。
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