第12話

「シンちゃん、何で笑ってるの?!」   驚いて小声で聞いたが、返事をしない。  「一寸、何が可笑しいの?!」      シンちゃんはまだクスクス笑っている。  雪子さんは気が付いているのだろうか?  まずい。私はチラッと雪子さんの方を見た。                  するシンちゃんが小さな声で言った。   「雪子さんはねー。」、「雪子さんは、泳ぐのも好きだよー。」             そう真似をしながら、又クスクスと笑い出した。私もつい下を向いて笑ってしまった、だが直ぐに笑うのを我慢した。       実は雪子さんは私と話す時に、自分を指す時には下の名前にさん付けをしたのだ。普段はそんな事をしていなかっただろう。だが私の母より一つ年上だから、親子位年が違う。だからわざとそんな風に自分をを呼んだのだろう。                  親が、「これ、ママのだからね。」、    「お母さんには嘘言わないでよ。」、だとかを子供に言ったりする。だが自分は他人だから、そうして自分の下の名前を言ったのだろう。 だがこれがシンちゃんには非常に面白かったのだ。              雪子さんも何となく気付いたみたいだ。少し嫌な顔をしている。           「シンちゃん、止めなよ!」       「だって〜。」              やっと笑うのを止めたが、凄く面白そうな顔をしている。              「さぁ、もう一回入ろうかー?」     雪子さんが言った。           「うん!行こう、雪子さん。」      私達は立ち上がった。雪子さんは足早に歩いて行き、プールに入ると泳ぎだした。   「早く、シンちゃんも泳ごう!」     シンちゃんが又笑い出した。そうしながら ゆっくりと歩いて来て、プールに入った。 しばらく泳いだり、水に浸かってから又上がり、少し又座ってのんびりしていると、雪子さんは気分が直ってきたみたいだ。相手は 何と言ってもまだ高校生だ。まだ子供だ。 そんな風に思ったのかもしれない。    「ねー、もうそろそろ帰らない?」    そう言って私を見てからシンちゃんの顔を 見た。                 「ねー、お腹空かない?何か食べようか? 皆んなが好きな物を、雪子さんが奢るから。何が食べたい?」            又シンちゃんが笑いそうな顔になったが、 今度は我慢した。            「ねー、何か食べるでしょう、シンちゃん?」                 雪子さんがシンちゃんに聞いた。     「はい。」               「じゃあ何にしようか?リナちゃん、何が良いの?」                「私は何でも良いよ。いつものお蕎麦屋さんで良いけど。」             「じゃあお蕎麦にしようか?」     「ピザ。ピザが良いです。」        シンちゃんが当たり前の様に言った。   「ピザ?」               雪子さんが言った。           「お蕎麦で良いよね、シンちゃん?」   私が言う。               「ピザ。お蕎麦を今、食べたくないから。」「じゃあ、そうしようか。どっかにあったよね?」                 雪子さんがそう言った。         私達はその辺りにあったイタリアンレストランを探して入り、ピザを注文した。確か大きなのを二つ注文して、それぞれが取って食べた。                  「美味しいね?」            雪子さんが言った。           「美味しい!」             「シンちゃんは?」           返事をしない。雪子さんが変な顔をする。「シンちゃん、美味しいよね?」     私が促す。               「エッ?あぁ、うん。」          そしてアッと言う間にピザはなくなった。 シンちゃんは物足りなさそうだ。     「もっと食べる?」           雪子さんが聞いた。           「私はもういい。」           「シンちゃんは?」           「はい、食べます。」           雪子さんが又注文した。サイズが二つ位あったと思うが、今度はさっきよりも小さなやつを。私と雪子さんは食べなかった。    シンちゃんは下を見ながら黙々と食べた。 そしてそれが無くなるとまだ足りないみたいで、不服そうな顔をしている。それで雪子 さんは又同じのを一つ注文して、シンちゃんはそれを平らげた。丸でため食いをしているみたいな勢いだった。          それでやっと満足した様なので、雪子さんが財布を出して、店員に合図をした。    店員が来て、雪子さんが大きなお札を出す。店員がそれを持って下がり、私達は座って 待った。店員がお釣りを持って来る間に私はお礼を言った。             「雪子さん、ご馳走様でした。」      シンちゃんは黙っている。        驚いて言った。             「シンちゃん、お礼を言ってよ?!」   「何で?」               「御馳走してくれたんだから。早く雪子さんにお礼を言ってよ!」          「だってそんな事してくれって、頼んでないから。」                「御馳走してくれたんだから、早く言ってよ!」                 怒り、呆れながら言うと、又同じ返事を  した。                 「だって私、そんな事一言も言ってないよ?なのに自分が勝手に奢るって言ったんだから。だから、食べてあげたんじゃないの?」「それでもちゃんとに自分は食べたんだから。なら、お礼を言うのが当たり前じゃないの?!」                「奢りたいから、食べてやったのに。なのに何でそんなお礼なんか言うのー?!」   「良いから早く言ってよ!!頼むから言ってよ!!」                雪子さんは呆れてこの様子を見ていたが、 言った。                「もう良いよー、リナちゃん。雪子さんが 勝手に、食べようって誘ったんだから。」 「御馳走様でした!!」         シンちゃんが叩きつける様に雪子さんに言った。そして雪子さんはお釣りを貰って、私達はその店を出た。            嘘みたいな話だが、本当だ。       もしかしたら、当時シンちゃんは他人に外で食事を御馳走になった事がなかったのかもしれない。友達の家で一緒に晩御飯を食べたりしても、只美味しいだとか言いながら話して、それで終わっていたのかもしれない。 子供の親も、自分の子供の友達だからいち いちうるさい事を言わない。だから、ああして反発したのかもしれない。       その日の夜に、案の定雪子さんから母へ電話がかかってきた。

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