第6話
シンちゃんと帰ると、私はいつも一緒にどこかに入り、何かを食べる。これは高校生なら当たり前の事だろう。 だが私は家が近い。歩いて通っていた。だから家に帰れば祖母が私のおやつを用意してある。だから別に学校の帰りに何かを食べなくてもかまわなかった。 だがシンちゃんと帰ると、必ず何かを食べないといけなかった。しかも私の通学路には飲食店が殆ど無かった。普通に店はあったのだが、それは布団屋や電気屋、酒屋だとか、あと昔はよくあった乾物屋だとかだった。一軒スナックもあり、あとはドアが曇りガラスで中がよく見えない、何となく怪しそうな古びた喫茶店もあったが。だからその喫茶店には、私達は入りたくなかった。 只、家の割と近くには蕎麦屋一軒とラーメン屋がニ軒あった。それで私とシンちゃんはその片方のラーメン屋に入った。多分合計で三、四回は行ったと思う。 此処はお婆さん二人がやっていた。多分姉妹だったのかもしれない。いつ行ってもお客がいないか、いても一人か二人位だった。私達はいつもラーメンを注文した。 そして確か二度目に行った時だと思うが、食べている最中にいきなりシンちゃんが騒ぎ出したのだ。 「アッ、嫌だ〜!!!!」 「どうしたの?!」 「嫌だぁ、気持悪い!!」 「何なの??」 「毛!!髪の毛が入ってる。」 「エッ、どこ?!」 「ここ!ほら、ここにあるの。」 「アッ、本当だ。」 「うわぁ、気持悪い!!」 シンちゃんは物凄いしかめ面をしてから、自分のラーメンを睨み付けた。その器の中には、黒い髪の毛が一本、シナチクに絡み付いていた。パッと見は余り分からないが、確かにそこには髪の毛があった。 私は恐くなった。こういう場合、自分のには入っていない事を願う。入っていたらどうしよう?! 急いで自分のラーメンを注意深く調べる。箸で下から麺をすくったり、シナチクやナルトだとかの、入っている具も入念にチェックする。 あぁ、良かった〜!!私のほうは、大丈夫だった。ホッとした。 シンちゃんは大声でカウンターの中にいたお婆さん達を呼んだ。 「すみません!」 大して広い店ではなかったが、二人の年寄はこちらに背を向けながら話をしていて中々気付かない。他に客は誰もいなかったが、二人は何度呼んでもまだ気付かない。シンちゃんはそれでもしつこく呼んだ。 やっと片方が気付いた。何なの?、という顔をしてこっちを見る。 「あの、こっちに来てもらえますか?」 二人が驚いている。 「なあに?どうしたの?」 片方が聞いた。 「ここに髪の毛が入ってるんです!!」 「エーッ?!」 「早くこっちに来てください!」 シンちゃんがイライラしながら呼び付ける。片方が面倒臭そうにしながら出て来て、テーブルの横に立つ。そしてシンちゃんのラーメンを見下ろす。 「ほら、ここ!!」 得意そうにシンちゃんはそのシナチクを指さす。 「エーッ、どこ〜?」 お婆さんには分からない様だ。年寄りだからよく見えないのだろう。 もう一人も、側に来た。 「髪の毛?!」 嘘だろう?!、みたいな顔をしている。このお婆さんにも見えない様で、エプロンのポケットから老眼鏡を出してかけた。そして又器の中を覗き見る。 「アッ、本当だ?!」 「これ、取り替えて下さい!!」 二人は一瞬、困った様な嫌な顔をした。 「早く取り替えて下さい!!」 「分かった。ごめんね。」 片方が返事をして、二人はカウンター内にそのラーメンを持って戻った。 少しするとお婆さんがラーメンを運んで来た。 「やっと来たよ。」 シンちゃんが言った。 だがラーメンが来る迄の間、シンちゃんはイライラしながら待った。だから私も箸が余り進まなくなった。自分だけが食べていると八つ当たりされるかもしれないと思う程、彼女はシナチクに髪の毛が付いていた事と、だから中断されて新しいのが来るまで食べられない事に腹を立てていたからだ。 お婆さんがシンちゃんの前に新しいラーメンを置いた。 「はい、お待たせしました。今度は大丈夫だから。」 そう言いながらシンちゃんを悪そうに見る。だがシンちゃんは知らんぷりだ。 運ばれて来たラーメンにはいやに沢山シナチクが入っていた。するとお婆さんが続けた。「さっきは本当に悪かったね。だから、サービスでシナチクを沢山入れておいたから。」シンちゃんは相変わらず何も言わない。だが、嫌そうな顔をしてラーメンを見る。 「わぁ、良いなぁ!良かったね?」 私はシナチクが割と好きだった。するとお婆さんは私を見た。そしてカウンターへ戻ると、箸と大きなタッパの容器を持って戻って来た。その中にはシナチクが沢山入っていた。そして私のラーメンの中にもシナチクを沢山入れてくれた。礼を言うとニコニコしながら戻って行った。 私は又ラーメンを、もう遠慮しないで普通に食べ始めた。だが前に座っているシンちゃんを見て驚いて箸が止まった。 「一寸シンちゃん、何してるの?!」 シンちゃんはテーブルの奥に、調味料と一緒に置いてある、よくああした飲食店にある銀色の灰皿の中にシナチクをはじから入れていたのだ。 「何って、シナチクを捨ててるんだけど。」 「何で?!」 「だって気持悪いもん!!」 「だって、もう毛なんて入ってないでしょ?!」 「だからって一回入ってたんだよ!だったら同じ容器に入ってたんだから、これもあれも!なら、そんな気持悪い物なんて私は食べられないから。」 「だけど…、何か悪いジャン。」 「何言ってるの?!悪いのは、お客にあんな髪の毛が付いたシナチクなんか入れて出すほうだよ。」 「だけど、別に悪気があった訳じゃないんだし。」 「じゃあリナは自分がやられても平気でそんな事が言えるの?絶対に怒らない?」 「それは嫌だけどさー。」 「ねっ、そうでしょう?だったら私が怒って、気持悪いから出すのも分かるよね?しかも、あんなババァの髪の毛なんて!!」 「でも見られたらまずいって。」 「何で?リナって本当に気が小さいね。」 シンちゃんは私を馬鹿にした目付きで見た。「でもさぁ。」 「じゃあリナは自分のはちゃんとに食べれば?私はリナのを捨ててるんじゃないんだよ。自分のが嫌だからやってるの。なら、これは私が自分でお金を払う物なんだよ。私のラーメンなの。なら私が自分の物を何したって、どんな食べ方をしたって良いでしょ?リナには関係無いんだから。」 「もし見て何か言われたら嫌だからさ。そんな事して!」 「大丈夫。その時には私がハッキリと言うから。あんな変な物をお客に出すんだから、だからもう気持悪くて、もう同じ、そんなシナチクなんか食べられないからって。お金を取るくせに、なら始めっからちゃんとした物を出せって。」 「そう、分かったよ。」 私は灰皿に盛ったシナチクがカウンター内から見え辛い様に、幾つかあった調味料を灰皿の前に並べた。 「何してるの?!」 「こうしてれば見えないから。とにかく嫌だからさ、何か言ってこなくても睨まれたりとかするの。」 「フ〜ン。そんな事気にしなくても良いのに。」 シンちゃんは又馬鹿にして、私を笑った。 食べ終えてから、会計の為にレジでお金を出していると、もう片方のお婆さんが器を下げに行きながら灰皿に気付いて、独り言を言ってるのが聞こえた。 「あら?何なの、これ?!」 私達が扉を開けて出る時に、チラッと振り返って見たら、こちらを睨み付けていた。 私はもう此処へは食べに行くのを止めようとシンちゃんに強く言った。だが、味は別に不味くないし客がいつもいない。いても一人か二人位で、きっとその時間帯のせいだろう。恐らく昼時にはもっと入っていたのだろう。だから、注文すると割と早く出て来た。 だからシンちゃんはそこへ行きたがった。なので、私達は又そこへ食べに行ったのだが…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます