第二章10 『死二神』

 龍神百合との接点を手にしたのち、流榎は札幌駅に来ていた。

 

「三人か……」

 

 条件が五万と女三人の要求とのこと。

 三人の方はどうとでもなる。

 

 札駅周辺を歩く、数多の女性に目を向け、候補を絞っていく。

 年代。

 性格。

 その他諸々。

 

 年代は大きくわけて三つ。

 大学生以上。

 高校生。

 中学生。

 

「大学生以上と高校生はなしだな」

 

 そこそこ判断能力も備わっていて、さらに今後繋がる機会があるかもしれない。

 となると、判断能力が低く、さらに何かの被害にあっても警察に届ける勇気のない、中学生が最も適していると言える。

 

「中三くらいなら、大丈夫だろ」

 

 だが、流榎の素顔をさらさなければいけないのは高リスクだ。

 最悪、全て中断するのもアリだ。

 手付金で何万か払えばなんとかなるだろう。

 金なら湯水のように貢がせることが可能なのだから。

 

「ねね」

 

 流榎はある一人の女子中学生に目をつけ、話しかける。

 女子中学生は振り向き、少しおどおどとしている。

 余裕だな。

 

「これ、じゃがりこ。キミのでしょ?」

「……い、いえ、ち、ちがいますけど?」

「いや、落としてたよ? ポケットからじゃかりこ、ね?」

 

 単純なじゃがりこによるナンパ。

 捻るのが面倒だったので、定石で行かせてもらう。

 

「ほ、本当に違います……」

「そんな嘘ついて〜。じゃがりこ美味しいもんね。ボクも、好きだよ」

 

 わざと間を開ける。

 視線で女子の目を射抜き、徐々に距離を詰める。

 

「……あ、え、えっと……」

「じゃがりこ、好き? 嫌いなら、ボクもう行くね」

 

 女子は逡巡したのち、「好きです」とボソッと呟いた。

 

「よし! それなら良かったよ。期間限定のあるからさ、一緒に買いに………………」

 

 なんだ?

 体が、震えている。

 小刻みに、規則的に、不規則的に、プルプルと痙攣している。

 もちろん、流榎の体だ。

 

 女子は、突如体を硬くした流榎を見て首を傾げている。

 

 体が、戦慄しているのか? 

 恐怖なんて感じない。

 畏怖なんて知らない。

 じゃあ……これは……。

 

「生存……本能……か……?」

 

 ツムギや東峰を可愛いと思ったり、美人だと思う程度の、生物としての本能は備わっている。

 その流榎の生存本能が叫んでいる。

 武者震いじゃない。

 死を忌避しようとする、生物としての性。

 

 途端、目の前の女子中学生が背後から抱きしめられた。

 それは、青年だった。

 

 真っ白な髪。

 その毛先は青。

 黒い瞳。

 全身を包み込む、装束のような白いコート。

 

「――キミ、オモチャにされちゃうところだったよ? しかも、彼じゃなくて、ブサイクの」

 

 青年は女子の耳元で、甘美な声を発した。

 

「お……まえ……は……」

 

「――流榎。調子はどうだい? 復讐の」

 

 誰だ、こいつは。

 流榎はこの青年を見たことがない。

 顔も知らない。

 

「……なに、を……」

 

「ああ、ごめんね邪魔して。でも、キミは都合のいい女を三人も用意しなければならなかったもんね。そのためにこの子を選んだんでしょ? 顔は可愛いけど、人見知りやさんで、さらに気弱だ。うんうん。頃合の子だ。でも、流榎。キミが女を三人用意する必要はなくなったよ」

 

 全てを見透かされている。

 まるで、手のひらの上で踊らされているような。

 

「――さっきの四人組なら、ボクが殺した。なんというかさ、女の子に手をあげようとしてたんだよね? それはさ、少し看過できないよね。自分がブサイクだからって、女を暴力でしか従わせることができないブス。ボクはそういう男を、嫌いになりたいんだ」

 

 青年は続ける。

 

「それにこの子、けっこうタイプかもしれない。連絡先だけ教えてあげるよ」

 

 青年は女子の額に自分の額をくっつけた。

 

「あ……え……ぇ?」

 

 女子は一瞬錯乱したが、すぐに正気を取り戻し、何事も無かったかのように去っていった。

 

「――さあ、少し話をしよう。ロクオンジ・ルカ」

 

「……まず、お前は、誰だ」

 

 青年は顎を触り、斜め上を見て「んー」と考えた。

 

「そうだね。これから使うのもあるし、やっぱこうした方が都合がいい。あと、三週間もないし」

 

 青年は薄笑いを顔に貼り付けながら、

 

「――死神。って名乗っておこうかな」

 

「……本名を答えろ」

 

「それは――」

 

 青年――死神は、瞬きのうちに流榎の手前まで移動していた。

 

「まだ、教えられないなぁ」

 

 顔はほんの数センチしか離れていない。

 周囲から注目を浴びるのは不可避だ。

 

「――キミは、どこまで知っているんだい?」

「なにを――」

 

 話を呑み込めない流榎の態度に、「あー」と死神は頭の裏をかいた。

 

「器については?」

 

 すると、死神は「なるほど」と呟き、

 

「知らないか。ふむふむ」

 

 まだ答えてすらいない。

 流榎は無表情のはず。

 こいつはいったい……。

 

「レオノア。並びに不死身については」

 

「これも知らないか」

 

 先程と同様、死神の質問に死神が答える形だ。

 まるで一人で話しているようだ。

 自己完結してしまっている。

 

「――異世界については?」

 

「ま、当然そうなるよね」

 

「じゃあ、『ワンハンドレッド』について」

 

「知らないか。なるほどね」

 

「姉さんは?」

 

「片想いかぁ。なるほどなるほど」

 

「林檎について」

 

「林檎も知らないかぁ」

 

 すると納得したのか、死神は満足げに屈託のある笑みを浮かべた。

 

「なるほど。りょーかいりょーかい。ま、また会おうよ。そう遠くないうちにね。鹿苑寺流榎」

 

「ま、まて――」

 

 死神は小首を傾げ、片頬だけで笑いながら、またもや流榎よりも先に声を出した。

 

「――ボクは、キミの天敵――いや、キミの息子の天敵かもね。19年後に戦おう。――――・ルキ」

 

 消えた。

 蒸発したみたいに、消えた。

 雪が溶けてしまったみたいに、褪せた。

 最初から死神なんて存在しなかったと世界が主張するように、断言するように、色あせた。

 

 気づくと、体の震えは収まっていた。


 最後に死神が残した名前。

 その苗字は、流榎と同じ高校の女子のものだった。

 

 ――帰って、テレビのニュースを見ると、身元不明の遺体が四人分、札幌で見つかったそうだ。

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