第二章7 『新学期』
「……東峰紫苑です。人とは話したくないので、話しかけないでください。その点だけはよろしくお願いします」
クラスの自己紹介。
東峰は出席番号が一番なので、トップバッターなのだが、あまりにひどい自己紹介だった。
「お、お、翁、か、草恋で、です。え、えっと、ひ、人と話すのはに、苦手なのですが、な、仲良くしていただければ、嬉しいです。よ、よろしくお願いします……」
草恋も吃りながらではあったが、懸命に自己紹介をした。
「久米明彦です。仲良くしてください。よろしくお願いします」
――こいつは、次の次のターゲットだ。
「慈照寺紬です! 気軽にツムギって呼んでください! 皆と仲良くしたいです! よろしくお願いします!」
元気はつらつにツムギも自己紹介を終える。
男子はツムギの美貌に見惚れ、頬を赤らめている。龍神はそれが面白くないようだ。
ツムギは席に戻る時、一瞬だけ流榎を見てから頬を染め、すぐに目を逸らした。
――まさかな……。
「涼森蘭だよぉ。えっとね、留年しちゃったんだよね。えへへ。だからキミらよりは一つ年上かな? 『白き君影草』なんて異名も付けてもらってまぁす。えっとぉ、大好物はイケメンでぇす。このクラスだと、龍神くんと、鹿苑寺くんがすごいタイプかな。よろしくねっ?」
まさか留年してたとは。
花美の影響だろうか?
だが、それにしては背負う物が軽そうにも見える。
まあ、今はいいだろう。
流榎は、主に『使える女』と『使えない女』の仕分けをしていた。
「須和徹です。絵を描くのが好きです。よろしくお願いします」
――四番目のターゲットだ。
「龍神蓮です。よろしく」
女子の方から歓喜の声が上がったが、龍神は無愛想に無視した。
ツムギ以外興味ないってことか。
「……中野芽衣です。よろしくお願いします……」
まだ和倉の件を引きずってるらしい。
その絶望した表情、たまらないな。
今なら傷心に漬け込んで、中野芽衣を落とすことも可能かもしれないが、ここで無闇に近づくのはあまり得策とは言えない。
「萩田希です。家が貧乏なので、バイトなどで忙しく、あまり遊ぶ時間を取ることはできませんが、仲良くしてください。よろしくお願いします」
――次のターゲットだ。
母子家庭だが、成績の優秀さを買われ、黒東高校に授業料全額免除で入学。
成績の優秀さは今も健在で、龍神、ツムギ、東峰と並ぶ秀才だ。
――あと、数ヶ月後で全て壊れるが。
「鹿苑寺流榎と言います。自分から話しかけるのはあまり得意では無いですが、人と話すのは大好きです。ですので、積極的に話しかけてくれたら嬉しいです。男女問わず構いません。よろしくお願いします」
晴れやかな笑みを見せながら、主に女子に語りかけるように自己紹介。
中には既に顔を赤くしている女子もいる。
やはり顔のアドバンテージとは大きいものだ。
和倉実は入院中のため、一人欠けた状態で新学期が始まった。
※
放課後、クラスメイトは四等分になっていた。
慈照寺紬を囲む男子のグループ。
翁草恋を囲む男子のグループ。
龍神蓮を囲む女子のグループ。
そして、鹿苑寺流榎を囲む女子のグループだ。
東峰も最初は話しかけられていたが、全て無視していたため、今は周りに誰もいない。
中野芽衣も憂鬱とした雰囲気を醸し出していたため、無闇に近づこうと思う人はいなかった。
涼森蘭は「イケメン以外興味ない」と言い、教室の中央で品定めをしている。
「ねねね、ルカくんって彼女いるの?」
「いないよ」
「部活はー?」
「入ってないよ」
「趣味は〜?」
「んー、読書と音楽鑑賞かな」
「でもさぁ、こんなにかっこいいのに、一年生のときは存在すら知らなかったよ〜。ほんとびっくりだよね」
「まあ、あまり人と話すのは得意じゃなかったからね」
――おかしい。
クラスの女子は一通り目を通したが、明らかにおかしい。
それは、全員顔が整っていること。
慈照寺や東峰と比べればはるかに劣るものの、普通のクラスならクラスのトップを担うほどの逸材だらけだ。
黒東高校は男女ともに端正な容姿の生徒が揃っていると有名だが、これは明らかに異質だ。
流榎の去年所属していたクラスでも、ここまでの偏りはなかったはず。
――だが、その分、得たアドバンテージは大きい。
美女を簡単に手駒にできる状況というのは、流榎にとってはあまりに芳しい。
「ねぇ、ルカくんって好きな人いるの?」
「そうだな……」
数秒で頭を回転させたのち、
「――いるかもね」
女子から悲鳴が上がった。
なぜ女子はこうも声が甲高いのだろうか。
鬱陶しい。
ふと、隣のグループを見ると、龍神は女子の質問をほとんど無視しているようだった。
それでもハエのように女子が集っているのを見れば、龍神蓮という男の器の凄さは一目瞭然である。
・高身長。
・容姿端麗。
・頭脳明晰。
・政治家の御曹司。
・スポーツ万能。
いくら顔が整っているからといっても、流榎と龍神には越えられない壁が存在する。
――だが、あの態度を見る限り、女子をこちらに靡かせることは可能だろう。
全てを駒として、一日一日。一手一手。着々と、龍神の懐に忍び寄り、寝首を噛みちぎる。
龍神に対する計画は、三年生になってからだろうが、もう準備は始めなければならない。
慈照寺紬。そして、龍神百合。
全て壊してやる。
恨みなんてない。
恨むために、流榎は龍神を壊すのだ。
――僕に、恨ませてくれ。そして、僕を恨め、龍神蓮。
※
「カレンちゃん。彼氏は?」
「い、いないです……」
「趣味は?」
「ど、読書と、ど、ドーナツです……」
「趣味ドーナツって可愛いかよ!!」
翁草恋は全身が震えていた。
屈強な男子に囲まれ、誰も助けてくれない現状。
隙間から遠くを見ると、ルカが女子に囲まれている。
――私も、いけたらな……。
「はいはい、どいたどいたぁ」
突如、男子の郡勢を割って入る人が現れた。
その人は――、
「す、涼森さん?」
「蘭でいいよぉ? 同学年だしぃ」
涼森蘭は、カレンの手首を握り、
「いいこと教えてあげる」
そのままカレンを連れ去った。
※
「お、奢ってもらって、す、すみません……」
「いいのいいのぉ。強引に連れ出したわけだしぃ」
カレンと涼森は、近くのファーストフード店に寄っていた。
「で、お、教えてあげるって、な、なにをですか……?」
「ああ、そうだったねぇ」
すると、涼森はスマホの液晶をカレンに見せた。
「る、ルーくん!」
そう、そこには女子に囲まれるルカが写っていたのだ。
和気藹々と女子と話している。
「――キミ、彼のこと、好きなんでしょ?」
カレンの心が抉られた。
矢で射抜かれたように、肺が潰されたように、呼吸の仕方すら分からない。
「わかりやすぅ。でも、コレ見たら分かるよね。彼、モテるじゃん? 取られちゃうよ?」
そもそも無謀なことだ。
あのルカがカレンなんかを選ぶはずがない。
自分に自信もなく、顔も体もツムギには及ばない。
さらに2年5組の女子は皆可愛い。
勝てるわけが無い。
「――勝てるよ」
「え?」
「――無謀じゃないし。選ばれるかもしれないし。キミは可愛いし。2年5組の中でもキミは優れた方だし。勝てる可能性は大いにあるよ?」
心中を見透かされていた。
涼森は、妖艶な悪女のような笑みを浮かべ、上品にストローを噛む。
「でもね、あんまりゆっくりしてたら取られちゃう。物凄い強敵が二人もいるからね。この学校には」
「強敵?」
「そ。ルカくんを落としちゃうかもしれない強敵。それが二人も」
誰だろうか。
草恋には皆目見当もつかない。
「わかんない、って顔してるね。大丈夫。数ヵ月後にはわかるようになるよぉ。だぁかぁらぁ、練習しよっか」
「れ、練習?」
「うん。男の子を落とすための練習」
涼森はいやらしくストローを舌で舐めた。
女のカレンでもドキドキしてしまうような動作だった。
「教えてあげるよぉ」
「な、なにをするんですか……?」
涼森は、萌え袖で半分隠れた人差し指を唇に添え、
「ぎゃ・く・な・ん」
妖艶に微笑んだ。
「男遊びしちゃお?」
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