第一章幕間 『白より白い少女』
――雪って何で溶けるんだろう。
――雪って何で美しいんだろう。
――雪って何で冷たいんだろう。
――雪って何で綺麗なんだろう。
――――私は何でこんなに白いんだろう。
※
空を覆う雲は、淡々と雪を落とす。雪は風に揺られることなく、そのまま重力に身を任せ、地表へと落ちていく。落ちた雪は地面に積もった雪と一体化し、どれが今落ちた雪なのかは区別がつかない。そんな雪の層も通行人によって踏まれ、黄褐色の足跡をその身に刻まれる。
――白くなかったら汚れることなんて無いのかな。
ふと、また空を見上げると、雲と雲の間に陽の光が垣間見える。太陽こそ見えないが、細い線のような日光は確かに地表に届いている。雲という存在に遮られながらも何故、太陽は陽を照らし続けるのか。それは、雪を焦がして溶けさせる為なのではないか。そんな風にも感じてしまう。
――白くなかったら焦がされることなんて無いのかな。
地面に積もった雪を見つめていると、その白く美しい雪に触れてみたいと思った。
地面に手を伸ばし、雪を掴もうとするが、全く届かない。それどころか転んでしまいそうだ。だから、地面にある雪ではなく、数メートル先に高い位置まで積もっている雪を触れようと思う。それなら自分でも触れられるだろう。
そして、ハンドリムを握り、前方に回す。
雪がギシギシと車輪に踏まれる音が聞こえるが、それは仕方の無いことだ。
ゆっくりと回して、回して、回して、回して――
止める。
すぐ前には雪が私の顔の高さを超えるくらいまで積もっている。どこを見渡しても透き通った白で先程の地面のような汚れや跡なんて見当たらない。
そんな美しくも儚い雪の山の一部を私は掴む。
雪を掴んだ手を私の方に向けると、雪が指の隙間から、サラサラと落ちていく。
こんなにサラサラしていては、雪玉なんて作れそうにない。だから、きっと小学生は今日は不機嫌だろう。
手のひらに僅かに残った雪を両目で見つめる。しかし、少しぼやけて見えてしまう。
それも仕方の無いことだ。
雪を乗せた手のひらが徐々に冷えてくるのを感じた。指先から冷えが血流に乗るように伝導されてくる。その冷えに負け、指の内側を通る血液が呻くように、ジンジンと指先に冷えた痛みが来る。
手のひらを見ると、雪よりも白い肌の上に雪が乗っていた。しかし、その肌も次第に赤くなっていき、雪の方が圧倒的に純白になるという倒錯が起きた。
そして、手のひらに乗った雪を全て落として前を向くと、目の前の小さな雪の山には、小さく穴が空いている。それは、私が雪を掴む時に空いてしまった穴だ。指の形が僅かに残っている雪の穴を見つめながら、私のしてしまったことに気付く。
ただそこで積もっていただけの雪山に小さな穴を空けてしまったのだ。それは、他人から見れば、小さな穴かもしれない。些末なことで何の取り留めもない一つの日常だ。
だが、空けられた本人からしてみれば、それこそ内臓を抉り出されたような生命を脅かされる程に大きな穴に違いない。
神秘的な芸術とも思えたまっさらな雪の山は、実際に小さくも大きい穴をその身に刻まれてしまったのだ。
だが、私も掴みたかったのだ。美しい物は触ってみたいし、むしろ美しいと思われて触ったのだから、感謝して欲しいくらいだ。
――私も雪だったら、美しいと思われたのかな。
何の考えも無く、来た道を振り向いた。
車椅子を操作して振り向くのは億劫だったので、首だけを回転させ、必死に後ろを振り向く。だが、こう見えても私は人間なので、首を百八十度回転させることなどできない。
だから、体を頑張って回転させ、ようやく後ろを振り向くことができた。
後ろを振り向くと、二本の線がうねうねとした蛇のように自分の足元まで続いている。
その線も所々は、何者かの足跡を刻まれ、途切れ途切れになっていた。
時計を見ると、午後二時十五分を時計の針が差している。
そして、今度は私が乗っている車椅子を九十度回転させる。
二本の線が続いている方ではない別の場所を見る為にだ。そこに目を向けると、大きな噴水のような物が目に入った。噴水とは言っても、本来、水が溜まるべき場所は雪しかない。汚れも足跡も何も無い平坦な雪の層。
その噴水から湧き出る水の受け皿である場所の形に合わせて、雪が積もっている。
――私も雪になれたら、よかったのにな。
ふと、視界が急に変わった。
数メートル目の前の場所には、噴水しか無かったはず。なのに、急に何かが佇んでいる。
『それ』は、移動してきたものでは無い。
前後左右から私の視界に入ってきたものなら、確実に気付くだろう。
――違う、『それ』は最初からそこにいた。
私のぼやけた視界が映すのは、雪と正反対の真っ黒な服装。『それ』には手と足と胴と頭が付いている。顔と思わしき物の中心付近からは、二点の赤い光が見える。
『それ』は、人だ。だが、人と言ってもいいのだろうか。私から見れば人だとは到底思えない。
なぜなら、何も無いから。
確かに四肢は付いているし、頭もあるし、服も着ている。でも、何も無い。それは虚無だ。何も無さすぎて、その存在に気付くのに時間を要した。
まるで私の映し鏡のように見える。
――段々と『それ』が近付いてくる。
私のぼやけた視界が像を正確に結び始め、刻一刻と近付いてくる毎に実像が明瞭に見える。だが、『それ』は、虚像に見えた。
実像と言う名の虚像。
無いのだ。何も、なにも。
――急に『それ』は止まった。
私は周りを見渡す。すると、あろう事か私の位置は先程よりも大分噴水に近付いていた。
刹那、理解した。近付いていたのは『それ』ではなく、『私』だと。
見れば分かる。何故なら、握っていなかったはずのハンドリムを私は両手で握っている。振り返ることはしないが、恐らく二本の線が後方に続いているだろう。
そして、私は前を向いた。
前を向き、距離にして三メートルに満たない『それ』を見上げる。
『それ』は、人間だ。男か女かは瞬時に判断はできなかった。理由は、雪のように白い肌を持ち合わせ、目鼻口は整い、女の子のような顔をしていたからだ。
では、何故男と分かったかと言うと、服装が男だったからだ。端的に言い過ぎなのかもしれないが、よく見れば男なのは理解出来る。
空を覆う雲は愚か、辺りに佇む雪ですら顔負けなほどに白い肌。その肌には汚れ一つ見えず、傷一つすら見えない。人形と言われれば、そのまま信じてしまいそうなほどだ。
目は、虹彩と瞳孔が赤く、少し澱んだ赤にも見えた為、赫が彩られているように見える。その瞳の奥には、血で汚れた無情さや卑劣さ、冷酷さが宿っている。それらが赫に見える要因なのかもしれない。
髪も長めで前髪は目にかかってもおかしくないくらいだ。髪の毛先に近付くほど、より濃い赤色に染められているため、グラデーションされているように見える。
『それ』は、驚くべきことに三色で表すことができる。
その三色は、白と黒と赤だ。
――『それ』の白は雪と一体化するほど白い。
――『それ』の黒は雪を漆黒に誘うほど黒い。
――『それ』の赤は雪を鮮血に彩るほど赤い。
そんな『それ』を私は見上げながら、黙り込んでいた。
私から見れば、『それ』の背景で降り注ぐ雪達はあまりにも哀れだった。哀れで憐れで烏滸がましい限りだ。
あんなに綺麗で美しくて、溶けたり冷たいことですら儚さを感じ、感慨深いと思っていた雪達は全て融雪――いや、蒸発してしまった。雪解け水すらも全て淘汰されてしまう位なのだ。それほどまでに『それ』の存在は圧倒的である。『それ』を見た後に、背後の雪を見たら、お遊戯会に使う人工の雪にしか見えない。
そんな神秘的な存在である『それ』は何も無かった。まるで雪解けの後のように、まるで風船が破裂した後のように、何も無いのだ。あるのは肉体という器だけ。これは虚ろだ。ここまでの無を感じたことは私には無い。最早恐怖すら感じない。感じるのはただ、憐れみだけ。先程の雪達のような憐れみを私は目の前の『それ』に感じていた。
――だが、到底及ばない。『白より白い』私には足元にも届かない。
『それ』は、あくまで『白』だ。
私は違う。私は『白』より『白い』のだ。私の色を表すとしたら、『白』では無い。かと言って透明でもない。そうなれば、私の色を表現する方法は、『白より白い』しか無いだろう。
紙より白く、雲より白く、雪より白い。
――それが私だ。
そんなことを考えている最中も私と『それ』は目を合わせ続ける。
まるで因果があるかのように、まるで運命であるかのように、私と『それ』は見つめ合う。
車椅子に座る私と『それ』はかなり身長差がある。だが、三メートルの距離感が、私が『それ』を見上げる労力を減らしてくれる。
――私は『それ』を見つめる。希望であるかのように、依存するように、痛みを分かち合うように。
『分かち合う痛みなんて何処にも無いのにね』
私の痛みを『それ』と分かちあったとしても、それは一方的なものだ。『それ』が嫌がるとかでは無く、その痛みは『それ』に届いた時に消滅する。
そもそも私に痛みなんてあるのだろうか。多分答えは否だ。痛みなんてもう無い。私を支えてくれる人達。私を庇護してくれる家族。私を好きだと、大事だと言ってくれる友達。それらが居ながら、私は痛みを感じています、助けてください、なんて誰が言えるだろうか。
――私は言えない。
『その救けが鎖になっているのにね』
人は誰かを助ける。救けるんだ人を。
友人だったり、家族だったり、知らない人だったり、恋人だったり、恩師だったり、好きな人だったり、――『親友』だったり。
でも、それは全部建前なんだ。建前、詭弁、欺瞞、妄言、枉惑なんだ。
じゃあ、誰を助ける為だって?
――自分だよ。
自分って言うのは、助けようとする本人の話。
誰かを助ける――救けるっていうのは、その誰かをタスケル為じゃないんだ。
――自分をタスケル為なんだ。
罪悪感、正義感、偽善、周りの目……色々と理由はあるけれど、それは全部自分の為なんだ。相手の気持ちを伺うのも、相手の気持ちを汲むのも、理解するのも、同情するのも、全部自分の為。
だから、結局救われるのは、『自分』。私が救われたと錯覚して、『自分』が救われるんだよ。
そうして満足する。相手が救われた、『自分』が救ったんだ、と満足してしまう。その満足を私は壊すことが出来ると思いますか? 私はできません。だから、鎖なんだ、それは。
そうして、私は『それ』を見つめる。
時が止まっているように、動じず、『それ』の瞳の奥を覗き見するように、視線を送る。
見つめて、見つめて、見つめて――――
「――名前は」
声が聞こえた。その声は目の前の『それ』が発した声だ。生きた人間が発するとは思えない程に冷えきり、活力を感じられない雪のような声音。
だが、耳に障らない透き通った美声だ。まるで『それ』の口に浄水器のような物があるかのように汚れひとつない美声。決して男らしさを感じるような低音ではなく、好青年が出すような音だが、その中には落ち着きを孕んだ低音も居座っている。
何も分からない人は『それ』の声を一生聞いていたいと思ってしまうだろう。
――だが、私はそうは思わない。
空っぽなのだ。まるで、突然小説の文字が視界から消え、目の前に空白が広がってしまうような喪失感であり、居るのに居ない存在。その存在は矛盾であり、だが、整合性も保たれているのだ。
そんな支離滅裂な存在である『それ』が私の名前を聞いてきた。突然のことなので、理解に時間がかかったが、別に困惑するほどの事じゃない。
むしろいきなり近付いた私の方がよっぽど可笑しい。
だから、
「
私は苗字と名前に少し間を開けて言った。下の名前を言うのを少し躊躇ったからだ。
何故なら大層な名前だから。白雪なんて美少女が付けないと馬鹿にされてしまうだろう。
だが、私は馬鹿にされたことは無かった。それは、私の見た目がそれを言うことを封じたのだろう。
――でも、私は白雪姫にはなれない。
私は白雪姫になり損ねた、ただ『白より白い』だけの女なのだから。
「――――」
『それ』は何も答えない。口も体も微塵も動かす気配は無く、先程の会話は幻かのように振る舞う。
「名前……聞いてもいい?」
私は沈黙が怖かった。怯えていたのだ。
沈黙の間に私のことを考えていたらどうしよう。沈黙の間に私の容姿のことを考えていたらどうしよう。そんな思考に蝕まれた結果、私は名前を聞いた。
興味などなかった。ただの成り行きだ。
すると、『それ』は綺麗な唇を開き、
「鹿苑寺、流榎」
『それ』も中々に大層な名前だ。ルカなど美青年にしか似合わない名前だろう。
だが、『それ』もまた馬鹿にされたことがないのは私には分かる。『それ』は、その名前に相応しいくらいの、逆に名前が負けてしまうほどの素質を持っているからだ。
「――――」
そして私は何も答えない。『それ』がそうしたように私は答える必要が無いと感じたからだ。
だから、今はただ黙っているだけでいい。
黙って見ているだけだ。まだ目を合わせ始めてから数十秒しか経っていないだろう。それほど違和感など無いはずだ。だから、大丈夫。
「――――」
『それ』は何も言わずに横を振り向き、動き出す。身振り手振りで別れの合図を出すことも無く、それが何の変哲もないことのように、『それ』は私の向かって左を向いて歩き出した。
それを止めるように私は、
「……私のこと見て、どう思った?」
困らせるような質問を繰り出した。
純粋に気になるのだ。だが、答えなど分かっている。
『白い』『可愛い』『綺麗』『普通? だよ』
とかだ。きっと、きっと。
だけど、気になる。私は気になった。
例えそれが私を落胆させる答えでも、僅かな希望に縋ってしまうのだ。
だから、私は聞いた。その答えが何であろうと。
「――何も思わない。君はただの狂ったやつだよ。僕と同じ、世間の普通から掛け離れた、異常なやつだ」
顔を半分だけ見せるように振り向きながら、『それ』は答えた。
その返答は私の予想の全てを外れたものだった。
容姿を褒めるか、逆に貶すか、それともそれを普通と言うか、の三択しか私の頭には無かった。
それが覆された。驚くのも当然だろう。
だが、恐らく今の『それ』の言葉を、私の『カゾク』や『シンユウ』が聞いたら、怒り狂うに違いない。
『なんて事を! この子だってこうなりたくて生まれてきたわけじゃない! 謝って! しかも、異常なんかじゃない! こんなに可愛いじゃない!』
『最低! 白雪は可愛いし、綺麗でしょ! こんなに白いじゃない! これは生まれ持った才能よ! それを貶すなんてどうかしてる! お前の方が異常よ!』
こんなことを吐かすに違いない。
『異常だって言ってるのはあなた達なのにね』
『それ』の言葉はそんな意味を含んでいないのは私には分かる。『それ』は私の外見ではなく、中身に言ったのだ、私と『それ』の共通点でもあろう所を。
だが、それを履き違えて、『カゾク』や『シンユウ』は怒り狂うのだ。
ちゃんちゃらおかしな話だよ。
どちらが貶してるって言ったらあなた方だと言ってやりたい。
その発言をするということは、遠回しに『私』のことを異常だと言っているようなものだから。直接的表現に怒るのなら分かる。でも、きっとこんな曖昧な『それ』の言葉でも怒って、怒鳴って、叫び出すだろう。
――『私』の為に。『私』を思って。『私』を守りたいから。
私は、それを詭弁だと言っている。
守りたいのはあくまでも『自分』でしかない。本当に護りたいのは『自分』の気持ちだ。特別扱いを嫌がる私に特別扱いをしてどうするんだ。だから、それは欺瞞である。
気付くと、『それ』は数メートル先を歩いていた。ポケットに手を突っ込みながら、何も無い心で体を動かしている『それ』。
まるで乳児が立って歩き始めるような感動が私の中に現れてしまう。
何も無い『それ』。空っぽな『それ』。
――だが、やるべき事はある『それ』。
私は『それ』の弱々しくも逞しく、孤独で空っぽな背中を見ていると、そんな使命感を負っているように見えたのだ。
何もやるべき事などない私と比べてしまうのだ。私という存在の価値や意味を考えてしまう。
何も無い。そんなのは。何も無いんだ。
「――らゆき? ……白雪?」
右側から声が聞こえた。女の声だ。
その方に目を向けると一人の女がすぐ側に居た。その女は、カチューシャを頭に付けて前髪を上げている為おでこが丸見えであり、ボブと言われる髪型をしている活発な少女――
「柚葉?」
「うん。遅くなってごめんね。どうしたの? 白雪ボーっとしてたけどさ。てか、あのイケメンなに? ナンパでもされたの?」
柚葉は十メートル程先を歩く、『それ』――鹿苑寺 流榎を指差しながら、私に聞いてきた。
「いいや、なんでもないよ」
私は話を説明するのが面倒だったから、答えるのは止めておいた。
時計を見ると、午後二時二十分を過ぎていた。
「そうなの? でも、あいつはやめた方がいいよ。危ない匂いする」
柚葉は悪党でも見るかのような目を『それ』――流榎に向けている。
「そう? まぁそうなのかもね」
「うん。白雪可愛いから狙われるからね。しかも……」
笑顔で言葉を紡いでいた柚葉の顔に曇りが押し寄せた。更に柚葉は言葉を途中で止めてしまう。
「どうしたの?」
「いや、そのさ、車椅子……だからさ……抵抗しづらいでしょ……」
俯きながら、ゆっくりと小さな声で述べる柚葉。申し訳ない気持ちで一杯なのが見て取れる。
「……気にしないで。しょうがないよ、事故だったんだもの。それに柚葉じゃなくて良かったよ。私の足なんて大したことないし」
「――そんな事ない!」
庇うように諭していた私の言葉を柚葉は途中で遮るように叫んだ。
柚葉の顔は、それはなんとまぁ悲惨なもので、まるで親友が死んだ時のような泣きそうな顔をしていた。
「ご、ごめん……いきなり大きい声で。ごめんね……でも、私が白雪を支えるから、絶対。だから、頼ってね」
震えて裏返りそうになる声を必死に絞り出す柚葉を宥めるように私は柚葉の背中を摩る。
私と目線の高さを同じにする為に、しゃがみこんでいる柚葉を何故か車椅子の私が宥めるという場面は普通は逆であるはずだろう。しかも内容は、私の足が動かないことに関しての話だ。それで、柚葉が泣き出しそうで私が慰めているという立ち位置だ。
甚だおかしな話である。
『支えるから』『頼ってね』
確かに嬉しいお言葉だ。柚葉の言葉には嘘偽りは含まれていない。毎朝、私を迎えに来て、毎朝、私の車椅子を押してくれて、毎日、私と仲良くしてくれて、毎日、学校でのお世話をしてくれる。結果が伴っているから、それが欺瞞だなどと私は言えない。しかも私はとても柚葉に感謝している。
柚葉が居なければ、学校生活などとても苦しいものに違いない。それに私と高校まで合わせてくれた。今年の四月から通う黒東高校は、柚葉が私に合わせてくれたのだ。
――だが、それが私の足枷になっている。
そんな二つの言葉が成す意味は私にとっては全く別の意味なのだ。
そんなことを言われてしまっては、もう頼らざるを得ない。この立場にある者の気持ちなど考えたことがあるのだろうか。多分ないだろう。皆、この立場にある者には、その障害に対しての気遣いしかしない。
――違う。そんなものでは無い。
私が一番辛いのは、そうやって特別扱いされて、更に気を遣われることだ。それが辛いのだ。そのような待遇を受ける度に、自分は普通では無く、『自分』ですら無く、ただのお荷物だと実感してしまう。
だけれども柚葉は大事な親友だ。傷つけたくはない。
だから、私が選べる言葉は一つしかなくて、
「うん。ありがとうね。頼らせてもらうけれど、辛くなったら言ってね」
「辛くなんてならない! 白雪と一緒は楽しいし、しかも、なんせ……私のせいだし」
そうやって柚葉は自分を責め込むのだ。確かにあの事故は柚葉を庇って私が被害にあった形だ。でも、私だって柚葉を庇いたくて庇ったのだ。そんなに柚葉が自責の念に呑まれていると、私がした行動を否定されたような気がする。足を不自由にしてまで、救った友達にすら、その行動を否定される気持ちが誰に分かるだろうか。きっと誰にも分からないだろう。
――だって、私にすら分からないのだから。
考えても無駄だ、この世のことも、私の価値も、親友の気持ちも。全ては考えるだけ無駄、期待するだけ無駄。そんなことは誰にも分からないし、誰にも分かって貰えない。
そうして封じこんでいたら、いつの間にか、
――私の心は、消えていた。
「ねぇ、柚葉」
「ん?」
「突然で御免なさいなんだけれど、私のこと見て、どう思う?」
「とても綺麗で真っ白で可愛いけど、普通の女の子だよ!」
僅かに目から零れ落ちた涙を拭うような仕草を見せながら、柚葉は笑顔で私に言う。
そんな可愛らしい笑顔を宿した柚葉に向かって私は、
「君だけだよ。私のことを分かってくれるのは」
私の言葉を聞いた柚葉は、一瞬驚きの表情を作るが、すぐさま満面の笑みを作った。
――だが、私がその言葉を発した時に見ている方向は、柚葉の方ではなく、遠く小さくなった『それ』の背中だった。
そんな事に柚葉は気付かずに私を抱き締める。
その抱擁は非常に強いものだった。とっても強くて、とっても温かくて、とっても優しいもの。
――でも、私の心には届かない。
――目の前で抱きついてくる『シンユウ』がいながら、『白より白い少女』の瞳に映るのは、何も無い空っぽで自分と似ている、遠く小さくなった『それ』の背中だった。
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