第343話 歪んだ好意
突然の、俺の女にしてやる発言。
頭は大丈夫かしら?
「あぁ、恐怖で頭がおかしくなったんですね。」
納得だ。
哀れみの目が相馬凪に向く。
「何だ?嬉しくて、何の言葉も出ないのか?」
はい?
何を言っているのかしら、この男は。
「はは、そうだよね、勇者である俺に乞われて喜ばないはずがないものな。分かるぞ、その気持ち。」
1人、納得し出す始末。
理解が出来ん。
「安心しろ、お前以外にも妻が出来るだろうが、ちゃんと可愛がってやる。」
自分の身体に寒けが走る。
気持ちが悪い。
「・・いえ、結構なので、失礼します。」
無意識に離れようとする私に眉間に皺を寄せる相馬凪。
「お前、勇者の俺に逆らうつもりか!?」
「・・行こう、皆んな。」
ディオンの腕を取り、立ちはだかる相馬凪の隣をすり抜けるように歩き出す。
が、それを相馬凪が許さない。
「っっ、待てよ!」
私の腕を掴もうとする相馬凪の手から身体をずらして躱す。
「気安く私の身体に触らないでくれます?触れて良いのは、家族と私の旦那様だけなので。」
ディオンに身体にぴったり身を寄せて、相馬凪へ冷ややかな目を向ける。
「っっ、この勇者である俺の相手が出来る事が嬉しくないのか!?勇者である俺に乞われているんだから、光栄な事だろう!!?」
「いえ、全く嬉しくありませんが。」
即答。
相馬凪と話しているだけで、吐き気がする。
その男のものになる?
「しかも、この様な場所で言う事ですか?心から、お断りです。」
あり得ないわ。
そんな理由で、貴方の事はお呼びではないので。
「どうぞ、私以外の方をお好きに勇者様はお誘いくださいませ。」
「・・後悔、するなよ?」
憎々しげに私の事を睨んだ後に背を向ける相馬凪へ婉然と微笑む。
「ふふ、大丈夫、後悔するのは貴方の方だから。」
楽しい幕が開くのは、あと少し。
この茶番も、もう少しの我慢だと思えば堪えられる。
「あの男、頭がイカれた様ですね。」
「ディア様、今すぐ息の根を止めて来てもいいですか?」
「あら、ディオン、私もお手伝いするわ。」
「「まずは、話せない様に舌を切り落とすの!」」
が、殺気立つ皆んな。
剣呑な眼差しを、離れて行く相馬凪へと向けている。
「うん、落ち着こう?」
ようやく、苦労して、ここまで漕ぎ着けたんだよ?
その苦労をぶち壊さないで欲しいんだけど。
「お願いだから、もう少しだけ堪えて?今のも、私にとっては使える材料になったんだからさ。」
どうにか皆んなの事を宥め、ルイドの依頼でマキアの死体を氷漬けにした私達は、皆で30階層の転移装置の元へと向かう。
その転移措置で外へ出る予定だ。
行きと同じように先頭を皇国の兵達で固め、中に勇者一行、後方を私達パーティーとルイドが歩く。
「ーーー俺は、皇王様のご期待に添えなかった。」
私達と一緒に歩くルイドが落ち込む。
「あら、ルイドさん、それはないんではないですか?こうして、魔族を倒した実績を勇者様方に与えられた事を、逆に皇王様は喜ばれるのでは?」
「だが、その代償として勇者様方の士気が下がってしまったんだぞ?何人にも、もう迷宮には入りたくないし、戦いたくもないと言われてしまったしな。」
「そこは仕方ないですよ。彼等も人間ですから。」
恐怖心は、皆が持っているもの。
それを乗り越え、先に進むかは本人次第。
「きっと、勇者様方の事は、皇王様が良い方へ導いてくださいますよ。」
「そう、だな。」
ルイドの顔に、ようやく笑みが戻る。
そのまま私達一行は何事もなく30階層へたどり着き、転移装置を使い迷宮の外へと飛ぶ。
迷宮の外へ出た瞬間、何人もの口から安堵の息が出る。
疲れた身体を引きづり、私達は城へと向かう。
「良く戻った、勇者様方。」
城へたどり着いた私達を、勇者一行の帰還を聞いた皇王が出迎える。
魔族討伐の事を聞いたのか、その笑顔が輝く。
「此度の魔族討伐、誠に心から喜ばしい事です。さすがは、勇者様達ですな。」
その笑顔が、気遣わしげなものに変わる。
「勇者様方の華々しい活躍の話を聞きたい所ですが、お疲れの事でしょう。どうか、今日の所はゆっくりお部屋でお休みください。」
休むように促す皇王にほっとした空気が、その場に流れる。
「皇王様、少し良いか?」
が、皇王の元に歩み寄る相馬凪がその緩んだ空気を壊す。
「・・?いかがした、勇者様。」
「1人、告発したい人間がいるんだよ。この場で、その者を断罪して欲しい。」
「ほう?して、勇者様が告発したい者は誰です?」
「この女です!ディアレンシア・ソウルは勇者である俺の事を侮辱すると言う不敬を犯したんだ!!」」
私を指差す相馬凪。
「勇者である俺に楯突くは、神をも愚弄する事。」
その口元が歪む。
「すなわち、ディアレンシア・ソウルは神敵なのです!」
この場に響き渡るような声で相馬凪が宣言した。
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