第311話 閑話:サフィアの恋、そして増悪(前編)

サフィアside



何も知らず、私の大事な人を奪おうとする女、アディライトの事が嫌いだった。

左右の目の色が違う不気味な子。

しかも、その可愛い容姿に似合わず、アディライトには物騒な忌み名があった。



『厄災の魔女』



と言う、不吉な忌み名が。

そんなアディライトの事を彼は何かと構い、世話を焼いていた。



「アディライト、おかずが多くなりすぎたからお裾分けだ。良かったら食べてくれ。」

「ありがとう、トム。いただくわ。」



何でなの?

私は、トム、貴方の事が好きなのに。

心が軋む。



「・・ねぇ、トム?」

「ん?どうしたサフィア?」

「最近、皆んながアディライトの事を怖がっているの。ほら、あの子の周りで不幸が続くでしょう?」



アディライトの周りでは、不幸が起きる。

いつからか、囁かれる真実。

本当の事であるから、誰もがアディライトの事を怖がり、そばに寄り付かなくなっていった。



「・・そう、だな。何とかしたいけど、サフィア、アディライトと仲良くしてやってな?」

「もちろんよ、私達は幼馴染だもの。ずっと仲良くするわ。」



それが、トムの望みでしょう?



「あぁ、2人は幼馴染で親友だもんな?」

「・・親友?」

「うん?」

「何でもないわ。気にしないで。」



私がアディライトと親友?

馬鹿を言わないで。

トムが気にしているから、幼馴染として側にいるだけなんだから。



「知ってた?あんたを親友なんて思った事なんてないから。」



だから、切り捨てた。

この街から追い出される『厄災の魔女』の、アディライトの事を。

傷付いた表情を浮かべるアディライトに笑う。



「あんた邪魔なの。消えて?」



これで邪魔者のアディライトは消えて、トムは私だけのものになる。

あとは簡単。

私を溺愛する両親に頼み、トムを手に入れるのだ。



「サフィアさんがトムのお嫁さんになってくれるなんて、とっても嬉しいわ。」

「本当、こんな美人さんが嫁になるんて、感謝するんだぞ、トム?」



豪商の一人娘。

その地位と、溺愛する両親の力で無事にトムの婚約者になる事に成功する。

あとは幸せになるだけ。



「なぁ、サフィア、アディライトは幸せにやってるかな?」



そのはずだった。

なのに、トムの中にはアディライトがいる。

消えない忌々しい存在。



「ーーっっ、アディライトの事なんて、どうでも良いじゃない!?」



どうして?

なんで私の事だけ見てくれないの?

不満が降り積もる。



「サフィア、どうしたんだよ?アディライトは俺達の幼馴染で、サフィアの親友だろう?」



・・あぁ、そうか。

トムは何一つとして、私の事を分かっていないのだ。

好きなのも私だけ。

豪商の一人娘の私を、両親に言われて婚約者にしただけなのだと痛感させられる。



「っっ、こんなに好きなのに。」



憎いわ。

アディライト、あんたの事が。



「貴方の事、ずっと探していたのよ?一体、誰と話してーーー」



でも、2度と会う事はない。

自分に言い聞かせ、舞手に選ばれた年にアディライトは帰ってきた。

私達の前に。



「なっ、アディライト、何であんたがここにいるのよ!!?」



私の幸せを奪いにきたのか。

目の前が真っ赤になる様な怒りに突き動かされ、アディライトに詰め寄る。



「っっ、ちょっと、馴れ馴れしくトムに近付かないでよ、『厄災の魔女』!もうトムは、私のものなんだから!」



許さない。

私のトムを誘惑する事は。



「アディライト、トムはもう私の婚約者よ!だから色目を使わないでちょうだい!!」



近付かないで。

あんたは私を不幸にする『厄災の魔女』なんだから。



「サフィア、何か誤解がある様だから、場所を変えてはっきりさせましょう。その方が貴方も良いんじゃない?」



誤解?

すまし顔で誤解だと言うアディライトを睨む。



「っっ、良いわ、望むところよ!」

「おい、サフィア!」

「少しトムは黙ってて!これは、私とアディライトの問題なの!」



トムを黙らせ、アディライトと歩き出す。

はっきりさせてやる。

もうトムは私のもので、アディライトがしゃしゃりでる余地はないと。



「サフィア、この際だからはっきり言うけど、昔はトムにたくさん親切にしてもらって感謝はしているけど、私が彼に好意を向けた事は一度もないわ。」



あれほど分かりやすいトムの好意に気づきもせず、自分は何とも思った事がない?

ふつふつと怒りが湧く。



「分かってくれたかしたかしら、サフィア?」

「・・・。」

「分かってくれたなら、もういいかしら?サフィア、貴方の変な言いがかりで私だけではなく、主人であるディア様にもご迷惑がかかったのよ?」



は?



「・・ご主人?」



聞けば、今のアディライトは奴隷の身なのだとか。

笑いが込み上げる。



「さすがは、『厄災の魔女』ね!奴隷なんて、アディライト、あんたにぴったりじゃないの!」



周りを不幸にするからバチが当たったのだ。

ざむぁみろ。

奴隷の身に落ちたアディライトに優越感に浸る。



「サフィア!」



そんな私を責めるトム。



「・・っっ、何よ、だって本当の事でしょう?なのに、何でトムは昔から、そうやってアディライトの事を庇うの!?」

「だって、アディライトは俺達の幼馴染みたいなもんだろ?庇うのは当然じゃないか。」

「婚約者の私よりもアディライトの事を庇うの?本当なら、トムはアディライトではなく婚約者である私の事を庇うのが本当じゃないの?」

「そうかもしれないけど、アディライトに何もそんな風に言う事はないだろ?親友だったじゃないか。」

「親友?ふふ、私が誰と?」

「サフィア?」

「トムって本当、何も分かってないよね?私の事なんか、ちっとも見てくれてないもの。」



今でもアディライトの事が好きなんでしょう?

『厄災の魔女』の事が。



「何故かアディライトだけには優しいのよ、トムは。昔からそう、トムはアディライトにだけ優しかった!」



私の事を見てくれた?

トムの心の中にいるのは誰?



「ねぇ、私達、もうすぐ結婚するんだよ?アディライトなんて忘れて私の事だけ見てよ!」



私じゃダメなの?

アディライトよりも、トムを好きなのは私だよ?



「っっ、分るよ、ずっと見てたトムが誰を好きなのか。」



分かるよ。

ずっと、トムの事を見てきたんだから。



「どうして、いつまでも私は貴方の一番になれないの?」



貴方の中から消えない存在。

私と何が違うの?

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