第296話 閑話:アレンの想い

アレンside




もしも今、一つだけ願いが叶うと言うのなら。



「きっと、僕はーーー」



目を瞑る。

瞼の裏に思い浮かぶのは、たった1人の女性。

家族でもなく。



「ーーーディアレンシア嬢。」



貴方の事だけだった。

初めて、こんなにも手に入れたいと強く思った人。

好きで。

胸を焦がすぐらい苦しい程に彼女の事を僕が思っていても、この恋は絶対に叶わないと知っていた。

だって、僕は王の血を引くこの国、ルーベルン国の第三王子なのだから。



「ディアレンシア嬢、私は貴方が好きです。」



それでも、貴方の事を欲した。



「アレン王子、私の為にご自分の大事な国を、家族を全てを捨てれますか?」



冷たく笑う彼女に、言葉を失う。

彼女は分かっていた。



「いつか、アレン王子殿下は、私より家族を、この国を選ぶ時が来るでしょう。」



今の僕では、彼女の思いに答えられないと。

強く唇を噛む。

この国の王族としての僕は、彼女の事を1番には出来ない。

だって僕が身を捧げるのは、この国にだから。



「この国の為に、他国から、自国から高貴なご令嬢第2、第3の妻として娶る必要が出てくるかもしれません。」



あり得る事だろう。

僕の中に流れる王家の血。

この血を絶えさせること事無く、時代へ繋いでいく事。

それが王家に生まれた王子や王女の責務。



「私以外の者を捨てれない貴方様では、一生、この心を捧げる事はないでしょう。」



だからこそ、今のままでは永遠に手に入る事のない彼女。

どうして、僕は王子なんだ?

自分の生まれだけは、どうしたって変える事は出来ない。



「ーーー・・父上、もしも僕が王族の籍から抜けたいと言えば、反対なされますか?」

「・・ソウル嬢の為に、か?」



突然に切り出した僕に父上は一瞬だけ眉を上げた後、その表情を消す。

この人は、父の前に王なのだ。

息子可愛さに、この国の王として甘い判断は下さない。



「ソウル嬢との結婚の為に王家から籍を抜くなど反対するに決まっている。お前はこの国の王子なのだぞ?」



のし掛かる、王子と言う重圧。



「アレン、ソウル嬢の事は、諦めろ。精霊王様達にも言われただろう?」



父上に言われ、俯く。

分かっている。



『私達は、ディアちゃんの幸せを何よりも望んでいるの。』

『もし、この国がディアちゃんの幸せを奪うつもりなら容赦はしない。』



国の為にディアレンシア嬢を王家に取り込もうと欲を出せば、精霊王様達が黙っているはずがなく、父上としては無理な婚姻などせず、友好な関係を結べれば良いと考えている事は。

全ては、この国の為。

冒険者としてだけではなく、精霊王様にも愛されるディアレンシア嬢を国から出ていかせない為に無理強いはしないのだと。



「・・それでも、」



ーーー僕は彼女の事が好きなのです、父上。

言葉に出来ない思い。

最後まで言えず、俯いて口を噤む。



「アレン?」

「お忙しい父上を煩わせて、申し訳ありませんでした。」

「いや、」



まだ何か言いたそうな父上から目を逸らし、僕は背を向ける。

ひっそりと胸に咲いた華。



「・・・父上、それでも僕はーーー」



彼女の事を諦められない。



『アレン王子、私の為にご自分の大事な国を、家族を全てを捨てれますか?』



家族を捨てる。

国も、この手の中にある全ての何もかも。



「ーーーっっ、」



・・・あぁ、僕は出来てしまう。

顔が歪む。

何て、僕は薄情なんだろうか?



「・・父上、母親、っっ、兄上、ミンティシア、」



両手で自分の顔を覆う。

すみません。

僕は王子としての責務や貴方達家族より、大切な人が出来てしまいました。



『ですが、アレン王子殿下?ふふ、こう見えて私は、とても貪欲な女ですの。』



ーーーディアレンシア嬢、それは貴方だけじゃありません。

僕も、貪欲です。

貴方の事を手に入れる為に、家族を、この国を僕は捨てようとしているのだから。

悩んで、迷って。



「本日は、ディアレンシア嬢にお願いがあって来ました。」



僕が決断したのは、1ヶ月も後。

直系の王族だけが知る城の秘密の抜け道を使い、ひっそりと王宮から出て来た僕は、ディアレンシア嬢の屋敷へと1人で向かった。



「お願い、ですか。何でしょう?」



不思議そうに首を傾げるディアレンシア嬢の目の前に、躊躇なく僕は跪く。



「ーーー僕を、殺して下さい。」



乞い願う。

罪深き、この願いを。



「ーーー良いわ、いらっしゃい、私の。」



ディア様が、僕へ手を差し伸べた。

・・・あぁ、なんて幸せな事なんだろうか?

胸の中に歓喜が広がる。



「アレン、早く私だけのものになりなさい。」



歓喜する僕の頬を撫でる細い指。

僕はもう、この人のもの。

この身体も、心さえ。



「ーーー・・私の為に、死んで?」

「喜んで!」



満面の笑みで、僕は頷いた。

一ヶ月後、ある訃報が国から発表される。

ーーーールーベルン国第三王子である僕が亡くなった、と。

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