第275話 ゲスナンへの罠

ゲスナンの一番の屈辱とは何か、考えてみる。

ルミアに負ける事?



「ーーいいえ、ルミアに会えなくなる事よ。」



あの男の弱点。

もっとも触れられたくないもの。



「っっ、あぁ、してやるさ!!おら、これで良いだろ!?」



ルミアが差し出した契約書とペンを奪い取り、しっかりと内容に目を通したゲスナンは、乱暴にサインすると突き返してくる。



「えぇ、ちゃんと、サインされていますね。ありがとうございます。」



ーー思惑通り、動いてくれて。

ルミアが微笑んだ。



「ディア様、お呼びでしょうか?」



遡る事、一日前

大会前日、私はルミアの事を自分の部屋へ呼んでいた。

ある打診の為に。



「ルミア、貴方に1つお願いがあるのだけど。」

「・・?ディア様が私にお願い、ですか?」



ルミアが首を傾げる。



「そう、私の為に、ルミア、自分自身をゲスナンへ賭けの対象へできる?」

「!?」



見開かれる、ルミアの瞳。



「っっ、それは、あの男のものになるような賭けにする、と言う意味ですか?」

「そうよ。もしも賭けに負ければ、ゲスナンはルミアの身を得ようとするでしょうね。」



あの男は、ルミアへ執着している。

妨害が不可能であれば、大会の優勝の賭けを提案する恐れがある。

こちらを、侮っているのだから。



「でも、ルミアが嫌だというなら、この話は無かった事にしてくれて良いわ。」

「いえ、構いません。どうぞ、私をお使い下さい。」

「良いの?」

「もちろんです。私は、ディア様を信じて、いえ、心から敬愛しているのですから。」

「ーーありがとう。」



なら、ルミアのその信頼に応えなくては。



「ディア様、私はどうしたらよろしいのですか?」

「まず、ゲスナンを怒らせてくれる?」



怒りほど、人の冷静さと思考を鈍らせるものはない。

正常な判断など、出来なくなるだろう。



「なるほど、あの男を怒らせて、こちらの罠に嵌めるのですね?」

「ふふ、気が付いた時には、もう手遅れ。自分の失態を知った時、一体、ゲスナンはどうするのかしら?」



くすくすと笑う。



「その為に、ルミアを今回の賭けの対象にしたいの。賭けの内容は、大会の勝者って所でどうかしら?」

「かしこまりました。ディア様のご期待に沿えるよう、努めます。」



ルミアが頭を下げる。



「あら、ルミアに不安はないの?」

「ディア様のお力を授かった私に、何の不安もありません。」



不敵に、ルミアが微笑む。



「でも、あちらはベテランよ?優勝ができないかもしれないわよ?」

「ですから、そこに勝機があるのです。」

「・・?どう言う事?」



首を捻る。



「あの男は、これまで培ってきた自分に自信があるのでしょう。しかし、そこがあの男の限界なのです。」

「限界?」

「新しいものを作り出す勇気、それが、あの男にはありません。しかも、私の事を侮っているので、今回の大会へ出ても優勝はできないと判断するでしょう。」



ルミアが鼻を鳴らす。



「あの男が勝つ事はありえないと?」

「絶対に、あの男は工房の名声とお金で集めた鉱石などで、無難に今まで作ってきた物の少しだけ性能を上げただけの武器、防具を作る事でしょうし、トウカが負けるとは思えません。」

「他の職人のアイディアが採用される事は?」

「それも、ありえませんね。あのプライドだけ高い男が他の職人が出したアイディアを、採用するはずがありませんから。」

「ふむ、」



良く、そんなんで上に立てたものだ。

驚いてしまう。



「では、ゲスナンは無難な物を作り勝負すると?」

「間違いなくそうでしょう。あの工房が衰退するのも遠い未来ではないと、私は考えています。」



こくりとルミアは頷く。



「あの男は腕は悪くないそうですが、プライドが邪魔をして、それ以上の高みへ挑戦する事はないでしょうね。」

「へえ、ルミアがゲスナンを褒めるなんて驚きだわ。」

「・・あの男の作るものは、嫌いではありませんから。」



気まずそうに、ルミアが視線を逸らす。

ゲスナンの物作りの腕は、ルミアも認めるほど、と。



「なら、ゲスナンは絶対に自分がルミアに負けるとは思ってないわね。」

「逆に、私を手に入れられる良い機会だと思うのでは?」

「あり得そうね。」



それなら、私の計画は簡単に行きそう。



「ルミア、賭けを持ちかけるのは、ゲスナンからにしてくれる?決して、自分から言い出さない様に。」

「なぜです?」

「ルミアがいきなり賭けを持ちかけるのは不審だからよ。ゲスナンに少しの不信感も抱かせてはいけないわ。」



あくまで、賭けを持ちかけるのは、相手から。

こちらは受けるだけ。



「分かりました、上手くあの男を誘導してみます。」

「期待しているわ。」



こうして、ゲスナンへの計画は進む。

本人の知らぬ間に。

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