第211話 玩具

今にも倒れそうな、ぼろぼろのディオンの父親。

見たところ魔力量の残りも少ない。

ディオンが冷笑を浮かべた。



「助ける?私に関係のない者を助ける必要はありませんよ、ディア様。」



父親に向けるディオンの目は冷たい。



「本当の息子の手で安らかに眠れるなら、あの者も本望なのでは?」

「あらあら、ふふふ、お父様ったらお可哀想に、自分の事を助けられる力を持った息子であるディオンにも見捨てられてしまったのね。」



自業自得では、あるが。

だが、私のお仕置きの前にお父様と弟くんに消えられたら少し困るのよね?

ディオンの気持ちも分かるが、どうしたものか。



「ひっ、長!?」

「まさか、長へ攻撃されているのは、ご子息のマスクル様、なのか・・?」

「なぜ、マスクル様が!?」

「これでは、我々は迂闊に長を助ける為に手が出せないではないか!」

「しかし、マスクル様の様子が可笑しく見える。」



上がる悲鳴や困惑。

長であるお父様の相手が次期跡取りの弟くんであるので、里の者も容易に父親を助けに行けない模様。

立ち尽くすばかり。



「・・・さて、どうしたものかしら?」



コクヨウの腕の中で考える。

このまま家族が演じる喜劇を見るのも楽しくて良いのだが、ぼろぼろになっているお父様と弟くんは私の獲物なのよね?

ならば。



「ーー・・フィリア、フィリオ。」

「「はい、ディア様。」」

「マスクルの事を捕らえて来て?もちろん、無傷でね?」



2人に微笑む。



「かしこまりました、ディア様。」

「ディア様の御心のままに。」



2人の姿が掻き消える。

自分の身体に魔法で身体強化を施したフィリアとフィリオの2人は簡単にマスクルの懐へと潜り込む。

大きく響き渡る打撃音。



「ぐっう、」



フィリアとフィリオの2人は、いとも容易くマスクルの意識を刈り取る。

地面に崩れ落ちるマスクルの身体。



「なっ、!」

「一体、何が起こったんだ!?」

「まさか、あんな子供にマスクル様は攻撃されたのか?」

「何をしたか全く見えなかったぞ!」



騒めく周囲。

自分が苦戦してぼろぼろになったディオンの父親さえ、目の前で息子が簡単に倒された事に驚きに目を見開いている。



「ーーーーディア様、なぜ、あれを助けるのですか?」

「あら、ディオンは不満?」



だからこそ、マスクルの捕縛をフィリアとフィリオの2人に頼んだのだけど。

お父様を助ける為にディオンに捕縛を頼めば、そのついでに私の害悪となるマスクルの息の根を止めてしまうおそれがあったもの。

不機嫌なディオンに首を傾げる。



「あれを助けたとしても、ディア様の害にしかなりません。マスクル同様、さっさと消し去るべきです。」

「だとしても、お父様の事は助けるわ。」

「なぜですか?」

「ふふ、だって、」



ーーーーあれの始末は、私がするからよ。

冷たく微笑んだ。



「ディオン、私があれを善意で助けると思う?」



あれは私の敵。

私のディオンを傷付けた者を、皆んなの事を貶した存在を、なんの理由もなく助ける事はない。



「ディオン、私は、ただ、あれを生かすために助けるのではないわ。」

「では、なぜ?」

「その心を殺す為に、あれは無傷で生かすのよ。」



絶望はこの手で。

その顔を絶望に染めるのは、この私。

私は、あれの心を殺す。



「あれに最も相応しい結末は、もう考えてあるのよ?」



思い知れば良い。

これまで己が犯してきた罪深さと愚かさを。



「ーーーーだから、ディオン?」



ディオンへ手を伸ばす。



「お願いだから私から玩具を取り上げないで?」



あれは玩具。

私を楽しませる為だけの。

ディオンに伸ばした手で、その頬に指を這わし、優しく撫でる。



「それでも、あれを助ける事がディオンには不満?許してくれない?」

「・・・あれがディア様の玩具だと言うなら、我慢します。」

「ふふ、ありがとう。」



あれを消すのは、いつでも良い。

今はただの玩具として、私のこの掌の上で壊れ果てるまで踊れ。

ディオンへ微笑んでいれば、騒めく周囲の事など気にせず、フィリアとフィリオの2人はマスクルを風魔法で浮かして私の元へと笑顔で引き返してくる。



「「ディア様、戻りました!」」

「お帰りなさい、2人とも。」



マスクルをそれぞれの手で引きずって戻って来たフィリアとフィリオの頭を私は撫でて労う。



「さて、後は。」



里への招かざる者が潜む方へと、私は視線を向ける。



「あちらの捕縛は頼めるかしら?サーラ、ステア、アーラ、イーア?」



4つの名前を紡いだ。

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