第209話 閑話:欲する力

マスクルside




精霊王様達の勘気に触れたとして、父上の命によって離れの一室へ監禁された私。

部屋の外には結界が張られ、私は一歩も離れから出れなくなった。



「っっ、くそっ、!」



理不尽な出来事に怒りで目の前のテーブルに拳を叩きつけ、身体を震わせる。

その際、召使いのエルフが申し訳程度に用意していったお茶の入ったコップが下に落ちた割れた音さえ不快でしかない。



「っっ、なぜ、私がこの様な目に合うのだ!?父上にとって私は血の繋がった実の息子だと言うのに、この様な扱いをするとは!」



里の者達も、父上もどうかしている。



「私はこの里の次期長となる身なのだぞ!?そのような私が、このような扱いを受けるとは!」



恨みは闇を呼ぶ。

その時の私は怒りのあまり、その事に全く気が付いていなかった。



「・・・何だ?これは足音?」



不意に慌しい足音が私を監禁する部屋の方へと向かって来る音に気がつく。

大きな音を立てて開く扉。



「っっ、あぁ、私の可愛いマスクル、大丈夫?怪我は無い!?」



この部屋の中へと駆け込んできたのは、涙を流す母上だった。



「可哀想に、マスクル。このような目に合って。」

「母上、なぜ?」

「愛おしい我が子の貴方が心配だったから来たに決まっているでしょう?」



母上だけだ。

何があっても私の味方なのは。



「来るのが遅くなってごめんなさい、マスクル。私もお父様に謹慎を言い渡されたのです。」

「なっ、母上も!?」



目を見開く。



「母上はひどい事はされていませんか?」

「大丈夫よ、マスクル。優しい子ね。」

「なら、良いのですが。」

「まぁ、マスクル、手を怪我したのですか?手の甲が赤くなっているではないですか。」



母上が悲鳴を上げる。



「まさかマスクル、他にも怪我を?」

「いえ、これだけです。」



心配げな表情の母上の問いに、私は首を横に振った。

思い出したように痛む手。

私の目の前に跪いた母上が、先ほどテーブルへ叩きつけて赤くなった手の傷に触れないように優しく包み込む。



「マスクル、良いですか?心して母の話を聞きなさい。」

「母上?」

「父上は乱心なさいました。」

「っっ、なっ、!?」



絶句する。

父上が乱心した?



「な、なら、父上の私へのこの扱いも乱心ゆえなのですか!?」

「そうです、しかも人間達を屋敷に泊めるなどと言う有るまじき暴挙にも出たのです。気が狂ったとしか思えません。」

「・・人間、を。」



人間など汚らわしい。

私達、妖精族が一番、この世界で精霊様達に愛され選ばれた種族なのだ。



「どうして、人間が里へ!?」

「精霊王様達がその人間の事を寵愛しているからと、お父様へ里への逗留を受け入れさせたのです。」

「っっ、いくら精霊王様達のお言葉と言えど、人間を我らの里の中に招き入れて滞在させるなど。」



精霊王様達が寵愛している?

だから選ばれた私達が人間に遜れと言うのか?



「マスクル、その通りですよ。貴方の手で父上の乱心を治してあげるの。」

「私が・・?」

「そうです、彼女が、きっと手伝ってくれます。」



優しく微笑んだ母上が、開いたままのドアの向こうへ視線を向ける。

私も母上と同じ様に視線を開いたままのドアの方へと向けた。

そして、その女は私達の前へと現れる。



「うふふ、御機嫌よう。」

「っっ、なっ、お前はッ!?」



私は目を見開く。



「あら、何を驚いているのかしら?私が貴方と違う種族でも、目的が達成ができれば、そんなもの些細な事でしょう?」



驚く私に女は艶然と微笑む。



「今は何よりも力が欲しいのではないの?」

「・・お前が与えてくれると?」

「貴方が望むなら。」



どうする?と言わんばかりに、目の前の女は私を見つめる。



「ーー欲しい。」



この世界の頂点に立てる力が欲しい。



「ふふ、全く欲が深い男ね。でも、良いわ、そんな貴方の事を私は嫌いじゃないもの。」



女の口角が上がる。




「安心なさい?ちゃんと貴方に私が力をあげる。」



女の紡ぎ出す甘い誘惑と言う名の言葉が、ゆっくりと私の中に回り出す。

まるで、毒。

私を闇へ誘う為の。



「大丈夫、私に任せて全てを委ねなさい。お前の母親のように。」

「・・母上?」



頭がぼうっとして、母上の事も自分がどうなっているのかも何も考えられなくなる。



「ーーーーふふふ、私の愛おしき魔王様の為に、この里の者と、お前の命を捧げるのよ。」



魔王様?

朦朧とする頭では、女の言葉理解する事も出来ない。

女の言葉がすり抜けていく。



「さぁ、眠りなさい、私の大事な贄。」



女の哄笑を最後に、私の意識は泥沼の中へと沈み込んでいった。

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