第165話 閑話:国王として

ミハエルside




私は、この国の王なのだ。

例え実の肉親であろうとも、兄弟だろうとも、私が何よりも優先すべきなのは、この国の民を守る事。

それが王としての、私の役目。

責務なのだ。



「ーーー・・陛下。」



執務室に入ってきた宰相の声に、私は書類に落としていた視線を上げる。



「・・・宰相、例の件はどうであった?」

「私の信頼が出来る部下と調べましたが、この書類に書かれてある事は全てが事実のようです。疑いようも無く、不正の証拠となるかと。」

「・・ふう、そうか。」



宰相の言葉に溜め息を落とす。

数日前に私の寝室に届いた、カーシュ公である、兄の不正の証拠。



「しかし、このカーシュ公の不正の証拠の品は一体、誰が揃えたのでしょう?」



宰相が困惑するのも致し方ない。

それほど、私の元へ届けられた不正の証拠を記した書類には、兄であるカーシュ公の悪事が事細かく書かれているのだから。



「現王派の仕業でしょうか?」

「いや、違うだろう。」



私は宰相に首を振って否定する。

私を擁立する現王派。

兄であるカーシュ公を擁立する王弟派。

王弟派と現王派の2つの派閥が、この城の中にはあるのだが、どちらも今回の件とは無関係だろう。



「では、陛下は誰の仕業だと?」

「・・考えられるのは、あの者だけだ。」



思い浮かぶ、1人の存在。



『うふふ、国の為に頑張って一部の貴族がバカな事をしないよう監視してくださいね?ついでにお教えしますが、私にはフェンリルと九尾の他にも従魔がおりまして、その子は情報集めが得意なんですの。』



こちらに釘を刺す様に告げた少女の姿。



「あの者?陛下、一体、それは誰の事ですか?」

「ディアレンシア・ソウル嬢だ。」

「まさか、彼女が?」



私が告げた名に宰相が目を見張る。



「この城で最も警備の厚い王の寝室に誰にも見られる事なく来れる者が、ソウル嬢以外にいると宰相は考えられるか?」



魔族を倒し、この度は異例の速さでSランク冒険者となった少女。

かの者なら、この城へ入り込む手段も持ち合わせていても不思議はない。



「ソウル嬢にはSランクの従魔が2体もいる。あの2体以外にも、隠密系に優れた従魔を従えていると本人も告げていただろう?」



正直、王としては、その力を欲しいと思う。

が、ソウル嬢の逆鱗に触れる事は国の為にも、なんとしても避けねばならない。



「あの兄上は、ソウル嬢を怒らせていたからな。要注意人物として兄上をソウル嬢が徹底的に調べたとしても可笑しくはあるまい。」



彼女がした事を感謝するべきなのだろう。

この不正の証拠があれば、兄上を擁護する王弟派も大人しくなるしかあるまい。

不正が暴かれ、王弟派の旗頭となる兄上が捕縛される事になるのだから。



「・・しかし、なぜ兄上はソウル嬢の恐ろしさを痛感しないのだろうか。」



愚痴りたくもなる。

あの場に兄上もいたはずだろうに。

どうして兄上たるカーシュ公は、ソウル嬢の異常さを理解しない?



『こちらに未だに敵意を持つ自殺願望がある貴族の皆様へ、覚悟を持って私達へ刃を向けてください、と。私が持つ全力でお相手いたしますわ。』



あの言葉は本気だった。

自分達へ被害が出れば、ソウル嬢は間違い無く、その者に報復へ動く。

例え、どの様な身分の者であっても。



「・・・陛下。」



宰相の哀れみの視線が痛い。

私の長年の友である宰相は、あの無能な血筋だけしか誇れない兄の事を最も身近で一緒に見てきた存在だ。

だからこそ言えるのだろう。



「あの方に期待するだけ時間の無駄では?」



ーーと。



「ははっ、言うな宰相?」



昔からそうだ。

今は、この国の宰相である私の友は、昔からあの兄のことを嫌っていた。



「陛下、笑い事ではありません。全て事実なのですから、笑う要素など有りませんでしょう?」



普段なら不敬罪もの。

が、こうして兄上の悪事を記した証拠の品がある以上、私も庇いたいとも思わない。

肉親としての情は捨てた。



「宰相。」

「はい、陛下。」

「王として、兄上の罪を問う。準備を進めてくれ。」



私は王なのだから。



「かしこまりました、我が敬愛なる陛下。明日のパーティーが終わり次第、全ての貴族を宮殿へ招集いたします。」

「任せた。」

「はっ、」



恭しく宰相が頭を下げた。

なぁ、兄上。

王位が、そんなに欲しかったか?



「王が座る玉座など、血に濡れただけの椅子に過ぎないと言うのに。」



宰相が去った執務室で呟く。

兄上は、玉座の綺麗な一面しか見えていない。

輝く王と言うな椅子しか。



「兄上、貴方は玉座に座れれば、それで満足なのですか?」



では、国に暮らす民の事は?

王が権力や私利私欲だけの事を考えれば、その国に住む民が餓える。

そして、民のその怒りの矛先は。



「王に向くと言うのに。」



愚かな兄上。

だから貴方は王に向かないのです。

自分の欲望だけしか見えていない、今の貴方には。



「王の器ではないのです、兄上。」



呟きは儚く消えた。

この時の私はまだ知らない。

明日のパーティーに起こるであろう事を。

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