第140話 妹の決意、兄の願い
怯えるクロエのその胸の内は、一体、何を考えているのか。
俯くクロエからは窺い知れない。
何かに怯えている。
ーーー・・あちらの私が、そうだった様に。
「クロエ、何が怖い?」
「っっ、」
私の声に、びくりとクロエが肩を震わす。
「・・ソウル様、は、」
「うん?」
「兄を大切にして下さいますか?」
全盲の少女。
なのに顔を上げたクロエの、見える事のないその目は私を真っ直ぐに射抜く。
「ーー・・もちろん、オリバーを大切にするよ。それを彼が望んでくれるなら。」
その手を決して離しはしない。
「なら、どうか兄だけをお買い上げ下さい。」
「っっ、クロエ!?」
驚きの声を上げるオリバー。
私も驚いている。
「・・なぜ?クロエ、貴方は買われなくても良いの?」
「はい、構いません。目の見えない私は、ソウル様や兄さんの足手纏いになりますから。」
兄から手を離すクロエ。
その顔からは凛とした決意があった。
「っっ、クロエ、俺は反対だ!俺1人だけ買われるなんて!!」
「ですが、兄さん。ソウル様は冒険者としての働き手をお探しの方と聞きました。兄さん、目の見えない私が冒険者として働けるとでも思いますか?」
「・・・そ、れは、」
オリバーがクロエから目を逸らす。
分かっているのだろう。
目の見えないクロエ本人が言う様に、私の求める冒険者として自分の妹では働けないと言う事を。
「っっ、お願いします!クロエと一緒にお買い上げ下さい!」
唇を噛み締めたオリバーが床に這い蹲る。
いわゆる、土下座。
「なっ、兄さん、何をしているの!?ねぇ、止めて、兄さん!」
室内にクロエの悲痛な声が響いた。
見えなくても兄が自分の為にしている事を理解したのか、クロエは土下座を止めさせようと手を彷徨わせる。
「妹の代わりに俺が貴方の為に働きます!2人分の働きをしますので、どうか妹も一緒にお買い上げ下さい!」
「・・・兄さん。」
「っっ、どうか、どうかお願い、します。クロエは大事な、大切な妹なんです。」
オリバーの涙でシミを作る絨毯。
ソファーから立ち上がった私は、オリバーの前に膝をつく。
「オリバー、顔を上げて?」
私の声にゆっくりと上がるオリバーの顔。
「そんなに妹が大切?」
「っっ、はい、」
「そう。」
オリバーの涙を拭う。
「ーー・・でもだめ、買うならクロエにもちゃんと冒険者として働いてもらうよ?」
顔を上げた涙に濡れるオリバーに、私はにっこりと笑った。
「っっ、」
絶望感が広がるオリバーの顔。
その手が握り締められる。
「ふふ、だから、クロエの目を見える様にするね?」
ねぇ、オリバー、クロエ?
この世界は絶望だけじゃないんだよ?
世界は汚い。
でも、全てが汚い訳じゃないの。
綺麗なものだって、この世界には溢れている。
「は・・?」
笑う私に丸くなるオリバーの瞳。
「ロックスさん、私がオリバーとクロエの2人を買います。なので、2人との奴隷契約を進めて下さい。」
「・・へ、あの、よろしいのですか?」
「はい、構いません。」
恐縮するロックスさんに頷く。
「・・・分かりました。直ぐに2人の奴隷契約の準備に取り掛かりましょう。」
安堵の息を吐いたロックスさんは、鞄の中からオリバーとクロエ2人の奴隷契約書を取り出す。
オリバーの側を離れた私はロックスさんと互いに契約を交わしていく。
「では、まずは2人の金額ですがーー。」
契約書に名前を記入し、2人の金額をロックスさんから聞いてオリバーとクロエの購入代金を支払う。
「ーーー・・はい、確かに2人分の料金をいただきました。」
手渡した2人を買った分のお金をロックスさんが鞄にしまうと、私へ権利書を手渡す。
「これで、オリバーとクロエ2人の全ての権利は、ソウル様のものです。」
「えぇ、ありがとう。」
ロックスさんから受け取ったオリバーとクロエ2人の権利書の紙が、なぜかとても重く感じた。
これが人の命の重さ。
その重さを私はしっかりと噛み締める。
「ソウル様、本日はありがとうございました。また、我がミシュタル商会もご贔屓にしていただければ幸いです。」
恭しく私へ頭を下げたロックスさんは、オリバーとクロエの2人に向き合う。
「オリバー、クロエ。2人ともソウル様の元で幸せになりなさい。」
そっと2人の肩を叩いたロックスさんは、また私に一礼してから部屋を出て行った。
「ーー・・妹をどうするつもりですか?」
静まり返った部屋の中。
オリバーの低い声だけが響いた。
「クロエの目を治すなんて無理です!一体、貴方は何を考えているのですか!?」
オリバーから向けられる敵意。
その瞬間。
「ーーーー黙れ。」
「ぐっ、」
主人に対する私へ敵意を向けた事に奴隷紋が反応する前に、コクヨウによって地面にうつ伏せで組み敷かれるオリバー。
私の前には他の4人が当然のように立ちはだかる。
まるでオリバーから私を隠すかの様に。
「ディア様に敵意を向けるとは、いかなる理由があれ許される事ではない。」
「っっ、」
静かに話すコクヨウ。
その静かさがコクヨウの怒りの強さを物語っていた。
「ーー・・もう、コクヨウったら。」
困った子だ、と思う。
それでも私の頬が緩むのは嬉しいから。
どこまでも甘やかして私を守ろうとするその気持ちが嬉しくて堪らない。
「うーん、でも困った。」
コクヨウ達によって部屋の中が殺伐とした空気になってしまっている。
皆んなの殺気でハビスさんも顔面蒼白で気を失いそうだし。
「・・・コクヨウ、止めて?」
取り敢えず、オリバーを組み敷くコクヨウを止める。
「ーー・・・、分かりました。」
しばらくの間を置き、渋々だけど私の制止の声にコクヨウがオリバーから手を離した。
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