第126話 身勝手な者達

このリグラルドセル大陸は丸い地形をしていて、リュストヘルゼ帝国は時計でいうなら三時をさす場所に位置する軍事力の強い国であったはず。

竜騎隊はワイバーンなど空を飛ぶモンスターを飼い慣らした、リュストヘルゼ帝国で最も有名な空からの奇襲を得意とする部隊とか。



「えぇ、そのリュストヘルゼ帝国です。捕虜奴隷となった1人はリュストヘルゼ帝国の辺境にあった領主の娘で、彼女達が住んでいた小さな街は王によって滅ぼされました。」

「っっ、なっ、!?」



絶句した。

昔からリュストヘルゼ帝国が自分達の国土を広げる為に戦争を他国と繰り返していたとは本には書いていあったけど、自国の街さえも滅ぼすなんて。

魔族達との戦いでリュストヘルゼ帝国の領土拡大の為に他国への侵攻は鳴りを潜め、お落ち着いていたと聞いていたのに。



「ですが、領土を広げたいなら街を滅ぼしてしまったら意味がないのでは?そんな事を繰り返しても焼け野原しか手に入らないじゃないですか。」

「・・リュストヘルゼ帝国はそれで良いのです。」

「はっ?」

「あの国は自国の事などどうでも良いのでしょう。リュストヘルゼ帝国の本当の目的はその軍事力を周囲に知らしめ自らの意思で降伏させ、恭順の証に無傷で領土を得る事。彼の国は、恐怖力でこの大陸の絶対的な覇者になりたいのですよ。」



言葉が出ない。

・・何だ、その理由。

街を滅ぼす理由が、周りに己の力を誇示したいから?

ありえないだでしょう、それ。



「そして、他国への知らしめの対象になるのは国土拡大を反対するか消極的な者達が大半なのです。」



ハビスさんの顔が曇る。



「領主の娘である彼女も、その被害者と呼べるでしょう。」

「ーー、まさ、か、」

「はい、彼女の父親は領土拡大を反対していた1人でした。」

「っっ、?」

「何と外道な!」

「不愉快な国ですね。」



コクヨウとディオンの2人も、リュストヘルゼ帝国に対して不快感を露わにする。

それほど、ハビスさんが語ったリュストヘルゼ帝国は最低な国だと思った。

国土拡大を反対、又は消極的なだけで粛清として滅ぼされたくてはいけないの?



「彼女達の街が滅ぼされ、それでもどうにか生き残って逃げ出した人間は全てリュストヘルゼ帝国に奴隷として連行される予定でした。ですが、彼女達は今、このオーヒィンス商会におります。」

「捕虜奴隷となった彼女達をハビスさんが見つけて買われたのですか?」

「いいえ、彼女達は数人の住人を連れてリュストヘルゼ帝国からルーベルン国へ逃げて来ました。」



ハビスさんの顔が悲痛に染まった。



「ーー・・そう、身体中が傷だらけで、生き残ったのがたった2人だけとなりながら。」



それが、2人の弱々しい生命反応の理由。



「彼女達は生き残った者達と共に過酷な土地である砂漠の国、エストア国を抜けて、このルーベルン国へ向かいましたが、リュストヘルゼ帝国からの追っ手から逃げ切るのは難しかったようです。ルーベルン国へたどり着いた時には、彼女達以外の人間は生き残りませんでした。」

「っっ、そんなっ!」

「それに、生き残った彼女達も少しだけ問題がありまして。」

「問題?」



眉根を寄せる。



「生き残った彼女達は逆賊です。まぁ、それはリュストヘルゼ帝国の身勝手な言い分ですが。」

「何とも勝手な言い分なのですね。」

「しかし、その言い分も彼女達が敗者となってしまっては事実としか言えません。」



勝った方の言い分が正しくて、負けた方は汚名を着せられのが戦いだ。

敗者が逆賊。

勝者は英雄。

どちらが正義だったのかなどは問題ではない。

勝った方が正義。



「戦争は悲しみや復讐の連鎖を生み出すだけで何も良い事など何1つないのに。」

「はい、ソウル様の言う通りです。」



切なげにハビスさんが微笑んだ。



「戦争や争いは生き残った彼女達の身体だけではなく、心まで傷付けた事でしょう。そんな彼女達をリュストヘルゼ帝国の戦争捕虜として引き渡す予定だったのですが、その姿を見た瞬間に相手方に不要と見捨てられました。」

「見捨てた?追っ手を差し向けてまで捕まえようとしたしたのに?」

「・・・彼女達は、数多くの追っ手とモンスターとの戦闘で身体の欠損がとても酷かったのです。」



私は目を見開いた。

彼女達の逃亡が、いかに過酷だったのか。

迫り来るリュストヘルゼ帝国の脅威から逃げるのは一体、どれだけ過酷で苦労があった事だろうか。

それでも、生き残った人達を守りたかったのだろう。

ーー・・領主の娘として。



「リュストヘルゼ帝国からも見捨てられた彼女達を、私が捕虜奴隷としてこのオーヒィンス商会に迎えました。」

「・・彼女達の生命反応が弱々しいって事は、欠損はまだ治されていないのですか?」

「その通りです。ポーションで身体の傷は最低限は回復しましたが欠損までは治す事は無理でした。」



今も彼女達は苦しんでいる。

何も悪くない彼女達が。



「少しずつ彼女達の身体は弱っていっている状態と言えるでしょう。」



絶望の淵にいるのだ。



「そんなに彼女達の欠損は酷いのですね。」

「彼女達ほどの酷い欠損は、光魔法の使い手である聖皇国パルドフェルドにおります聖女様1人にしか治す事は無理なのです。」



聖皇国パルドフェルドの聖女。

このリグラルドセル大陸の母神であるニュクス神を祀る国だと聞いた。

聖女と呼ばれる者は、唯一ニュクス神と意思のやり取りが出来る奇跡の存在だと。

それ故、ニュクス神の御意思を信託で受けた当時の聖女が英雄と呼ばれる事になる勇者を異世界から呼び寄せたと書物にも記されていた。



「その聖女様に彼女達の欠損を治すようにお願いは出来ないのですか?」

「聖女様は騎士達に厳重に守られて滅多に下界、教会の外へ出られません。そして、その数少ない治療を受けられるのも貴族ばかりなのです。」



聖女様なのに、聞いて呆れる。

弱き者を助けるのが聖女様の務めだろうに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る